月下の花

第24章 ギブンの館、ロムンの思案


 ロムン・ギブンは、使い慣れた、賓客用の居間にて、敵国の騎士団長、バーンの様子をじっと観察していた。会談は、さっきから、平行線を辿っている。もとより、平行線を辿ることが、双方の狙いなのだ。

バーン・バニングスと、副将ガラリア・ニャムヒーは、園遊会への強襲を、卑怯だ、残忍だ、これは宣戦布告とみなす、開戦覚悟であろうと詰め寄ってきた。息子のニーが、返答する。打ち合わせ通り、のらりくらりと、追求をかわす。

「民衆への空爆が、戦の掟破りだとおっしゃるが、ドレイク軍のかたがた。あなたがたが、我が領内に無断で侵攻し、あろうことか、エ・フェラリオを捕らえ、オーラ・ロードを開いたことの方が、ずっと重大な、バイストン・ウェルの掟破りじゃないのか。」

バーンが、言おうとするより先に、ガラリアが口をはさむ。

「オーラ・ロードを開いて、地上人を呼び込んだのは、我が軍が先ではない。最初に、マーベルを呼び込んだのは、ギブン家だ!」

まただ、とバーンは眉をゆがめた。ガラリアの感情的な物言いは、さっきから、穴だらけで、ニー・ギブンに揚げ足を取られてばかりいるのである。桃色のくせっ毛をバンダナで結わえたギブンの御曹司は、ハハハ、と乾いた笑い声をたて、

「マーベルを呼び込んだのは、今は、水の国に帰った、エ・フェラリオの仕業だ。それは、ウォーター・ロードを破壊し、シルキーを尋問したあなたがたこそ、よくご存知のはずだが?一方、ドレイク・ルフト殿は、故意に、地上人を呼び込んだ。これは、バイストン・ウェル史上、類を見ない、掟破りですが?卑怯、卑怯と言われる、そちらこそ、卑怯と言うもの。」

返答出来なくなったガラリアの代わりに、バーンは、言葉を選びながら、太い声でニーを刺した。

「しかし、集い遊ぶ、民百姓を、無差別に砲撃するなど、バイストン・ウェルの戦法には、かつてなかった残虐行為だ。ニー殿、貴公も騎士なれば、非戦闘員を、見せしめに殺すなど、非道と思いこそすれ、正当化出来る理由があるとは、思えぬが。いかがか。」

「…それは、ドラムロに乗った、きさまを狙ったんだ!」

「に、しては、弾数が多うござった。」

「きさまが逃げ回ったからじゃないか!」

ショウ・ザマは、バーンと、ニーの、話し方を聞き比べていた。

(バーンさんは、敵に対しても、丁寧に喋るんだなあ。冷静だし…それに比べて、ニーは、口が悪い。なにかにつけて、バーンさんに敵意むき出しだ。そりゃあ、ニーから見たら、こっちは敵だろうけど、なんだろう?バーンさんには、やたらと、食ってかかってる感じだ。)

 この館のあるじ、ロムン・ギブンは、自分の椅子の後方、マホガニーの箪笥に入れてある、銭袋を出したら、バーンも、ガラリアも、逆上するだろうと考えた。特に、誇りのかたまりのような女騎士、ガラリアは。白髪の紳士は、テーブルに立てかけてあった杖(生きてる杖、エツ)を、右手で持ち上げ、2回、軽く振った。それが、合図であった。

廊下から、居間をのぞき込んでいた、チャム・ファウは、ロムンの合図を見て、ドアの隙間から、パタパタ飛んで入った。

「お館様ぁ、奥様が、呼んでますー。ちょっと来てくださいって。」

ミ・フェラリオが、こうした席で発言することは、雑音でしかない。バーンとガラリアは「うるさいな」ぐらいに捉えていた。チャムのセリフは、ロムンからニーへの「作戦変更」の合図だったのだが、ドレイク陣営は、そうとはわからず。ニー・ギブンは、バーンたちに向けて、

「すみませんな、こいつは本当に不躾で。チャム、母上にお伝えしてくれ。父上は、席を離れられんと。…ん?なに、急用か?では、俺が行こう。失礼、バーン殿!ガラリア殿。あ、ショウ・ザマ殿も。俺は、中座する。」

そう言って、ニーは、チャムを連れて、出て行った。ロムン・ギブンは、ニーの足音が、廊下の彼方に消えるのを、敵方も聞いているのを確かめた。今、室内には、自分以外の、ギブンの家人が、一人もいなくなった状態を作り、おもむろに口を開いた。

「バーン・バニングス殿、ガラリア・ニャムヒー殿、聖戦士ショウ殿。それがしの息子が、随分と無礼を申し上げたようで、謝罪いたす。実は…あれは、あなた方を、我が騎士団に、招聘したいと、それがしに主張しておってな。」

青い髪の男女は、例によって、同時に同じ言葉を口にした。

「なんですと?」

横で聞いているショウ・ザマも、「しょうへい」という熟語は初めて耳にしたが、だいたい意味はわかったので、(敵方のやつを、味方にって、どういうつもりだろう)と、不思議に思った。現代日本少年である座間祥にとっても、立ち上がったロムン・ギブンが、箪笥の引き出しから取り出したものは、驚愕に値した。

どすん、と、重たい銭袋を、無造作に4つ、ロムンは、机に置いた。

「本日、当家に来られるのは、バーン殿だけと聞いておりましたゆえ、お一人につき、手付金は4袋とな…」

とたんに大声を発したのは、ロムンの予想通り、ガラリアであった。

「バカな!金で、我らが、動くと思うか!」

続けて、バーンも、わざと腕組みをして見せることで、反感を表現して言った。

「もちろんだ。しかも、銭4袋とは、日本円で、たったの20万円ではないか。わたしも、安く見られたものだ。」

ショウが続ける。

「えーっ、20万?安い、安すぎるよ。いや、そういう問題じゃないか。」

ショウ・ザマは、ロムンが、だから、それは失礼と思った故、息子を説き伏せたのだ、我が息子ながらお恥ずかしいと言い、銭袋をまた、引き出しに戻すのを見ながら、考えた。

ニー・ギブンってやつ、さっき、俺のこと、傭兵だ傭兵だって、バカにしたくせに。バーンさんを、金で雇おうなんて。そういうのを傭兵っていうんだろ?言ってること、めちゃくちゃじゃないか。俺、あいつ、きらいだ!

敵方の3名が、プンプン怒り、温厚そうに見えてロムンは、騎士団長バーンを見ながら、その向こうに鎮座する、ドレイク・ルフトを、

いかにして潰すか

それだけを考察していた。

(やはり、金を出すは逆効果であったか。ドレイクのような逆賊に仕えるより、それがしが家臣となる方が、アの国における名誉と言うに。この若者どもは、すっかり、奴に感化されてしまっておると見える。)

 ギブン家とは、先祖代々、アの国の王室、エルフ家に仕えてきた家老である。ロムン・ギブンにとっての大事は、王室への忠誠である。アの国の諸侯すべてが、国王フラオン・エルフ陛下に従う国家こそ、家老ロムンの理想であった。老臣ロムンの目に、一兵卒から成り上がり、クの国の令嬢を駆け落ちで奪い、そして王室を、つまり自分を、なんら尊ばないドレイク、勝手に禁を破り、勝手に機械産業を興し、勝手に機械を輸出し、勝手に、

(家老である、それがしの領土に、侵攻しよった!元は、どこの馬の骨とも知れん、本当に騎士階級であるのかも、さだかでない、あやつ。)

ドレイクなにがしは、謀反人でしかなかった。ロムンの誤算とは(そう、時代の趨勢が見えていないという誤算である)、この時点でもまだ、ドレイク・ルフトを、自分より下位の者と見ていたことである。

自分は、家老の家柄である。自分は、身分ある者である。に、ひきかえ、ドレイク・ルフトは、古株諸侯バニングス卿と手を結び、領地を拡大した、ぽっと出の、成り上がり者だ。家老ロムンの目には、王家を尊ばない(=階級で人を差別しない)ドレイクは、きちがいにしか見えなかった。階級制度に発想を縛られているロムン・ギブンは、機械産業がもたらす経済効果や、商業貿易が持つ、革命的な力が、まるで見えていない。ダーナ・オシーやゼラーナを持ったことも、便利な鍋を買ったと同程度に考えていた。それを生み出したのはドレイクであるのに!新型オーラ・バトラーの披露会への空爆について、ロムンは、

「ドレイクに、煮え湯を飲ませたか。おおいに結構!」

と、帰参した息子を、誉めちぎっていたのだった。新興領主ドレイクを、見下しているロムンにとって、その領主の「持ち物」である平民などは、ドラムロに当てようとしたついでに、ミサイルが当たったぐらいにしか、感じていなかった。平民の…ロムンは、この時、ふと思いついた。

(そうだ、ルフトという姓は、アの国でありふれた苗字ではない。ひょっとしたら、ルフト姓は、妻、ルーザの家のものでは?隣国から妻を娶ったは、騎士の家名を欲したからなのか?だとすると、きゃつ、ドレイクは…

…平民の出で、あるやもしれぬ…)

 席に戻ったロムン・ギブンは、バーン・バニングスに、一礼し、息子の思慮の浅いこと、誠にもって申し訳ない、と重ねて詫びた。園遊会への攻撃も、それがしが知らぬうちに、あれがゼラーナで出てしまったのだが、領主の責任を持って、正式に謝罪すると、心にもない口上を、つらつらと述べた。

ニーがいなくなってから、途端に、ギブンが悪かったと、低姿勢になったロムンを見て、ガラリアは、謝って済むことかと、まくしたてたが、バーンは、敵の大将の、様子が変わったことに、気がついた。ロムンは、自分は息子とは考えが違う、あれには困ったものだと首を振った後、

「ご安心めされよ。それがしは、その方らの意図は、承知しておるからのう。」

と、急に、居丈高な言い方になり、

「それがし、フラオン陛下にお仕えする家老。ドレイク殿と、志を同じゅうする、はずの!騎士、領主でありまする。内戦が勃発するは、本意ではござらぬ。が、しかし。その方らは、それがしと開戦すると申されたな。そは、一諸侯、ドレイク・ルフト殿が、畏れ多くも、アの宗主陛下に反旗をひるがえすという意味じゃ。本日、そちらの騎士団長殿が、国王陛下への叛意を表明したと、それがしは陛下にご報告せねばならぬが、さて、いかがかな。」

バーン・バニングスが、即答した。その眼光は鋭く。

「それは、脅しか。」

「事実を述べたまでじゃ。」

ガラリアが、珍しく、低い声でうなった。

「我らが、逆賊だと、言われるか、ロムン殿。逆賊の領民ならば、赤ん坊でも、殺してもよいと?」

ショウ・ザマは、きょろきょろと、あちらとこちらを見比べ、

(どっちが「正義」なんだろう?…いや、「正義」ってなんだ?戦争って、「正義」のために、するもの、していいものだっけ?日本のためだと言われたら、まだわかるけど、バイストン・ウェルで、どっちの国が「正しい」のかなんて、さっぱりわかんないや。マーベルは、ギブンが正義だって言ってた…でも、ニーは、園遊会で、大勢の人たちを殺した…でもこのおじいさんは、ドレイクさんは反逆者だと…あーっ、わかんねー!)

ガラリアの問いには、ロムンは答えず、杖に両手を置き、尊大に構えて見せた。ガラリアは、見慣れたお館様よりも年長の、ギブンの館の「お館様」の言うことを聞き、そうか、と、あることに思案が及んだ。

(なるほど…近年、ギブンは、国力では、我がルフト領に、遠く及ばぬようになった。そこでギブンが、すがるものは、王室の権威しかないというわけだ。

我が方が、王室の家老であるギブンに逆らえば、逆賊と呼ぶ、か。さすれば錦の御旗がギブンにつくか。なんと単純な理屈よな。フラオン・エルフ直轄領をも、いずれ掌握せんとする、ドレイク様にとっては、この老体が、目の上のこぶになっている。だから、我らは、ギブンをまず、潰そうとしている…つまり…

私が所属する、ドレイク軍とは、バイストン・ウェル既存の「階級」を破壊する者であるわけだ。)

だからと言って、ガラリア・ニャムヒーという名の騎士は、自国の戦略に、自分の仕事に、「正義」という名を付ける事などには、思案が行かない人物である。理念的な事がわからないのではない。戦争に冠を付けることの愚を、知っているからである。

そう、アトラスが破れた戦争を、彼女は知っている。

(私の彼は、ク王室に忠実であったがため、新兵器をくり出したビショット・ハッタに、こともなげに負かされた。立場だけを見れば、ロムン・ギブンは、親衛隊長アトラスだ。そして、私は…私の彼を、攻め滅ぼそうとする、ビショットであり、バーンであるのだ…)

正義など、この世界にはない。ことに、戦争には、ない。どこにも無いのだ、正義など!優しく美しいアトラスが殺される、こんな乱世を生きようとして、謀反も逆賊も、ましてや正義も大義も、なんの意味も持たぬもの。ガラリア・ニャムヒーは、自分の恋人を殺した君主、ドレイクに仕える宿命に生きているのだ。

(私は、ニャムヒー家再興のため、ドレイク様の配下にて、名を上げねばならぬのだ。…そうだな、名無しのハンカチ。おまえのかたきでもある。紙人形を作った女の子の、かたきでもある。しかし。私は、私怨で戦争を為すのでは、ないのだ。うらみをはらすだけならば、さっき、マーベルのはらわたを切り裂くは、簡単であったものな!)

ガラリアが、ブツブツ自問自答している間、バーン・バニングスは、ロムンと話しながら、作戦を練っていた。

(妙だな。ロムン・ギブンも、ニーも…こちらの主張に、反対して見せたり、脅して見せたり。素振りを変えるのみで、要点が見えぬ…要点を見せぬは、こちらも同じ。やつらにも、なにか裏があるようだ。なにを仕掛けてくるか?金でなければ、なんだ?

我が軍の作戦は、われわれ会談組が、連中の注意をひく。そして、頃合を見計らって、この館を攻撃する!目には目を、空爆には、空爆をだ。ニーも、ロムンも、この機会に抹殺してくれようぞ。今まさに、後続部隊が、わたしからの攻撃の命令を、待っているのだ。さて、どう出てやるか、バーン・バニングス。

…しかし…ガラリアには、ホント、付いて来てほしくなかったぞ。わたし一人ならば、動きやすいことが、彼女がおるせいで…ブツブツ…)




 バーンたちのいる部屋から、離れた棟に来たニー・ギブンは、チャムに、キーンのいる中庭に行くよう命じ、マーベルが一人、鏡を眺めている化粧室に入り、ドアをぱたんと閉めた。

8畳ほどの広さの室内には、シャワーと洗面化粧台と、便座がある。べんざ?そう、バイストン・ウェルのトイレとは、地上で言う、洋式なのだ。水洗完備だが、ウォシュレットはない。マーベルは、テーブルに洗面器を置くタイプの、洗面化粧台に向かい、ビロードの椅子に腰掛け、鏡を覗き込み、それはもう熱心に、化粧直しをしていた。狭い化粧室に、彼氏が入って来たというのに、振り向きもしない。ニー・ギブンは、極めてにがにがしく、

「マーベル、バーンだが…父上が、金で釣るのは無理だと、判断された。」

「そうなの。それで?」

彼氏の言葉よりも、彼女には、パフをはたくことの方が重要。

「君が言っていた方の、作戦に切り替える。ショウ・ザマを…」

ニー・ギブンは、いや男は、抱いた仲の女が、他の男をたらしこむのに、相手が誰であろうと、不愉快なのは変わりないものだが、明らかに「釣る」だけで、本気で相手にするつもりはない子供の方が、まだマシだと感じていた。マーベルが、バーン・バニングスに注ぐ関心は、ニーの男のプライドを、今朝から傷つけてばかりだ。まったく、神経に障るやつだ、バーンという男は!マーベルは、俺が話し掛けているのに、さっきから鏡ばかり見て!

落ち着き払い、亜麻色の髪にブラッシングし終えた女は、すっくと立ち上がった。

(出撃準備、完了ね。ショウ・ザマ釣り役は、出来ればキーンに任せたいけれど、あれは彼女に自信を持たせるため、言ったこと。実質、無理だわ、あたしでなくちゃ。ふふふ!あのぼうやにも、わからせてやるわ。ガラリアなんかより、あたしの方がいいって!)

ハイハイハーイ、セザルです。しかし、ここまで、
各章の締めは、マーベル嬢のアレへの闘志ばっかだねぃ。
次章には、アレのシーンがあるのかな?クリックどーん。

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