月下の花

第69章 ドレイク評定


翌朝、早く。ラース・ワウ大広間の玉座に、ドレイク・ルフトは鎮座した。頬杖をつくドレイクに、考え事は、たくさんあった。戦局は、容易ならざる展開を見ていた。火急的すみやかに、ミの国とラウの国連合軍を、たたかねばならない。ミの国王、ピネガン・ハンムは、自らオーラバトラーを操縦する強敵であり、その岳父、フォイゾン・ゴウ王は、北方の大地を統べる王。彼らが同盟をくみ、ドレイクに反旗をひるがえしているのだ。

攻撃力が必要だ。全軍の整備を急がせる。物資も必要。平民から徴収しなければならないが、急な増税などをしては、人心が離れてしまう。資金源を確保するためにも、新しい領地が必要だ。占領したキロン城下からの、徴税を急がせよう。そうだ、クの国に、援軍を要請しなければ。各地に伝令を出そう。

しかし、いまいましきは、ピネガン・ハンムよ!キロン城をおとりに、このわしをおびき寄せ、留守のラース・ワウを襲うとは!その上、我が朋友、バニングス卿の屋敷を砲撃するとは!許せん、卑怯な若造め。神出鬼没の黒いダーナ・オシーを、ピネガンを落とせる戦士が、おらぬものかのう。

ドレイクの傍らには、ショット・ウェポンと、騎士団長のバーン・バニングスが立っており、ご下命を待っていた。ドレイクは、ついと顔をあげた。中央玄関から、大広間へと、ずかずか入ってくる者たちがいた。バーンとショットも、彼らの方を見下ろした。玉座は、階段の数段上にある。

先頭には、聖戦士トッド・ギネス。金色の長い上衣、正装である。彼の顔には、青あざが、殴られた証拠が見える。続くは、普段の戦闘服のまま、ヘルメットを小脇に持ったままの、下級兵セザル・ズロムだ。トッドは緊張してはいたが、意気盛んであり、武者震いをしているのが、遠目にもわかった。セザルは、父ミズルから、「それがしの名代を務めよ」と、命じられていた。

2人に続いて、ガラリア・ニャムヒーが、オレンジ色の軍服姿で、ぽかんと口を開けたままで、歩んできた。ガラリアは、混乱していた。守備隊兵舎で、ユリアと2人、出動前のカフェオレを飲んでいたら、トッドとセザルがやってきて、今からいっしょに、ドレイク・ルフト様の所へ来て下さいと言う。正装したトッドはひどく真剣で、ガラリアは、昨夜の事件があったから、不安にかられた。自分の身に、なにか、たいへんな変化がせまっているような気がする。ユリアは、ピンときて、わたくしも同道いたしますわと言って、着いてきた。

さてバーン・バニングスは、この4名が、ずらずらやってきたのを見て、やはりぽかんと口を開けていたが、ハタと居直り、いつもの居丈高な口調を取り戻し、

「何用か、お前たち。お館様は、執務中であるぞ。ガラリア、守備隊の任務はどうした?北方への偵察は、今朝は、お前の班ではなかったか。」

「そうだが、バーン、…聖戦士殿が、その前にどうしても、ドレイク様に申し上げたき儀が、あると言うので…。」

三白眼を重たそうに持ち上げて、ガラリアは、昨夜、自分を抱きすくめ、婚約を迫った男を見やった。ガラリアには、トッド・ギネスに対する嫌悪感は、微塵もなかった。ただ、何が起ころうとしているのか、ここに至って予感がしてきたので、恐怖に震えた。まさか、あのことではなかろうな?まさか。

トッド・ギネスは歩み出て、そしてドレイク・ルフトの前に片膝をつき、深々と礼をした。ドレイクは、低く、ウム、と答えた。

金髪碧眼のアメリカ人トッドは、居並ぶ全員に、細大もらさず聞かせようと、声を張り上げた。

「ドレイク・ルフト閣下。わたしトッド・ギネスより、お願いが御座いまして、参上いたしました。」

ドレイクは、改まって、なんであろうか。新しいオーラ・バトラーがほしいとでも、ぬかすのだろうと思って、気楽に構えていた。

「ふむ、ゆうてみい、トッド。」

「ドレイク様…、わたしは…。」

ふり返り、ガラリアのきょとんとした顔を見た。決意はゆるがない。けして。

「わたしは、ドレイク軍副団長にして、守備隊長、ガラリア・ニャムヒー殿に、結婚を申し込みたいのです。ドレイク閣下、どうかお許しを、お願いいたします。」

1人を除いたその他全員が、度肝をぬかれた。1人とは、ショット・ウェポンである。アメリカ人ショットは、笑顔で機嫌良く、こう述べた。

「ほう、ガラリア殿と、聖戦士殿が。ははは、それは、なかなか。粋な縁組みではないですか。」これはショットの、純粋な感想だった。

まず、あわてふためいて、しゃべり出したのが、セザル・ズロム。

「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さい、トッド様。婚約でしょ?結婚は、飛躍しすぎさ。婚約を申し出たいって、言わなきゃさ。あっハイ、お館様、僕は、父ミズル・ズロムの名代で、まかりこしました。聖戦士殿の付き添いです。父ミズルは、ガラリア様の養父として、お館様がご裁断下されば、ガラリア様の婚約を、許可するとは言明いたしましたが、結婚の話しは、出ておりません。」

ドレイクが、まだなにも反応していないのに、激しい反発の声を上げたのが、誰あろう、ユリア・オストークである。

「いきなり、何を言い出されるのです!とんでもないことですわ!皆様方は、いつ、ガラリア様の、ご意志を確かめられたのですか?聖戦士トッド様、なにを勝手に、話しをすすめておられるのです。」

ユリアは続けざまに、自分の部下を叱りつけた。

「セザル・ズロム!その方、差し出た真似をするでない!」

珍しくセザルが、上官ユリアをつっぱねた。

「いいえ、ユリア様、それは違うさ。僕は、父の命令で、動いているまでさ。」

やりたくてやってるんじゃないのさ、と心中でつぶやいた。次に発言したのが、ガラリア・ニャムヒーだったので、ユリアは驚いた。

「ユリア、私は、聞いておるのだ。婚約の申し出は…、トッドから聞いておる。うん…。」

居並ぶ上官たちの前で、ガラリアは「うん。」などと、ほとんど独り言のように言ってしまい、それきり、うつむいてしまった。ひときわ甲高い声で、ユリアが親友を非難した。彼女は激高していた。

「わたくしは、聞いておりません!水くさいですわ、ガラリア様、そんな重大なことを、なぜ、わたくしに相談して下さらなかったのです。」

いつもは仲良しの守備隊トリオ、ガラリア、ユリア、そしてセザルが、喧嘩腰になってしまっている。そこへ、

「静まれい!」

ドレイク・ルフトの一喝がとんだ。ガラリアは、うつろな眼差しを、大理石の床に落としたままだ。ユリアは、憤然としてはいたが、ドレイクに期待を向けた。馬鹿馬鹿しい申し出は、却下してくれると思った。セザルは、冷静さを取り戻しており、彼も、ドレイクが、この場を収めてくれるだろうと、考えていた。

バーン・バニングスは、茫然自失の体(てい)であった。トッド・ギネスの言い分を、結婚したいという文節を耳にした瞬間、反射的に帯刀のつかを握りしめた。彼が23歳になり、騎士団長の任にあり、つまり、ある程度の大人になっていたから、抜刀せずに留まった。数年前のバーンならば、斬り殺していた。

バーンはガラリアを見ていた。彼女が、ユリアと同じ口調で、反発してくれるとばかり、思っていた。ところが、そうではない。受け入れるでもないが、憂鬱そうに、うつむいているだけだ。これは、なんとしたことだ。バーンは、現実を見ていないのではなかった。ガラリアが、地上人の技術者、ゼット・ライトの愛人になってしまった現実を、知らぬではなかった。知った瞬間、憎悪に落ちた。ゼット・ライトをではなく、ガラリア・ニャムヒーをでなく、バーンは自分の人生を憎悪した。

初恋の少女が、いつまでも乙女であるとは、思っていない。だからこそ、怒りも勝った。操(みさお)正しくあってほしいとは、自分勝手なわがままだと、とっくに知っていた。かたわらに立つガラリアはもう、遠くに行ってしまった。それを見せつけられることには、いつまでも慣れない。バーン・バニングスの苦しみは、日に日に累積され、過重されるばかりであった。

ただ、剣のつかから、利き腕を引き離し、息をついて、血流のたぎるを休めたバーンは、トッド・ギネスが、唐突に、結婚だなどと言い出したことについては、茶番で終わるだろうと推察した。

一方、トッド・ギネスは、らんらんと熱した眼(まなこ)を、ドレイク・ルフトに向けたまま、ぬかずいたまま、微動だにしていない。

全員の期待を、一身に背負ったドレイク・ルフト。あくびをかみ殺しながら、トッドと、セザルから、事、ここにいたった顛末を、聞き取った。戦局を思い描き、愛だ、恋だ、に、血道をあげている、若者たちを、見下ろした。ドレイクの興味が、こんな場所に無いことは、明らかだ。

「なるほど、ミズルがさように申したのならば、わしがニャムヒー家の後継者を決定しても、問題はなかろう。婚約となれば、将来的に、領地の配分にも影響の出ることだからして、筋を通しておかねば、ガラリアも困ることになろうからな。して、ガラリア。お前は、どう思っておるのだ。この縁組み、乗り気か?」

ガラリアに、この下問は、辛かった。どう答えても、嘘になった。「お館様…。」とつぶやいて、瞳をうるませた。彼女は、自問自答する力をさえ、失していた。だって私は、昨夜もゼット・ライトに抱かれたのです…。でも、ゼットとは不倫なのです…。騎士道精神に反するだけではなく、自分の良心にも、反する仲なのです。煩悶していた睦言を、おおやけの、おおぜいの前で、質すよう命令されるとは。ガラリアは、バーン・バニングスの方を、ほんの少しだけ見上げた。

すると、ふたりの人生で、初めての出来事が起きた。ガラリアとバーンは、お互いの目と目を見つめ合った。それだけなら、今までもたびたびあった。だが今朝は、ふたりは、目線をそらさなかった。特にバーン・バニングスは、ガラリアに見つめられて、それを正面から受け止めた。じっと見つめ返した。

ガラリアは、バーン・バニングスと見つめ合い、はっきりと自覚した。私が、真実、愛している男は、間違いなく、バーン・バニングスなのだと。今、彼が、赤茶色の瞳をうるませて、私を見つめている。何か言ってくれないか、私のために。バーン!

彼の強い眼差しによって、ガラリアは、力を得た。声音はおどおどしていたが、言いたいことの意味は、はっきり決まっていた。

「お館様。なにぶん、急なことで、お答え出来ませぬ。私は、まだ誰とも、婚約など、出来ませぬ。」

するとあっさり、ドレイクはこう返した。

「そうであろうのう。ふむ、トッド・ギネス、そちの申し出は、性急すぎる。このたびは、諦めよ。よいな。」

ユリアもセザルも、バーン・バニングスも、そして当人ガラリアも、突き放すようにこう述べたドレイクに、心から感謝し、たまらなく安堵した。今朝の、大広間での出来事は、些細な一悶着で、終わるのだと。なにしろ、言われたトッド・ギネスが、既に諦めかけていたほどである。

やっぱり、だめか。領主命令で、結婚させてもらえないかだなんて、俺らしくもなく、あせっちまったい。リベラリズムのかけらもない、男同士の取り決めで、ガラリアを我がものにするなんざ、いくらバイストン・ウェルでだって、許されることじゃないよなあ。思う通りには、ならないよなあ…。落ち着きを取り戻してトッドは、ガラリアの方を振り向いて、こんなふうに言った。微笑みと涙とを、浮かべながら。

「ごめんな、ガラリア。やっぱり俺、だめだったな。」

本編の女主人公は、この時、真心から、悪いことをしたと思った。トッド・ギネスは、寛大で、聡明で、そして私のことを、大切に想ってくれている、貴重な男性だったのだ。モス・グリーンの瞳をしばたかせて、トッドを直視は出来なかった。罪悪感で。

続けざまにドレイク・ルフトが、にやりと笑い、こう述べた。

「ただし、トッド・ギネス。結婚の申し出は、許可出来んが、わしの命令を実行したならば、ガラリア・ニャムヒーとの婚約は、これを許す。」

ユリアが悲鳴をあげた。「なにをおっしゃるのですか!」セザルが驚愕し、真っ青になった。ドレイクの腹が読めた、セザルには。ショット・ウェポンにも、ある程度、読めた。おやおや、なにか面白いことを思いつかれたようだ、我らがご領主様は。

バーン・バニングスは辛抱できず、心を言葉にした。

「ドレイク様、そのような…。今、ガラリアが、いやだと言って…いやだと申しておりまするに!おたわむれは、おやめ下さい…!」

狼狽しきっているのを、隠そうともしなかった。後々、バーンは、後悔するだろう。なぜこの時、どんな恥辱を受けようとも、ドレイクをとめなかったのだろうかと。今、自分は、リムルと婚約しているから?昔、ガラリアと愛し合っていた婚約者アトラスを、うちとったから?だから、そんなことが、なんなのだ。

わたしは、この女を愛しております。他の男の妻にさせるなど、金輪際、許すことは出来ませんと、本心を言ってしまえばよかったのだ。そうしておれば、この後起こる、すべての悲劇は、なかっただろう。

バーンの上げた声は、小さかったが、ガラリアにはとどいた。バーンが、私の色恋のことで、意見してくれている。少なくとも私に、興味をしめしてくれるとは。こんなに嬉しいことはなかった。好きなのだ。私が好きなのは、彼なのだ!今朝、初めて、彼女は、自分が巻き込まれようとしている運命の奔流に、逆らおうとした。

「ドレイク様、私は、婚約など、したくはありませぬ。トッド・ギネス殿を、嫌いなのではありません…。でも、でも、戦局がこのような時期に、決めることではないのでは。」

彼女も、本当の気持ちを口にした。トッド・ギネスは、ガラリアとドレイクの顔を、かわるがわる見ていたが、彼が一番、緊張していた。頭脳明晰なトッドにも、自分に要求されているものが、わかったのだった。核心を、教えてほしかった。

「ドレイク閣下、それは、どのようなご命令でありますか。」

必ずや、はたしてみせます。歯を食いしばった。ここは、戦場だ!今が、正念場だ!

「ピネガン・ハンム王と、フォイゾン・ゴウ王の、首をとってまいれ。この2つ首、わしの前に持ってきたならば、トッド。その方に、ガラリアをめとらせる。」


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