「月下の花」

第23章 ギブンの館、情念の火花


 開け放たれたドアを振り向いたバーン・バニングスは、居間に入らんとすガラリアが、左わきの帯刀のつかを、左手で握りしめ、右手はこぶしを握りしめ、わなわな振るえている様子を見た。

今にも抜刀せん怒りようだ。

青い髪は、毛根から熱を持ち、めらめらと逆立ち、呪いの狐火と化した。カッと見開いたまなこの、白目は、血の色で染まり、縮まった虹彩の、緑色と相まって、まさに鬼面。ガラリアの、全身の血脈が、憤怒(ふんぬ)で膨れ上がり、その白い肌を突き破って、爆発させんが如き、血の怒り!

バーンにも、ガラリアが、彼女をひとめで「マーベルだ」と分かった、ことは、分かった。ドレイク軍騎士団長は、ガラリアが、領民と部下の「かたき」であるマーベルを発見し、殺したい衝動に駆られていると思った。それは彼女の激情の、半分、いや、今はそれ以下になっているとは分からず…

 しかしバーン・バニングスは、動揺は誰にも見せず、穏やかな口調で、ロムン・ギブンに言った。

「ロムン殿。これは、わたしの部下、副団長のガラリア・ニャムヒー。そしてこれは、聖戦士ショウ・ザマであります。列席をお許し願えるか。」

ニー・ギブンの父、ロムンもまた、落ち着き払い、どうぞ、と着席を促し、次に、浅黄色の、上等な生地でしつらえた服を着た女へ、娘に問い掛けるような口調で、

「では、マーベル。こちらのお二人にも、お茶をお出ししてくれ。」

バーンの左側の椅子にショウが、右にガラリアが座った。腰掛けてもまだ、居ても立ってもいられない。ふーっ、ふーっ、と、息とも声ともとれる、うめきを漏らしている。そんな隣席のガラリアに、バーンは小さな声で

「こらえろよ。」

「…わかっている。」

ささやき合う二人を、見て、ショウ・ザマは、

(あんな短い言葉を交わすだけで、ツーカーなんだな!ガラリアさんとバーンさんは、ずっと、ああやって、コンビで仕事をしてきた仲なんだ。俺の入り込む隙間なんか、これっぽっちもないんだ…)

独り、取り残された寂しさで、いっぱいになっていた。

 ロムン・ギブンの隣りに、ニーが着席し、長いテーブルの端と端に、ガラリアたちは対座した。お盆に、二人分の紅茶を運んできたマーベル・フローズン。彼女が、給仕をしたいと、ロムンに申し出たのは、お目当てのバーン・バニングスに接近するためであるが、ついでに色目を使ってやれ、な男が、もうひとりいた。マーベルは、黒髪の男の子にまず、お茶を差し出し、

「また会ったわね…」

渾身の流し目を送り、吐息の発声で、マーベルは、ショウにも、意図的に色気をふりまいたのだが、その子はまるで、自分を見ないではないか!青い短髪の女ばかり、気にして、そわそわ、落ち着かずにいる。19歳のアメリカ女は、これに、強い憤りを感じた。

(まあ、なんてこと!あたしが挨拶してあげているのに、ジャップの分際で!あんな、がさつそうな女なんかを…!)

がぜん、ライバル心を刺激されたマーベルは、青い短髪女の前に、紅茶を置いた。

この瞬間、女と女は、烈火が如き怒りのまなざしを、激突させた。

マーベルは、ガラリアをにらんだが、すぐ、あざ笑う表情になった。なにを、あざ笑うのか?どんな表情なのか?それは、女同士にしか、読み取れないもの。

マーベルは、ガラリアの様子を、見ただけでわかったのだ。彼女が、美男子バーン・バニングスに恋していることが。片想いに苦しんでいることが。そのバーンに、自分が色目を使ったから、嫉妬に狂っていることが。

こういう状態の女を見て、勘付かない女は、この世に、ただの一人もいないのだ。ガラリアでなくとも、マーベルでなくとも。

ガラリアの眼前で、お盆を手にかかげ、肩にかかる長髪を片手でかきあげ、体の線を自慢げに反り、あからさまに見下す素振りをした女。対照的に、一方の女は。

(は…刃物で、切り刻んでも、気が済まぬッ!民を殺し、私のいい人を殺し、その上、そのうえぇっ…私の一番、大事な、一番、大切な、秘密の想い人に、媚びを売ったこの女!)

睨みつけられたマーベルは、なおも余裕の笑みで、ガラリアの怒りの炎に、油を注ぐ物言いをした。もちろん、わざとである。

「ガラリアさん、でしたっけ?あたしはマーベル・フローズン。あ、もうご存知だったかしら。ふふ、ねえ、あ・な・た・の団長さまって、すごく素敵な方ね。あたし、評判の貴公子にお会い出来て、光栄に思ってるわ。ねえ、バーン様?さっきも、そういうお話しをしていたの…あ・た・し・た・ち。」

さて、女同士が、なんのテーマで盛り上がっているのか、まったく分かっていないバーン・バニングスは、頓狂に、返答しようとした。

「あいや、マーベル殿。わたしはロムン殿と、」

言いかけた刹那、ガラリアが、机上の茶碗を、いきなり振り払い、陶器は床にガチャン!と叩きつけられ、割れ、青い髪の女はガタン!と音を立てて椅子から立ち上がった。

「その方の出すものなど、私はいらぬッ!ショウ・ザマ殿、ご注意なされよ、この女は、こなたを撃とうとした者ぞ!毒が盛られておるやもしれぬ。マーベル・フローズン、この無礼者め!下がれ、ここは政談の場である。ええい、たかが傭兵めが、何用で居るかッ!下がれ、ええい下がれ、下がれぃッ!」

マーベルに、刃を向けられない代わりに、怒声をあびせ、指をさし、侮蔑の意志を表現し…いや、このガラリアに、そんな理性的判断は無い。これは女に特有の性(さが)なのである。脊髄反射なのだ。嫉妬に狂う女は、つま先から髪の毛先までを、嫉妬という「血」で燃え上がらせ、わめき散らしたのだ。あわててバーンが、

「ガラリア、やめい!」

と同時に、今度は、ニー・ギブンが、嘲笑の声、高らかにあげた。座ったまま腕組みし、とがったあごだけをガラリアに向け、

「アーハッハ!たかが傭兵、と言われたな、ガラリア殿!」

父親のロムンは、ひとつも表情を変えず、バーンの動きだけを観察している。ギブンの御曹司は、余裕の腕組みを崩さずに、

「ならば、そちらにおられる聖戦士殿も、たかが傭兵という事だ。それをなぜ、政談の場に連れて来られたのかな?撃とうとした、と言われたな。それは我々も同じだ!その、ショウとかいう傭兵に、マーベルが、撃たれたかもしれん。ハッ、語るに落ちましたな。あなたこそ、政談の場には、向かないお人なのではないか?ガラリア・ニャムヒー殿。」

愛人の言葉を受けて、マーベルが、ガラリアに聞こえよがしに、

「ふふふっ」

とあざ笑ったものだから、ガラリアのヒステリーは頂点に達した。バーンは、本気で剣を抜こうとしたガラリアの手を、つかんでやめさせようとしたが、その「手」が

(あ、ガラリアの素肌だ)

熟練の騎士をもってして、一瞬、躊躇してしまった。彼女の体に触れられないという、バーンの当惑の、なんと切ないことか。青い短髪の女は、抜刀してしまった。矛先はもちろん、マーベル・フローズン。

「黙れッ、このすべたが!」

もう、マーベルをすべた呼ばわりしている時点で、ホント、ガラリアは政談の場に向かないお人、ニーの言う通りなのだ。ガラリアが振り回す切っ先から、素早く逃げたマーベルは、お盆を手にしたまま、口元で笑っている。ガラリアを取り囲んだのは、廊下からなだれ込んだ、キーン、ドワ、その他数名のギブンの衛兵である。バーンの護衛のため、居間にいた警備隊兵士数名が、隊長の命(バーンの目配せ)で、ガラリアのわきをかため、彼らも抜刀した。どっちの兵が、手を出しても、流血の事態になる。一触即発。

16歳になっているキーン・キッスは、愛刀である一尺刀を左手で構え、きりりと言い放った。

「剣をおさめなさい、ガラリア殿。でなければ、外へ出て。あたしと、いざ尋常に、勝負!」

キーンの剣と、ガラリアの剣が、居間の中で向き合う。バーンは、さっきから、ガラリア、やめないか、ロムン殿、申し訳ないとかなんとか、言っているようだが、興奮し切っているガラリアの耳には、入っていなかった。ガラリアは、刺したかったマーベルの前に出来た人垣、正面に立つ、顔なじみの少女の構えを見て、

(うぬ、キーン・キッス、左利きか。)

脳の半分が、妙に冷静になった。まずはこの戦士を片付けなければという、反射神経のなせる技である。右利きのガラリア・ニャムヒーが、キーンの利き腕の反対側を狙い、踏み出そうとしたとき。

「ガラリアさん、だめだよ、やめてよ!」

…バーンが、彼女の肌に触れられないと、躊躇していたことを、ショウ・ザマがやったのだ。ショウは、軍服のガラリアの、背中にとびかかり、彼女をぎゅっと抱きしめた。彼女を、後ろから抱きしめる彼は、目を伏せていた。彼は、一生懸命だった。ガラリアを助けようと。一生懸命、彼は叫んだ。目を固く閉じたまま。

「ここで戦っちゃ、だめだよ、ガラリアさん。話し合いに来たんじゃないか。お願いだから、落ち着いて、ね!お願い、だから…」

語尾は熱い息となった。ショウにしてみれば、女性の体に触れることすら、初めてだ。しかも、このひとは、

(俺の好きなひとだ。)

少年の熱い体温が、ガラリアの神経を、触感に向けさせた。彼女は、

(誰かが私を、抱きしめて、私を、なだめている。)

とだけ思った。彼がショウ・ザマだと分からなかったわけではない。彼女にとっては、その体温は、特別な人ではないという意味である。特別な人ではない体温に触れて、ようやくガラリアは、特別な人が、自分に向けて言っている言葉が、意味をなして耳に入るようになった。バーンはこう言っていた。

「ガラリア、早く、剣をおさめるのだ。会談の席だぞ。」

ここに至って、我に帰ったガラリアは、ショウ・ザマから、ついと離れ(ショウの手は、彼女に軽く押し返されただけで、簡単に離れた)、剣をつかに戻し、席に座った。何事もなかったかのように、ガラリアは正面のニー・ギブンの目をにらんだ。ロムン・ギブンも見た。隣りに座り直したバーンの方を見ずに、すました風に、彼に告げた。

「おまえが言うから、ではない。ショウ・ザマ殿がとめてくれたから、だから我慢してやるのだ。私は彼の顔を立てたのだ。わかったか。」

彼女の憎まれ口には、慣れているバーンであったが、作戦のため、ガラリアが足手まといにならぬかと、ハラハラさせられるのは、勘弁してほしかった。

「なんでもよいが…場所柄をわきまえろ…」

「だからもう、着席しているではないか。うるさい。」

まだ立ち尽くしていたショウは、おろおろ、取り囲むキーンたちを見回し、バーンとガラリアが着席したので、あわてて自分も席についた。

マーベルは、キーンら衛兵に、一緒に廊下に出るよう指示した。マーベルが人差し指を、廊下に向けただけで、皆がぞろぞろ、彼女に付き従ったのだ。亜麻色の長髪女を、目で追っているガラリアは、どうしたら、あのすべたを八つ裂きに出来るだろうかと考えていた。そんな、すべた如きが、バイストン・ウェル騎士であるギブンの家臣を、召使いのように扱っている様子を見て、さらに怒りを大きくした。

(キッス家は、ギブンの諸侯だ。それが、傭兵なぞに命令されて動いているのか。地上人だからといって、へいこらするとは、バイストン・ウェル騎士の名折れぞ、キーン・キッス。先ほどの左の構えは、敵ながら勇敢であったのに。あの地上人、マーベルは…我が軍におけるショット・ウェポンが如き振る舞いをしておると見える。ますます、気に入らぬ!)




 廊下に出たマーベルは、衛兵を定位置に付かせ、キーンだけを連れて中庭に出た。棟と棟の間にある、その中庭からは、ガラリアたちがいる居間の窓が見える。ガラスごしに、バーンとロムン・ギブンが話し合い、横から、気色ばんだガラリアが、テーブルに身を乗り出し、わめいている姿が、観察出来る。

 如才なくマーベルは、キーンに、本日の会談は、心理戦がメインになると教えた。つまり、

「狙いは、バーン・バニングスと、聖戦士のぼうやよ。あの男どもを、あたしたちの味方につけるの。ニーは、バーンをお金で釣るつもりだけれど、あたしが見たところじゃ、彼は、お金で動くタイプじゃないわ。どう思う?キーン。」

黒髪を長く、背中まで伸ばした少女、キーンは、自分より随分、背の高いマーベルの言うことを、熱心に聞き、答えた。

「そうね、バニングス家と言えば、ルフト領きっての名家だもの。父親のバニングス卿は、ドレイクの盟友だそうよ。その総領息子が、少々のお金で、こっちに寝返るとは思えないわ。何よりも名誉を重んずるはずだもの。でも、だったらどうするの、マーベル。」

ギブン家の、2人の女戦士は、ガラスの向こうを眺めた。まただ。バーンがなにか言うと、すぐガラリアが、横から、ぎゃあぎゃあ口を出している様子が、遠目にもよくわかる。マーベルとキーンの、考え出した作戦は、同じだった。年上の亜麻色の髪が、話した。

「あの女よ。あの、直情型のバカ女は、利用出来るわ。わかるでしょ、キーン。」

と言って、マーベルは、クスッと笑った。わかるとも。キーン・キッスも女なのだから。キーンは、やや苦笑いして答えた。

「ガラリアって、バーンのことが好きだったのね。なに、あの怒り方。マーベルは、ちょっと、バーンに愛想良くしただけなんでしょう?」

「ええ、そうよ。お客様として、接しただけだわ。なのに、あの女が、ジェラシーむき出しにしちゃって、あたしを。」

ギブンの傭兵は、ギブンの家臣の誘導が上手いと見える。まんまと、キーンはマーベルの手玉にとられた。

「へえ!それで、斬りかかってきたわけぇ?バカみたいね。」

ふふふと、女2人は、ガラリアを指して、あざけり笑った。年若いキーンを、女同士のノリで同調させながら、マーベルは、バーンに抱かれたいと思っている自分の欲望は、隠した。

「あの女がいてくれて、こっちには有利な状況が出来たと思うの。釣りやすそうなのは、ぼうやの方よ。」

「ショウとかいう地上人?」

「そう。あの子は、ガラリアが好きみたいでしょう…あんなふうに一生懸命に、とめに入って…典型的な三角関係ね。これを利用しない手はないわ。いいこと、キーンとあたしは、ショウ・ザマに、同情していると伝えるの。バーンとガラリアの間にいても、辛いだけでしょうって。それより、あたしたちと仲良くした方が楽しいんじゃないかって、誘うのよ。キーンは、若いし、可愛いんだから、ガラリアなんかに負けちゃダメよ。具体的にはね、こうするの…」

巧みに、年上の女は、少女のライバル意識を煽った。その先に思ったことは、マーベルは口に出さず、自分に言い聞かせた。

(…地上人にとって、バイストン・ウェルの国家間戦争は、しょせんは他人事なのよね。思想信条に照らし合わせて、どちらに味方するかなんて、簡単に決められるものではないわ。よそ者が考えることは、どっちにつく方が、得か、居心地がいいかって点だけ。あたしは、行きがかり上、ニーとそうなっちゃったから…ロムン様と契約したの。専属の聖戦士になれば、この国一番の裕福な暮らしと、特権階級を保証すると持ちかけられた。だから、あたしはギブン家にいるのよ。)

マーベル・フローズンの考え方は、今はドレイク軍にいる、トッド・ギネスと同じである。義侠心より、契約が先に来る。国家に殉ずるより、個人主義に重きを置く。

 空色の瞳を、きら、と光らせ、マーベルは、ガラスの向こう、青い髪の、男と女を、また見た。

(悔しいわ。)

なにが?

(バーン・バニングス、なぜ、あんな女を、あんなに大事に扱うの。かばったり、なだめたり。ふん、まるで子供の世話をやくみたいに!あたしの方が、ずっと魅力的なのに。)

やはり、マーベルも、見抜いていたか。そうなのだ。あそこにいる、青い髪の男女が、実は相思相愛であることは、初対面の人間が見ても、モロ分かりなのだ。気がつかないのは、本人だけ。そして亜麻色の髪の女は、ニー・ギブンという褥の相手がいながら、胸中の弓をひいた。彼女の弓は、ぎりぎりと音をたてて、ガラスの向こうの、美男子を狙った。

(寝てみせるわ。あたしは、バーン・バニングスと、寝ると決めたわ…想像してたより、ずっと美しい男!吸い寄せられるわ。厚い胸板に、青みを帯びた銀髪が、サラサラたなびいて…中世の騎士物語から、抜け出して来たみたいな、洗練された身のこなしったら!ニーなんて、比べ物にならない、いい男…そうよ、あの女の、大事な男を、奪ってみせる。ガラリアなんか、あたしの敵じゃなくってよ!)

さあ、どうなる、ギブンの館。

はぁい、セザルでぇーす。今回は、すぐ続きが読めるさ!
次章へ、クリックどーん。さあ、イってみよッ!

前章へ  次章へ

「月下の花」目次へ戻る

ガラリアさん好き好き病トップへ戻る