月下の花

第62章 バニングス邸炎上


バイストン・ウェルの真昼の空色に、彩度の低い青色のオーラ・バトラーが、全速力でとんでいた。ビランビーの操縦桿をにぎるバーン・バニングスには、胸騒ぎがあった。

「ラース・ワウの戦力を、前線に持ち出しすぎた。せめてドロ隊の一個師団も、残しておけば…。リムルが、ニー・ギブンに、さらわれるかもしれない。そうだ、シルキー・マウの水牢も、手薄になっている。」

ミの国は、はるか後方にしりぞき、ビランビーはすでに、遠くにラース・ワウの塔が視野に入る、ボンレスの森上空まで到達していた。森も、はや通りすぎ、ひたすら南西へすすむ。彼の後ろからは、赤いドラムロが2機、やはり全速力でとんできていたが、1機の足は異様に速く、ビランビーの鼻の先まで来ていた。セザル・ズロム機である。

ガラリア・ニャムヒーの赤いドラムロも、速度になんの抑制もかけていなかったが、なぜか追いつかない。セザルのとぶ速さには、強い意志の力がはたらいているかのように、赤いドラムロは、青いビランビーを追い抜き、神がかりな速さで、先頭を走っていた。

【筆者注】

原作アニメ「聖戦士ダンバイン」には、オーラ・バトラーの戦闘力、飛行速度などは、操縦者のオーラ力(おーらちから)の多寡によって変化するという設定がある。この、オーラ力設定は、「聖戦士ダンバイン」の、物語の主軸をなしており、戦闘シーンで重視されるのは、パイロットの技術力よりも、潜在能力や精神状態、すなわちオーラ力のほうである。

いっぽう、この小説で、筆者がえがいている、オーラ・バトラーと、パイロットのオーラ力との関係は、原作アニメとは、まったく異なる。

「月下の花」における、オーラ力は、生物学的に、健康であることを指す。オーラ力は、純粋に生命力である。オーラ・バトラーは、パイロットのオーラ力を動力源にうごく、工業製品である。オーラ・バトラーを、上手にのりこなすために必要な能力は、ア・プリオリな(生まれつきの意)、潜在能力ではなく、ア・ポステリオリな(後天的の意)、実力だけである。

操縦技術に長けていること。健康管理ができていること。寝不足や風邪気味では、オーラ力が落ちる。つまり、地上人であれ、コモン(バイストン・ウェルの人間)であれ、パイロットとしての適性、視力、聴力、瞬発力などがあり、そしてけんめいに努力するならば、誰であっても、優秀なオーラ・バトラー乗りとなれるのである。

たとえば、アニメ「聖戦士ダンバイン」では、ガラリア・ニャムヒーは、ショウ・ザマやバーン・バニングスよりも、オーラ力においては、生まれつき劣っており、彼女の涙ぐましい努力によっても、その差をうめることは、かなわなかった。

だが、この小説では、人間を、生まれつきの素養で差別することを、いっさいしない。天才とは、努力できる才能のことであるから。

【筆者注、終わり】

バーンもガラリアも、セザル機に負けじと、ラース・ワウに向かっていたが、絶えず交信を交わしていた。バーンがガラリアに、トッド・ギネスの青いドラムロはどうしたかと尋ねると、ガラリアは、

「トッドは、一直線に向かわず、敵をはさみうちにできるように、ラース・ワウの北側に出るルートを行った。敵の退路を、先に見ておくのだと言っていた。到着は遅れるが、彼の考えに、まかせた。」

バーンは、いささか憮然として、無線機に言い返した。

「おまえは、ずいぶんあの地上人を、買っているようだな。」

嫉妬であった。鈍感な女は、とうぜんのことだとばかりに、

「あのひとは、頭がよいし、克己復礼(こっきふくれい)な御仁だ。」

克己復礼とは、自分の欲望に負けず、他者への礼儀をおもんじる態度のことである。ガラリアは、思ったとおりのことを言っただけではあったが、バーンには、あのひと、などという、呼びかたすら、気に入らなかった。目前の危険よりも、嫉妬のほうに気をとられそうになった、その時である。セザル・ズロムからの報告が、スピーカーにひびいた。

「たいへんです。ゼラーナとダーナ・オシーが、バニングス卿のお屋敷を空爆しています。バーンどの、ご実家が、燃えているさ!」

青い長髪が、慚愧(ざんき)の念で、白髪と化したかに見えた。バーン・バニングスの、赤茶色の瞳は、奥目がちであったが、信じられない光景を見た衝撃で、彼の眼球は、椿の花が落ちるように、落ちるかと思われた。

あの優しい母が、ハリエット・バニングスが、病身を寝かせている、懐かしい、我が家が。青い瓦屋根が、連綿とつらなる、平屋の豪邸、バニングス邸が。あの剛胆な父が、隠居している家が。美しい牧草地に、馬をたくさん放して飼っている、わたしの平和な家が!

いま、バーンの家は、建物のある部分はぜんぶ、紅蓮の炎にのまれ、もう鎮火が不可能と見てわかるまでに、燃え上がっていた。緑の草原に、馬が走って逃げていた。何頭かは、横たわって死んでおり、何頭かは、たてがみに火をつけて、水を求めて、ヒヒン、ヒヒンといなないて走り、そして倒れた。人影も、ああ、たくさん見えた。広々とした牧草地の真ん中に、塀や囲いを、まったく設けずに建設されたバニングス邸は、牧場主の家であり、農園経営者の家であり、つまり空爆に対して、かんぜんに無防備だった。

ものも言わずにバーンは、自分の家にミサイルを撃ち下ろしているダーナ・オシーへ、正面から突撃した。自分が撃たれるかもしれないという、普段の防御態勢を忘却し、ビランビーは、ダーナ・オシーと四つに組み、殺しにかかった。怒りで、敵を殺す以外の思考は、まったく働かなくなっていた。

ガラリアの赤いドラムロは、ゼラーナに集中砲火をかけた。彼女は、バーンよりかは、冷静さを保っていたが、閑静なたたずまいで知られていた、バニングス邸が、全焼し、壊滅させられているさまを見て、猛り、さけんだ。

「ニー・ギブンめ、なんという残虐さだ。ラース・ワウならば、総大将の城であるから、軍事目標にもなろう。だがこれは、ご老体が住んでおられる、ただの屋敷だぞ。それをっ、このように、焼き尽くすとは。許さぬっ!」

ダンバインは出撃不可能になっていたので、ショウ・ザマは、ゼラーナの左舷に設置されている、主砲席にいた。ミュージィに撃たれた傷口を、布きれで縛っただけの体で、ショウは、やはり、民家に砲弾を落とす行為には、ためらいがあった。ドレイクの味方で、有力諸侯の屋敷だから攻撃するんだと、ニー・ギブンは言ったが、

「こんなの、ただの焼き討ちじゃないか…。有力諸侯だって?金持ちの農家にしか、見えないよ。無抵抗な人々を殺すなんて。これも戦争だっていうのか。ニーは、両親のかたきうちに、バーンの両親を殺す気なんだな。そんなのって…そんなのって…きりがないじゃないか…。」

そんなショウ・ザマの眼下に、真っ赤なドラムロがもう1機、とつぜん出現し、これ以上のバニングス邸への空爆を阻止すべく、ゼラーナの翼を剣で斬りつけた。ショウは、自分を殺そうとする相手には、反射的に砲撃をすることが出来た。このドラムロは、セザル・ズロム機であった。すさまじい速度でゼラーナに接近し、砲撃をかわし、また、まばたきをした瞬間には、セザル機は、ビランビーの援護にむかっていた。キーンのフォウが、セザルのドラムロに気がつき、撃ったが、まったく当たらなかった。

ダーナ・オシーをつかんでいたビランビーは、敵機の両腕を、ちぎりとった。その肩から、火花が吹き出した。この機体は、もうもたない。コクピットハッチが開き、亜麻色の髪の女、マーベル・フローズンが、脱出しようとしていた。キーン・キッスのフォウがちかくに浮遊し、マーベルは、うまくその機体に飛び降りた。もう地面すれすれだった。マーベル愛用ダーナ・オシーは、バニングス邸の、炎のなかへ落下し、爆発した。

ビランビーは、牧草地に着地し、バーンは、ぼうぼうと音をたて燃えている我が家に、駆けつけた。じいやが、ばあやが、焼け出されて、死んでいた。バーンぼっちゃまを、幼いころから育ててくれた、多くの召使いたちが、馬と並んで転がる、焼死体となっていた。死体が見つかったものは、まだよかった。炎のなかに取り残されたものが、いたとしたら、誰彼の区別すら、つかないであろう。

バーン・バニングスは、

「母上、母上、いずこにおられます。父上!おお、父上!バーン・バニングス、ただいま参上いたしました、おお、父上!」

けんめいに、呼び続けた。けんめいに、探し続けた。見つからない。

上空では、ゼラーナがはや、遁走にかかっていた。北西へと逃げる敵機を、ガラリアが追撃していた。そこへ、トッド・ギネスの青いドラムロが、ゼラーナの進行方向にあらわれた。トッドは、ゼラーナの操舵席の、透明な窓に、体当たりをかけた。これをショウ・ザマの左舷が砲撃し、ふり落とした。砲撃をかわした青いドラムロのトッド・ギネスは、ガラリアに知らせた。

「深追いするな、ガラリア。ゼラーナの行く先、ミの国との国境には、真っ黒なダーナ・オシーが、何十機もとんでやがって、まるでカラスの群れみてえだった。そいつらに、俺も、やられそうだったんだ。ゼラーナはあいつらに守られて、帰路につくんだろう。俺たちの戦力じゃあ、かなわねえ。それよりも、火事からひとを救うことが、先決だぜ。」

急速に逃げてゆくゼラーナの、小さくなった機影を見やり、トッドの言うとおり、救助活動にうつるべきだと、ガラリアは悟った。

降下した青と赤のドラムロは、火災の被害に、驚愕した。死体の多いこと…。セザルのドラムロは、先にもう、ビランビーのそばに降下しており、彼は、身ひとつで、人命救助にあたっていた。まだ命のある者を見つけると、かついで、火の気のないところまで、運んでいた。トッド・ギネスは、ラース・ワウの人員を、こっちに回すよう、呼んでくると告げて、青いドラムロで、とび去った。

ガラリア・ニャムヒーは、めらめら燃え上がる炎を、なんとか鎮火せねばならぬと考え、彼の名を呼んだ。

「バーン。」

その名で呼ばれる男は、地面に両膝をついて、へたりこんでいた。焼失しつつある、じぶんの家を、ただ見つめているだけだった。ガラリアは、つかつかと彼に歩みより、

「バーン!火を消さねば。川から、水を運ぼう。」

彼女は、彼が、呆然自失してしまってる理由を、思いやってあげられないのでは、なかった。いますぐ、しなければならないことを、最優先に行動しているのだった。ガラリアは、まったく真剣な顔で、バーン・バニングスのえりくびを引っ張り上げ、顔と顔をつきあわせた。彼女は、ほんとうに冷静な言葉で、愛する男性を、愛によって、しかりつけた。

「バーン!しっかりしろ。おまえは、強い男ではないのか!!」

第62章更新後書き

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