ガラリアさん好き好き病 の歴史


2013年10月15日(火)

長年、トップインデックスからリンクを貼っていた、下記の記事を、こちらに移動しました。
また、このURLのタイトルを「トップ記事の過去分」から、「ガラリアさん好き好き病の歴史」に変更しました。

リンク集

現在、実質的に、愛用リンク集として稼働している、はてなアンテナを、この代わりにトップに置いてあります。

掲示板過去ログ
なにもかも、懐かしい。

カウンタつけてみた日 2004/10/9
カウンタの上部に明記してあったこの一文も、もう不要と思い、こちらへ移動しました。


2013年4月26日(金)

サイト開設 10周年記念日だけの特別企画!

世界のご近所のみなさん、いつもお世話になっております。
日本一のガラリア・マニア、略してガラマニです。
本日、2013年4月26日は、このサイトを開設して、なんと10周年の記念日です。
じゅ、じゅじゅじゅ、じゅ〜〜〜ねん経ったですか!俺がいちばんビックリしてますわ。
さて、本日は、この記念日を記念して、
世界で俺だけが読んで楽しい、この10年間の回顧録を、このトップインデックスに載せようと思います。
かなり、俺の、プライベートを明かす内容になります。だから、4月26日限定公開で、
4月26日の、俺が寝る前の時刻(たぶん23時ぐらい)になったら、消してしまって、どこにも残さないつもりです。

もったいぶっておりますが、なに、たいしたことは書きません。たぶん。
たぶん?ええ、いま書きながら、なに書こっかな〜と、考えながら書いているからです。
それとですね。俺、今日も普通に出勤なんです。いま午前9時すぎですが、帰宅も遅くなります。
なんか書くと言いながら、今からなにか書いてる時間は、限りなくゼロに近いんです。

このサイトを開設した、10年前の今日を思い出すのに、最適なページはといえば、やはりこれです。

ガラマニ日誌〔1〕2003年4月26日(土)サイト開設

この短い文章で、俺が、なによりもいちばん、気にしているのが、自分が機械オンチだということです。
パソコンのことも、インターネットのことも知らないと、ビクビクしています。じっさい、そうでした。
そしてこの時期、勤めていた仕事は、歴史書の編集でした。

ガラマニ日誌〔2〕2003年4月29日(火)ガラマニの職業

この文中に出てくる、<ブツ>とは、実は、古文書のことです。俺が、古文書について言及した文章は、ここにもあります。

NHK大河ドラマコォナァ「義経」感想文中期 2005年10月9日(日)
「俺は以前、仕事で、和紙に筆で書かれた、昔のお手紙を扱ってた時期があったんですが」
つまり古文書ですね。けっこう俺は、このサイトのあちこちで、プライベートを明かしてますのよ。

編集の仕事の次は、俺は、純粋な事務の部署に配属されました。
その事務所での仕事内容を詳細につづったのが、

ガラマニ日誌〔19〕2004年7月10日(土)学習とはなにか

これを読むと、この職場では、200の他部署あての封筒を作らなくてはならない、とあります。けっこう大規模ぽいですね。
俺の所属企業は、サイト開設の編集者だった時期も、この200個の封筒の事務所にいた時期も、いま現在も、同一なのです。
ほんま、これ、10周年記念の今日だけ言いますけど、まあ、あれです。
俺の勤務先とは、日本を代表する、某ブラック企業なんです。
俺の所属企業名をここで明かすことはできませんが(当たり前だ)、いま「某ブラック企業」と書いただけで、
いまからそこへ、勤務しにいかなあかんと思っただけで、朝食に食べた名古屋コーチン生卵が、胃からクチへと、逆流してきそうになりました。

200の封筒の事務所勤めの期間を終え、俺はまた部署が移動し、日がな一日、エクセルと数式と格闘するという、
算数のできない俺にとって、地獄の業火に焼かれるような業務のエブリデー毎日になりました。
だって上司が「ああ、ガラマニさん。この数式、小数点以下3ケタ切り捨て…いや、四捨五入で、単位は千円で、200部署分、本日中ね」なんて言うんですよ!

駄菓子菓子!エクセルと数式なぞ、その後に配属された部署のつらさに比べたら、ロンパールーム並みにお気楽極楽なのでした!
ああ、もう、出勤時間です。こんなにバラして大丈夫やろかー、俺ぇー。では、地獄の職場に、行ってきます。
サイト開設10周年記念、俺のこの10年間をふりかえる企画は、夜の部につづきます。

<夜の部開始>
ただいま帰宅しました。ああ、疲れた、疲れた。わりと早く帰れました。
さて、つづきを書いてゆきましょう。今夜じゅうに消してしまう文章だと思うと、すごく気楽に書くことができますわ。

さて、サイトを開設した2003年から、2006年度ごろまでは、このOCNのホームページ上での更新や、
はてなダイアリーを書いたり、サイト著述に励んでいた俺でしたが、
2006年後半から2007年ごろ、非常に、リアル私事が、多忙になりました。この時期の事情を、正直に書くことはできません。
遊ぶことはおろか、満足に眠ることもできない、ダークグレーな日日が続いておりました。
しかし、当時の俺は、はてなダイアリーなどでときどき、気のふれたことを書きはしましたが、(上記リンク先参照)、
私事(わたくしごと)を文章にして、ネット上に発表することは、できませんでしたし、したくもありませんでした。

そうこうしているうちに、俺にとってのみ、運命のときが、やってきました。
2007年の12月です。忘れもしません。忘れたい過去ですが。どっちやねん。

俺は、俺が所属する日本を代表する某ブラック企業において、現在の部署に配属されたのです!!

…聖戦士ダンバインの、ガラリアさんの、世界的最初のサイトの、開闢(かいびゃく)10周年記念だとゆうのに、
俺の仕事の話しばっかしてますが、これこそが俺の企画意図なのです。

こんな話しはツイッターでやれ、と、俺が俺にツッコミ入ってますが、
こんなプライヴァシー半開な話しを、あんな、ちまたで「バカ発見器」と呼ばれている場所で、できますかいな。
この場所だってワールドワイドウェブなんやから、いくら俺がこの後すぐ消すからといって、ウェブ魚拓とかとってもらってぜんぜんけっこうなんですが、
マアとくかく、フェイク入れながら、俺が楽しいように、書いてまいります。いま何人読んでるんでしょうここを。
さいきん、アクセス解析も見ておりませんわ。

さて、話しも佳境に入ってまいりました。いよいよです。(なにが)

俺ことガラマニは、完全匿名主義です。この機会に公言したく思いますが、
俺は、さいきん流行が過ぎ去った、Facebook を、俺の実名でやることは、未来永劫ありません。

♪俺は実名出さない〜 たぶんしないと思う〜
しないんじゃないかな〜 まチョト語らせてくれ〜

俺は、ガラマニというハンドルネームで、もう10年も発表してきました。
この先も、このスタイルで行きます。それに、日本を代表する某ブラック企業に在籍しながら、
実名でネットに顔を出すことは、ぜったいにできませんし、したくもありません。

ですが、上に挙げた、編集や、事務や、エクセルと数式な部署にいたころは、俺は、けっこう、仕事の話しを表沙汰にしてきました。
それはなんで、公表できたのかというと、たんに、なにも考えていなかった点もありますが、
10年前の今日のガラマニ日誌〔1〕に書いたとおり、インターネットのことを、よくわかっていなかったからだと思います。

2007年12月から、本日この日まで、俺は、…どうしよう、これ書いちゃって大丈夫かな…
俺は、俺が所属する企業の、もっともブラックな部署、

営業部

に、配属が決まったのです!!!

マアね。じらしたわりに、既に公表しとることを書いとるだけやね。この記事とか、営業中の俺の脚まで写真で出しとるでね。

ガラマニ県ガラマニ市の美しい階段

しかし、これが、俺にとっては、普通じゃなかった。
多忙だということだけじゃない。事務の部署では、一日終日、座り仕事で、会う人も、限られていました。
いまは、一日に、多い日は、数百人という人々と、顔を合わせます。

それだけではありません。ガラマニ日誌〔1〕に、パソコンのことも、インターネットのことも、
自分はまるっきりオンチだと書いていた実感は本当のことですが、
10年の歳月は、そんな自称機械オンチの俺を、

パソコンとインターネットの、専門職(当社比)に就かせるまでに、いやらしい成長をとげていたのです。
mixiの自己紹介の、職業欄には、マイミクまでの公開で、「IT関係」と表記しております。
文字どおり、「当社比」ですから、本当の俺の所属企業名と仕事内容を知っていて、
ガラマニとしての俺のこの発言を読んでいるかたがたにとってみたら、
たいしたことないやんと思われるかもしれませんが、知るかッ!こっちは元・機械オンチなんじゃたーけ!
たーけ!たーけ!ドたわけ、たーけ!誰がFacebookなんか実名でなんか、やるかーーーーー!

以上が、俺が、この10年間をふりかえって、いちばんハゲシク思うことです。

機械オンチだった俺が、いまの仕事、「IT関係」(当社比)が、できるようになれたのは、
このサイト「ガラリアさん好き好き病」のサイトデザインに工夫をもちはじめ、
はてなブックマークで、インターネットの情報を収集し、無断リンク不可とうたっても無駄なことじゃと悟り、
検索避けを呼びかけるような愚行を批判し、ようするに、
パソコンとインターネットについての知識を、機械オンチなりに、がんばって、向上させてきたおかげだと、
しみじみly、思うわけです。

シビアな話し、いまの時代、仕事があるだけ、ありがたいことです。
いまの営業の仕事は、エブリデー毎日、ココロが折れることが多いです。
早くやめてしまいたいと、毎日、思います。
ですが、人間、収入源がなければ、たとえばサイト運営ひとつとっても、金銭面で続けることが不可能だというだけでなく、
10年以上前になりますが、失業していたころには、創作意欲からして、いっこも出ませんでした。

本当に10年前の、五月薫るころ、通院している心療内科で、
「ホームページ(死語)を、作りはじめたら、心の整理ができるようになりました。」
と、先生に言った日のことを、いま、ありありと思い出すのです。

サイトを作り、続けていくという行為は、俺に、技術面での向上も、もたらしました。
そして、精神面での向上も、確かにもたらしました。

両方、よかったと思えるんですよ。専門職(当社比)を、いただけるようにまで、なれたことと。
紆余曲折をくりかえしながらも、このサイトを続けてこられたことと。

世界のご近所のみなさん。この文章は、本当に、2013年4月26日以内に、消しますが、
正直な実感を、書き述べました。書いてよかった。
お付き合いくださり、本当に、ありがとう御座います。
<完>


2012/4/25(水)世界の格言集15

電話というものは、
送信する側の一方的な都合で
他人を電話口にまで呼びつけ相手をさせるという、
まことに自分勝手、かつ暴力的な側面を持つ道具である。

文春ウェブ文庫 『屈折愛 あなたの隣りのストーカー』 (2009年 文藝春秋)春日武彦著 より


2012/4/7(土)世界の格言集14

「私は、この本の解説者として、
これまで私がいろいろな著作や講演のなかでしばしば強調したことを、
ふたたびここでくりかえしたい。

それは、「不快なもの」という言葉が、
「異例なもの」という言葉と同義語となる場合がしばしばあること、
そして、偉大な芸術作品は、むろんつねに独創的であり、
したがって必然的に多少の不快な驚きを感じさせるものだということだ。」

ナボコフ著 『ロリータ』 大久保康雄訳 (1980年 新潮文庫刊)より


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