ニー・ギブンさんについて

「なりゆきだ。なりゆきにまかせるしかない。」(第6話)

いま、そらみみが聞こえたようだ。

俺の眼前で展開されるのは、「聖戦士ダンバイン」のDVD、
第6話「月の森の惨劇」のクライマックスだ。
バラウに乗るガラリアさんは、敵将ロムン・ギブンを、
バラウのお手々で、ふん掴み、ゼラーナへと機体を飛ばした。

ロムン・ギブンは、ニー・ギブンの、お父さんだ。
ガラリアさんは、ニーのお父さんを盾にしながらゼラーナを攻撃し、
実に悪役らしいセリフをゆった。

「撃ち落せるものなら、撃ち落してごらんよ。
ハハハッ ロムンは人質にいただく!」


注意:台詞自体は、実に悪役らしいが、喋り方は、ぜんぜんらしくなく、
高笑いしてるつもり、なんだろうな、とは感じるが、腹の底から悪人笑いは、ぜんぜん出来てなくて、
「撃ち落せるものなら」の「ものなら」が、ぜんぜん明瞭な発声でなく、活字で表現すると

「んもぉのぬあら」

で、ベロが口の中で、もつれてる感じで、
「ごらんよ」は「ぐぉらんぬよ」
「いただく」は「いたどぅぁく」で、
笑い声の「ハハハッ」の一つ目の「ハ」は、

(息継ぎ、はぅ、えっと次、笑うのだ。えと)ハ 」

みたいな、
例えるなら、ピアノ教室に通っている小2の女の子が、初めての発表会で、
初めて先生の手から離れ、一人でトコトコ演台を歩き、着慣れない白いドレスのすそをふんずけそうになり、
パパやママや教室のおともだちのみんなが見てる前で、転びそうだじょ、れもあたち転ばないじょ、
れもあたち、ビックリしてお声をあげちゃったじょ、という時の
「 ハ 」
で、続く二つ目の「ハ」で、ようやく、
「 ハ (そうだった、私は、悪役、女戦士の役だったのだ。)
と気がつき、
三つ目の「ハッ」で、一応、それらしくなりました、な、そんな感じの喋り方で言うこと。


という場面である。

さて、ニーが、自分だったらどう言うか、と想像してみよう。

自分のお父さんが、敵機の手中にあり、
味方の聖戦士、ショウ・ザマは、
大将を人質にされ、バラウを撃つことが出来ず、
トッドの青ドラムロはガンガン攻撃してくる、
ガラリアさんのバラウ(ロムンつき)も、ガンガン攻撃してくる、
ああ、危ない、ショウが、マーベルが、
撃たれそうになりながら、お父さんを助けようと、必死に戦っている、
なによりも、自分を慈しみ育ててくれた、最愛のお父さんが、

「ショウ君!かまわん、このウイング・キャリバーを撃てー!」

と、大将らしくも父親らしくもある、まさに男の鑑な、
これがわたしの遺言だぞ、よいか我が息子よ我が家臣たちよ、
ギブンの騎士道ここにありな、立派なことをおっしゃった。

それをゼラーナの艦首から見る自分。
傍らにはギブン家の近習、ドワ青年。
ドワは、雄々しくも悲痛な声音で、問うた。

「どうします?!ニー・ギブン。ロムンさまがッ!」

その時、我らがリーダーは!

若旦那さま、ニーさま、ゼラーナの指揮官さまが、
言ったセリフが


「なりゆきだ。なりゆきにまかせるしかない。」


・・・・・・・・・・・・・

いま、そらみみが、聞こえたようだ。

そらみみじゃ、ない?

いま、ニー・ギブン、なんてゆった?

なりゆきって、ゆった?

なりゆきにまかせるしかないってゆった?

・・・・・・・・・・・・・

自分のお父さんが、空中で振り回されているときに・・・

ショウやマーベルが、お父さんを助けようと、
自らの生命の危険をおして、戦ってくれているときに・・・

自分は、ゼラーナのリーダーなのに・・・

戦闘の指揮を、とるべき立場にいるはずなのに・・・

あんた・・・お父さんを、助けたいと思わんの?

マトモな息子 及び マトモな指揮官のセリフならば、

「くそう、ガラリアめ、なんて卑怯なんだ!
ああ、父上、おいたわしい!なんとか、早く、なんとかしなければ!!
ドワ、ショウを援護。トッドを落とすんだ、ゼラーナでドラムロを迎撃だ!
マーベル、バラウの背後から威嚇射撃だ。当てるな、威嚇でいい。
ガラリアに隙を作るんだ。ショウ、なんとか、バラウから父上を奪還してくれ、
頼む、ショウ、父上を、俺の父を!」

といった、
結果どうなるかは、ともかくとして、
作戦の良し悪しは、ともかくとして、


お父さんを助けたい息子の気持ちと、
仲間の奮戦を無駄にさせない指揮官の気持ちを、

普通は、発揮してしかるべき場面のはずなのに、

それなのに、あん〜あ、それなのに。

ニーは。ニーってお人は。

戦闘中なのに、ドワが命令を求めてるのに。

ドワも、戦闘空域も、お父さんも見ずに、うつむいちゃって。

ちっちゃい、声で。

ボソッと。


「なりゆきだ。なりゆきにまかせるしかない。」


  ・・・・・・・・( ゚ Д゚)ポカーン・・・・・・・・


そうなんである。ニーという人は、
リーダーシップの、リの字もシの字もないだけでなく、
人徳のかけらもないだけでなく、
ヘアスタイルセンスが狂っているだけでなく、
いい女と見れば、敵の娘も家臣の娘も傭兵も虫も見境無く色目使う節操無しであるだけでなく、

どんなウスラボケにんげんであっても、最低限、誰でも持っているであろう、

親への情が、薄いわけではないのだろうが、
我が親の、危険とか死とかに対峙した際の、言葉遣いや態度が、
髪型以上に、トチ狂っているのである。

ニー鬼畜発言は、枚挙に暇がない。

お父さんのときは、上記第6話であるが、
次に、第3話、お母さんのとき、鬼畜ニーが、何を言ったか、振り返ってみよう。

ニーのお母さん、カーロ・ギブンさんは、
第2話で、鬼畜バーン・バニングスによって、虐殺された。

いきさつは、こうである。
ニーんち、ギブンの館に、バーンが、やってきて、
ロムンとニーは、贈賄でもって、バーンに味方になって、とオネガイ。
ギブン側の狙いは、バーンを誘導尋問し、
国王フラオンへの反逆の意図が、ドレイク軍にある証拠を、バーンの口から言わせること。
ギブン親子とバーンと、
ヘンな形のコーヒーカップと醤油さしのある応接間の
(このヘンテコアイテム↑については、DVDなりで各自確認して下さい)
外廊下には、録音用の虫、ツオウが待機。

虫を見つけたバーンの部下は、バーンに耳打ちするが、もう既に、色々ヤバめなことを言った後だった。
バーンの言質(ゲンシツ)、REC!完了した虫、ツオウ。

ニーのお母さん、カーロは、
ツオウ(カセットの爪折り済み)を連れて、
馬車に乗り込み、国王陛下の所へ、ドレイク反逆の証拠物件を持って行こうとした。

その馬車を、鬼畜バーン・バニングスが、赤ドラムロで空爆、
優しく美しいお母さんは、死んでしまった・・・と。

さて、第6話のときと同様、自分がもし、ニーだったら、
どういう発言をするだろうか、と想像してみよう。

お母さんが、殺されたんである。

普通ならば、

「ああ!何の罪もない、母が!
なんてことだ、お、俺が、母を国王の所へ行かせなければ、
こんなことには・・・俺が代わりになりたかった・・・うう、
俺のせいだ・・・俺が、油断したために、母を。
うう、くそう・・・あいつめ、バーン・バニングスめ!
よくも、俺の母を。母のかたきめ、許さんぞ!」

と、嘆き、苦しみ、かたき討ちに行こうと思うだろう。

どんなウスラボケにんげんであっても、
最低限、誰でも持っているであろう、

「お母さんを殺された恨み」や、「自己批判」といった感情は、
ニーにもちゃんと、あるの、だけども、それを表現する言い方が、

ニーは・・・

第3話で、ニーは、この件に関して、こう発言した。

「バーンのオーラ・バトラーにやられた、
母とツオウの冥福を祈ったって、なんにもならん。」


いま、そらみみが聞こえたようだ。

・・・・・・・・・・・

なんにもならん、は、現在状況からの、あきらめとして、
まあ、言って悪いとは言わんが(よくないが)、

問題は、二行目の頭である。

「母とツオウの冥福」

「母とツオウの」


・・・・・・・え?

ええ?

言ってること、おかしくない?

だってお母さんよ、自分のお母さんよ?

お母さんと、同列に

ツオウ

お母さんと、ツオウ

お母さんと、家畜

お母さんと、録音用虫

お母さんと、全長25センチのオスの羽はえたやつ


・・・・・・・・( ;゚Д゚) ガクガクブルブル


お、鬼、おにーッ

お母さんと、虫が同等!
お母さんと、録音REC並列!

ヒィィイイイ

・・・・・・・・・・

そりゃさあ、俺から見たら、ツオウなんざ、ウスラキモ悪いだけの、虫さね。
俺さぁ、ツオウがさ、嫌いというより
トラウマなのよ。
中1の時、こいつ見た瞬間ゾゾケがしてさ。
…まー、俺だって、当時は満13歳の子供だったんだから、ツオウがトラウマになっても仕方ないじゃん…


でも、ニーは、

例えるなら、俺が、
ガラマニ家黒い三騎士こと、うちの猫たちを、
家族同様に、愛しているのと同じように、

ツオウを、家族同様、大事に思っていたのかもしれん。

だとしても、だ。

俺が、もし、俺の母と、
黒い三騎士の末弟ロミ↓が、



乗っているタクシーを、
テポドンのピンポイント育毛いやピンポイント爆撃によって、殺されたとしたら。

俺は、間違っても、

「金政権のテポドンにやられた、
ママとロミの冥福を祈ったところで、なんにもならん。」


なんて、口が裂けても脳が剥離しても言わんぞ!

だいたい、冥福を祈るなんて、実子の口から出る言葉とちがうわい。
それは、弔問に来たお客さんの言う言葉じゃないか。

ましてや、「なんにもならん。」って、おぉい!

俺ァ、ニーのこの発言の前後つながりは理解してるし、
ニーが、復讐したくても出来なくて、苦悩してるのは、わかるけどもさ、
でも、この発言は、なんともヘンテコと言うか消極的すぎると言うかピント外れてると思うのだ。

俺だったら、母と、ロミが死んじゃったら、悲嘆のあまり、気ぃ狂うだろうし、
同時に亡くなった、タクシーの運転手さんと、運転手さんのご遺族のことをも、思って、
「恨み」や「自己批判」に明け暮れるだろう。

そう、カーロさんと虫だけではない。
馬車の、御車さんだって、亡くなったのだ。
御車さんは、ギブン家の家臣のはずだろう。
ニーは、ギブン家の若旦那さまだろう。

なのに、

「母とツオウの冥福を祈ったって、なんにもならん。」

御車さんの冥福は、祈りもしないのか?
くどいようだが、あのトラウマ録音虫がそんなに大事だったのか?
あ、いや、録音内容が大事だったという意味か?
…だとしたら余計、鬼畜だ…


ニーって・・・

バカなの?ねえ、ニー、バカでキチクなの?

ニーッ!(エコーつきで)


さて次に、このページの目次、
「愉快な仲間たち」のニーへの標題として書いた、

なんでアンタがそんなにモテるんだ

問題について、言及しよう。

ゼラーナは、ニー・ギブンのハーレムである。

ゼラーナ内にいない、敵方のお姫様も、
「ニーさま命」と、
カンペンケース(古語)にマジックで書いて、
ほくそえんでいるクチである。

ゼラーナには、若い男が、他に何人でも搭乗してるというのに、
その中には、どう見ても、
ニーより、ルックスも性格も仕事ぶりも良い青年、
ドワもいるというのに(特に、ドワは、髪型が至極マトモであるのに)
ニーだけが、女どもに、モテモテである。
ニーを慕う女たちは、
敵の娘リムル、家臣の娘キーン、傭兵マーベル、虫チャム。

ショウ・ザマがゼラーナに来て、物語りの中盤以降になると、
傭兵と虫は、ショウにとられた。いい気味だ、と言いたいが、
ニー本人は、さして残念がっていないようだ。
まあ、彼にとって、本命は最後までリムルだったわけで、
このページでは、ニー自身の考えを考察したいのではなく、
ニーがモテる理由について考えているので、おいとくとして。

物語りの前半、長きに渡り、
ニーを見ている、視聴者のマトモな感性とはうらはらに、

なんでアンタがそんなにモテるんだ

状態が続くのである。

この「なぜ?」を問うのは、無意味、ではある。言ってしまえば、
「そういう設定だから」なんであるが、
ここはひとつ、視聴者のマトモな感性by俺でもって、
この問題を考えて、遊んでみよう。

客観的に、ニー・ギブンを見てみると。

確かに、絵の、顔の造作は、美形に描いてあるし。

やや垂れ目で、まぶたは眉の下辺に沿ってくぼんでいて、
口元の表情には、顎と下唇の動きによる、独特さがあり、
凡百の他作品にはない、精緻な、顔の書き分けによって、
個性的な男前さが、際立っているし。

バイストン・ウェルにあって、ご領主さまの総領息子という身分は、女どもからしたら、
キャーキャー言って、お花のプレゼントしたくなる対象なのかもしれないし。

あの髪型だって、1983年〜2005年の日本では、まったくイケてないが、
バイストン・ウェルでは、ああいうモコモコピンクが最新流行だったのかもしれないし。

同:エレ・ハンムさんのモコモコピンク

余談:俺は、エレさん初登場の際、あの
モコモコピンクから、
「この王女さまは、ニーの生き別れの妹っていう設定なのかな」
と思った。これはナイショだ。


うん、そう、確かに、ニーには、
モテる要素が、多々あるのかもしれないね。


でもね。


(…この文体、最近、俺、好きだなぁ…ブツブツ)

性格がね。髪型以上に、悪すぎるのよね。
ニーの性格悪いのは、周囲の女どもだって、
毎度毎度、迷惑被ってたから、よくわかってるはずなのだ。

遠距離恋愛している、リムルは、
ニーの日常の正体に接する機会が少ないから、
奴の、性格の悪さを、思い知らされることがなくて、
遠い深窓から、王子様に恋焦がれ続けていても、不思議ではない。

しかし、ずっと一緒に暮らしている、
チャム、キーン、マーベルが、こぞって、
ニーニーニーニーニーニーニーニー言っているのは、


な ぜ だ


と、疑問に思うのである。
(…この文体、最近、俺、好きだなぁ…ブツブツ)

キーンは、
お父さんキブツ・キッスの教えに従い、
ギブンの若旦那さまに、家臣として忠誠を誓い、行動を供にしてきた。
それが職業的な、キーンの宿命であり、
彼女にとっての唯一の男性が、ニーになるのも、必然だったのだろう。
だから、どんなに性格が悪くても、
それをフォローするのが、あたしの仕事なのよ、と思えば我慢出来た。
そうよ、ニー。ずっと一緒よ、ニー。
ニーには、あたしがついてなくちゃ、ダメなの。そうよ、あたしのニー!
な、バイアス娘になってしまったのだろうと考える。
(これ、共依存に近いかもしれないな…)

加えて、キーンは、ギブン領において、
ニーのお嫁さん候補にあがる家柄だったであろうと推測される。
キーンは、子供の頃から、
「もしかしてきっとたぶん、
キッス家のあたしが、ニーのお嫁さんになれるかしら。
なりたいわ。なれるよう、頑張らなくっちゃ」
と思って、育ったのだと思う。

…それを、ルフトのお姫様に、とられたんだから…
どんなにか、悲しみ、苦しんだことだろう…

キーンが、あんまり、かわいそうだよ・・・

やっぱ、ニーは鬼畜キチク・・・ブツブツ

キーンや。今度一緒に、カラオケ行こうよ。
一緒に、竹内まりやの「元気を出して」歌おう、ね。

♪涙な〜ど 見せない〜 強気な〜あんなぁたを〜
そんなにぃ 悲しませ〜た ひとは〜
 ニーなのぉ〜

次に、チャムは、ミ・フェラリオの異性観は、よーわからんにしても、
キーンと同様、ギブン家の子飼いとして、
ニーに追従するうちに、恋い慕う気持ちになったのだろう。

さて、問題はマーベルである。

マーベル・フローズンさんは、
分別のある、利口な女性だと思う。

だからこそ、
ニーに比べたら人間的には至極マトモなショウに、
乗り換えたのも、うなずけるのであるが、
そんな彼女も、当初は、

「あたしは、ニーが好きよ。」

と、言い放ち、
ニーニーニーニー軍団の長(おさ)、
ゼラーナハーレムの北の方的存在であった。

俺は、マーベルさんの、
作中における言動、態度、表情、そしてルージュから、
ここに、一個の、説を提出する。

別項、ガラリアさんの公式設定についてに記述した通り、

口紅をつけているマーベルさんは、
男性経験がある人なのである。
これは、公式設定にのっとった見解である。

これを踏まえて、俺は、マーベルさんは、



(マーベルの熱狂的ファンで、
ルージュ設定を信じたくない方は、
以下はお読みになって下さい。)




マーベル・フローズンさんは、


ニーと、


やっちゃってると、思うのよ。


俺は、マーベルやニーの出てくる小説版は、読んでない。
TV版はTV版単体の世界として、TV版だけ見て、
この2人はできちゃってたに違いない、と思っている。

「なんだい、そんなの、ガラマニの想像で、
根拠なんか、ないじゃないか!プンプン」

と、言われれば、その通り。あくまで、俺の説。

ただ、富野監督は、
キャラが、肉体関係にある事を、直接的に描かずに、
「この2人は、出来てます」を匂わせる演出が、
巧みであり、意図して演出している人だという事は、断言出来る。

例:ファーストガンダムで、シャアとララアが、出撃前、格納庫でキスするシーン。
富野監督は、池田秀一さんと藩恵子さんに、
「昨晩、シャアとララアは一緒に寝てます。そのつもりで演技して下さい」
と指示した。
(雑誌記事より要約)

こういった富野演出の、最高峰である「聖戦士ダンバイン」において、
ニー・ギブンとマーベル・フローズンは、初登場時から既に
肉体関係にある男女として描かれていたと、俺は受け取っている。

TV版の、マーベルとニーの、つかず離れず、のち離れましたな、
大人関係な、素振りの数々、
ニーの、マーベルへのキスの仕方などなどを、見ていると、

ギブン側が領地を追われて、ゼラーナ暮らしになる前、
ギブンの館にいた頃には、この2人、


やっちゃってたね。


と、見るね。


だからさ、ねんごろ(死語)になっちゃったらさ、
女はさ、どんなに、とろくさい(方言)男やと、わかっても、
どんなに、どたわけ(方言)な男やと、わかりすぎるほどわかっても、
付き従い、守ろうとしちゃうんだよな。

理性的には冷めていて、「こいつアホやな」と客観視しながら、
一方的に彼を責めず、内助の功に徹する。
これが、利口な女性の態度なのだとしたら、

マーベルは、
本当に利口な、分別のある女性なんだよな。
ニーがバカだから、我慢しちゃう。だから、マーベルの心は、かわいそう。

あんな、どバカなニーを、
いつも後ろから援護し、リムルに会いに行くのを助け、
苦汁を飲みながらも、耐えた。
ニーが、バカであるほど、ほっておけなかった。

耐えて耐えて、振り向いたとき、ショウがいた…

よかったね、マーベル…


さて、ニーが、なんでモテるかを、考察しようとしたら、
女性たちが、なんでニーを好きになるかを、考察する結果となった。

ま、そーゆーもんだよ。

「なんであんな男が好きなのよー?!」ってさ、
俺ら、女友達同士でさ、言い合うけどさ、
結局さ、
百の欠陥があろうとなかろうと、
惚れちまったもんは、惚れちまったもんなのよ。

「あんな男、やめときなさいよー!」って、
友達に言われても、やめられないし、
友達の方も、言ってもやめないってわかった上で、言ってる。

後になって、友達の言う通りだったなって、
わかって、わかったからこそなお一層、
愛していくのが、愛ってものなのだ…


最後に、ニー・ギブンさん名セリフ、
ガラマニのイチオシはこれ。

第14話 ボゾンに乗り込むマーベルに対して

「すまんと思ってる。

おれは、リムルもマーベルも同じように、

大切に思ってるつもりだ。」


ぇえい、嘘をつけぃ、うそを!!

マーベル、こう答える

「よしてよ。」

マーベル、ナイス返答ぅっ。

マーベルはね、それが
ウソだと自覚せずに言っているウソであること、
即ち、ニー自身もマーベルをも騙そうとする
「真っ赤なウソ」
だってことを、ちゃんとわかってるんだから。


〜ニー・ギブンさんについて 終わり〜


安宅 誠さん

ニー・ギブンというキャラについて、言及された記事は、世に多々あるが、
安宅誠さんの、好演について書かれた記事は、あまり見当たらないように思う。

ニーのことは、俺は愛情でもって、くそみそにけなしたがw、
安宅誠さんのことは、手放しに、惜しみなく、褒め称えたい。

まず、安宅誠さんの、声質は、
一回聞いたら忘れられない特徴があり、しかも美声である。

若者らしい、澄みわたる発声に、ニーがいる。

ニーの声は、初めて耳にした瞬間から、
ホントにいる人のリアリティがあった。
日本人声優がファンタジーに声あてをした、という風な、
わざとらしさや、とってつけた感といった、虚構を、全く感じさせない。
ニーは、ニーである、リアリティである。

この、リアリティを生み出すものは、安宅誠さんの優れた才能と、
血のにじむ努力であることは、言うまでも無い。

初登場時から、役作りが、完璧なのである。

俺の所見において、

キャラクターの立ち方、役作りの完璧さでは、
「聖戦士ダンバイン」では、ニー・ギブンが、一番である。


安宅誠さんは、ご自分の役の設定を聞き、
脚本を手にした時点から、スタジオに入る前までの準備期間中に、
最終回までを視野に入れ、
ニー・ギブンという一個の人格、魂を、
見事に創り上げて、いらした。

これは、並の努力ではないし、並の才能では、このような努力は出来ない。

ニーの話し声、言葉遣いを聞けば、それが、よく、わかるのだ。
だって、出会った時からもう、ニーがそこで、喋っているんだもん!

安宅誠さんとは、

「正しい、美しい日本語」の修行を、
みっちり積んでこられた方である事が、
ニーのセリフを聞けば聞くほど、よくわかる。

鼻濁音などの基本はもとより、
日本語の文法を崩さず、
どんなシーンでも自在に話せる、
卓越した日本語能力をお持ちである。
つまり脚本の日本語を、「ニーはこう喋る」と読み下して、
セル画に生命を吹き込むという、
声優に必須の演技力に、極めて富んだ方である。

そして、役者の命である、発声法。
その個性的な美声を、余すところ無く、
ここぞというシーンで、特徴を際立たせて、美しく発声しておられる。

激情にまかせる怒声も、ニー。
落ち込んだつぶやきも、ニー。
リムルに問い掛けるささやきも、ニー。

ニー・ギブンは、安宅誠さんだ!

而して、ニーの、数々の、おバカ発言、
リーダーシップのリの字もシの字もなかったニーが、
東京上空からショウが帰還して以降、
苦悩にあえぎながら、ゼラーナの大黒柱として成長していく様が、
こうまで、我々の心を揺さぶり続けるのは、
安宅誠さんの好演あってこそなのである。

このページでとり上げた、物語り前半部の、ニーの天然バカぶりが、
こんなにも、面白くて、楽しいのは、
ニーという人物像の、完成度の高さゆえであり、
ニーが、比類無い存在感を持つからであり、

その完成度は、存在感は、
安宅誠さんの、卓越した演技力の賜物なのである。

安宅誠さん、ニーと出会ってから、
何十年も経ちましたが、
ニーは、いつまでも、ニーとして、ここに、います。

ニー・ギブンを、演じて下さって、
本当にありがとう御座いました。

05/2/13(日)筆

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