月下の花

第26章 ギブンの館の奥


どこを、どう走ったのか、まるでおぼえていなかったが、ショウ・ザマは、国境の山麓に停泊中のブル・ベガーまで、走って帰ってきた。艦では、

「どうしたんだよぉ、ジャップぅ。」 トッド・ギネスが出むかえた。

ショウは号泣しながら、いまの心理状態で唯一、頼れると思った人物、トッド・ギネスに会いたかった。いや、なにかどこか、屋根のあるところに逃げ込みたいと、漠然と感じたからかもしれない。

ギブンの館ではないところへ。ガラリアのいないところへ。

トッドの顔を見上げたときには、泣いたことは、かくすことができた。アメリカ人青年と、ブル・ベガーの艦長ミズル・ズロムは、とうぜんのことながら、前線の様子を知りたがった。聖戦士ショウ・ザマは、その知らせのために、帰還したとばかり、みな、思いこんでいた。

期待にこたえようとショウは、「童貞は彼氏対象外だ。」と、言われたことはとりのぞき、ギブン家の様子を話した。バーン・バニングスと、ギブン家との会談の内容。バーンを、買収しようとしてきたニー・ギブン。国王への反逆罪に問われるぞと、つきつけてきたロムン・ギブン。

「それで、ガラリアさんと、アメリカ人のマーベル・フローズンが、刃傷沙汰おこしそうになって。」

と、それと、キーン・キッスが、お花をくれようとしたことも、恥ずかしくて、誰にも話さなかった。だが、この点は実は、戦略上、重要であった。敵は、我が軍の兵士を、色仕掛けで、とりこもうとしてきており、その作戦は、目下、ギブンの館で進行中なのだから。色仕掛けの対象者は、ショウだけではないのだ。

艦長ミズルは、バーン・バニングスと打ち合わせしてある通りに、ギブンの館に、いつでも兵力を投入できる用意をしていた。ショウの話しを聞き、バーンからの攻撃命令は、本日午後のうちに出るものと確信した。ただ、そのことは、若い地上人、ショウには内密の作戦であった。

ショウは、さっきおしゃべりしてきた相手、キーン・キッスやマーベル・フローズンが、砲弾の落ちる場所にいることに思案がいかなかった。ただただ、自分が童貞ゆえにふられたことを、その傷手を、心の中で、何度も反芻し、深いかなしみに落ちていた。もう聖戦士の役目なんか、どうでもよくなっていた。

この点も重要だった。ショウ・ザマにとって、もはや、ガラリアさんといっしょの軍隊にいることに、意味はなくなっていたばかりか、そんなところに、いたくなかった。敵方の、マーベルどもの、思惑どおりだ。




いっぽう、ギブンの館では、ガラリアが、クチを半開きにした顔で、あきれてものがいえないといった顔で、厚みのある真紅のくちびるを、だらりとアゴまで下げた顔で、バーン・バニングスに、報告をしていた。二人は、玄関先の庭にいた。

「ああっと、バーン、あのな、聞け。ショウどのが、えーと、えーと…歩行(かち)にて帰還した。なぜかって?えーと。私が許可したのだ。」

戦艦ブル・ベガーが、後陣にひかえている作戦は、ギブン側にはもちろん内密なので、ガラリアはこう表現した。バーンは、安堵した。めざわりな坊主が、現場からいなくなったし、実際、いいタイミングで報告に帰ってくれたと思った。

時は熟した。作戦を実行する。バーン・バニングスは、冷徹なおももちで、ガラリアに視線をなげかけ、敵、ギブン家の衛兵に背を向けて、小声で話した。

「ガラリア、今からわたしが、大声を出すから…おまえは、わたしとケンカをして、一人で帰ったと、そう、思わせるように…作戦どおりに。」

ガラリアも、周知の作戦行動だった。彼女は、にっくきマーベル・フローズンの基地、ギブンの館を攻撃したい気持ちでいっぱいだったので、バーンに対して、(早く、やれ。)と、めくばせした。

ドワ・グロウは、ギブン家の家臣であり、20代の青年である。栗色の髪を短く刈り込み、ギブン家の軍装を、折り目ただしく着込んでおり、実直な性格がうかがえる。さきほどから、ドレイク軍の騎士団長男性と、副団長女性が、小声で言葉をかわしている様子を、遠目に見張っていた。すると、男のほうが、バリトンの太い声で、女性を恫喝しはじめたではないか。

「ガラリア!わたしの命令がきけないなら、早々に帰還せよ!おまえは、会談の邪魔だ!」

「なんだとっ!私のなにが邪魔だ!バーンこそ、ロムン殿に、ろくに相手にも、してもらえぬではないか!」

文字おこしをすると、マトモなケンカのフリに見えるが、この二人は、常日頃から、トムとジェリーのように、仲良くケンカしてばかりいるわけである。

いつもは、素でやってる感情表現を、わざと人前で、演じて見せようとして、うまくいくはずがない。

その上、2人とも、演技力にかけては、下手の上に、超がつく、下手であった。絶望的な、棒読み、棒立ち、棒演技だった。なぜ、こいつらに、こんな重大な役割をさせたのだろうか?当初の予定では、このウソのケンカは、バーン・バニングスと、トッド・ギネスがやりあうはずだった。トッドならば、如才なく演技し、敵をだませたことだろう。しかし、出立の今朝になって、ガラリアが同行すると言い出したので、役者が変更になったのだ。

この穴を、ギブン家の賢い家臣、ドワ・グロウが、見抜いた。

「あいつら、わざとらしいぞ。おかしい。裏になにかある。」

即座に、ドワ・グロウは、奥の間にいるニー・ギブンに、知らせに走った。ギブン家の若旦那ニーは、敵が武力行使にでる気配があるとの、ドワ・グロウの意見に同感だった。ニー・ギブンは、父親ロムン・ギブンに報告し、こちらも、かねてからの作戦どおりに、裏口から、母親のカーロ・ギブンを乗せた馬車を、出発させた。カーロ・ギブンの手には、アの国王、フラオン・エルフに当てた書状がたずさえられていた。書状は、王室家老、ロムン・ギブンが書き上げた、ドレイク・ルフト謀反の報である。

カーロ・ギブンが、馬車でギブンの館を出て、一路、フラオン王の居城へと、向かったとき、バーン・バニングスのもとから、ガラリア・ニャムヒーが、憤慨したフリをしながら、馬に乗り、来た道をひきかえしていた。もとより馬術の名手であるガラリアは、馬をとばした。彼女の目指す先は、戦艦ブル・ベガーである。そこで、格納してきたオーラ・マシンに乗りかえる手はずだ。今ごろは、トッド・ギネスたちも、ダンバインでの出撃準備を整えているはずである。ガラリアは、うまくいっていると思っていた。

しかし、カーロ・ギブンの馬車が、フラオン王のもとへむかっていることを、ドレイク軍側は、誰も知らなかった。ここギブン家の領地は、アの国の南東に位置し、隣接して西側に、フラオン王の天領(国王直轄地)がある。女を乗せた馬車とて、御者と、供のものは屈強な男二人がつけてある。エルフ城へは、距離も遠くない。家老職にあるロムン・ギブン直筆の、ドレイク謀反との書状が、国王にとどいてしまうと、フラオン王に対しては、従順な姿勢を保ってきた、ドレイクの展望が、崩れ去ってしまうのだ。

ピンチだ。けっこうなピンチだ。

さらに、たたみかけて、ギブン家には、姑息な作戦がまだ、用意してあった。マーベル・フローズンは、赤いダリアを、人差し指と中指とで器用につまみ、ふりふりしながら、玄関先にいたバーン・バニングスに近寄ってきた。

「彼女、帰っちゃったのね。かわいそうに。…バーン・バニングス様は、どうなさる、おつもり?」

バーンは、ガラリアが行ってしまった方向を眺めたままだったが、はっきりとした発声で答えた。

「知れたこと。ロムン殿に、さらに言上つかまつる。我がドレイク軍には、宗主国にたいして、二心(ふたごころ)なきことを、わかっていただかなくてはならぬ。」

玄関から中に、入ろうとしたバーンを、マーベルは先に立って案内した。赤い絨毯をしきつめた階段を、二階へと、マーベルは導いた。さきほどロムン・ギブンと会った広い居間は、一階の、廊下の先なので、バーン・バニングスは、妙だと思い、自分の鼻の先でお尻をふっている女、マーベルを呼びとめた。

「どこへ行く?ロムン殿は、階上におらるるのか?」

マーベル・フローズンは、渾身の流し目でふりむいた。

「おじさまは、あたしの部屋には、入れないわ。あなたは別よ…バーン・バニングス。」

ご領主様のことを、「おじさま」と呼ぶ、その響きすら、卑猥だった。いまマーベルの、19歳の全身から、男をベッドに誘う雰囲気が、ありありとにじみ出ていた。バーン・バニングスは、一瞬、まさか、と思った。

バーンが愛する女は、彼の人生でただ一人、ガラリア・ニャムヒーだけであったが、世の多くの男性がそうであるように、性欲は別個の存在だった。今までにも、年上の愛人を、バーンは持っていたが、長年、褥(しとね)にはご無沙汰であった。

バーン・バニングスは、背後の階段下をふり返り、階上に続く、幅広の階段を見上げ、今いる踊り場に光線をさしいれる、大きなガラス窓から、外を見た。ギブン家の衛兵が、一人もいなくなっている。さきほどまで、ひしめきあっていた敵の見張りが、いまは皆無なのだ。ニー・ギブンや、ほかの家臣の気配もない。不気味だ。バーンは、感じたとおりに、くちに出した。

「なにごとだ、これは?衛兵どもは、どこへ行ったのだ?」

「あたしが、下がらせたのよ。大丈夫よ、バーン様。ほら、見て…丸腰よ、あたし。」

踊り場でマーベルは、体のラインを際立たせる、浅黄色の服につつまれたウエストとヒップを、見せつけながら、一回りして見せた。しとどに濡れたルージュは、さながら男のいちもつをくわえるかのように、丸く開き、パクパクと動いた。舌先を、口元にペロリと見せさえした。

明らかだった。この女は、わたしを、色仕掛けで陥落させようとしているのだ!

マーベル・フローズンは、相手の出方を観察しながら、自分の本心からの激しい欲情にかられ、男をせかした。この美男子に、抱かれたい。早く、はやく。もう我慢できないのよ。

「ねえ、バーン…来て。あたしのお部屋で、ご接待の準備がしてあるの。みんなは、わかっているから。だから、ねえ…」

ここで初めて、マーベルは、赤いダリアを、彼に差し出した。腕を彼のほうへのばしながら、乳房の隆起を見せつけることも、忘れずに。女が、男に対して、生花を手渡すこと、すなわち、情事への誘いである。これはバイストン・ウェルの性風俗を、地上人のマーベルが、熟知しているあらわれでもあった。

この売女めが!ギブンめ、わたしを金で釣ろうとしたばかりか、おつぎは色仕掛けとはな。…なめられたものだ、ドレイク軍騎士団長、バーン・バニングスが。…ギブンの女狐め、どうしてくれよう…

バーンは、冷静な表情で女を見つめた。両眼で、にらみつけていたが、ふと、表情をやわらげた。薄い笑みをうかべた。階段をあがる歩をすすめてバーンは、低い声で、独り言のように、マーベルに告げた。

「長居は、できぬがな。承知か?」

硬くむすんでいた口元をゆるめ、目を細め、ニヤッと笑ってみせ、こう言った。意中の彼が、とうとう!マーベルは、舞い上がらんばかりに歓喜した。この男、あたしと寝る気になったんだわ!もう、まちがいないわ、手に入れてやった!

赤いダリアは、この会話が交わされた階段に、落としてきた。マーベルは、生花の存在など、忘れてしまっていた。

早足で、マーベルとバーンは、寝室へ入った。扉は、ぱたんと閉じられ、バーン・バニングスは腕組みをして、室内を見渡した。部屋の中央には、色事のためにしつらえられた、大きなベッドがあり、群青色のびろうど布が敷きつめてある。防音壁に、外から見透かされない鏡面ガラスの窓。

おあつらえむきだ。ここには、マーベルと自分しかおらず、ギブン家の他のものに、聞かれる心配はない。バーン・バニングスは、ある決断を胸に秘めた。


<次回予告>

BGM ♪ちゃららら ちゃらららららっ

ひゃっほぅ、セザルでぇーす。読者のみなさん、すっげー、おひさしぶりさ!
そして、小説のほうは、急展開さ!
つづきは、どうなるんだろうかしら?じゃっ、またねぃ。

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