「月下の花」

第21章 戦士ガラリア・ニャムヒー 〜完結編〜


 バイストン・ウェルの空が、青く、高く、どこまでも続き、清らかな空気を私に運ぶ。その青空をゆくダンバイン、初搭乗のショウ・ザマは、操縦桿を握りながら、独り言を言っている。

「操縦は、案外、難しくないな。でもバイクや車とは、やっぱ全然違う。なにせ空を飛んでるからな。路上の乗り物なら、前後左右だけ、見てりゃいいけど、足元が無いっていうのは、なんとも心細いもんだ。水平飛行を保つのがやっとだ。これで、飛びながら、腕を操作して、翼につけてる剣を使うとか?ミサイル撃つとか?出来るもんか、俺みたいな素人に。」

今日、ダンバインには、オーラ・ソード(剣)は装備してあるが、ミサイル等の火器は持っていない。だって初めての練習飛行だもんな、とショウは思っている。今日は練習か。てことは、練習ではない、ほんとうの戦争が、今後はあるってことだ。

「だいたい…戦争だなんて。虫しか殺したことない俺が、敵を殺せって強要されるのが、おかしいんだよな。トッドやトカマクみたいに、軍隊の経験があるならまだしも、俺なんて、戦争なんて昔の話しで、自分には関係ないって思ってる、普通の学生だったんだから。」

航空機に不慣れな、日本人少年の機体をはたから見ると、フラフラ上下し、まっすぐに飛べていない。対して、米国空軍兵トッド・ギネスは、ショウとトカマクのダンバインの間を、器用に行き来し、マイク越しに声をかける余裕がある。

「ジャップ、いい線いってるじゃねぇか。その調子だ。じゃ、次やってみようぜ。今日は編隊飛行の練習だからな。よく周囲を見てみな。俺のダンバイン、トカマクの、それとガラリアさんの先頭機の位置を目視。自分が、全体のどの位置にいるか、確認しながら飛ぶんだ。どうだ、わかるか?」

ショウは、トッド先生の指示通りに、練習に励んでいる。パイロット経験者の、仲間(地上人)がいてくれて、心強いな、と思っていた。

「うーん。トッドとトカマクのダンバインは、見えるけど、ドロはいっぱいあって、どれがガラリアさんだか、わかんないよ。ドロ隊は、蛇行してない?バラバラにしか見えない。」

「いいや、ガラリアさんたちは、ちゃんと隊列組んで飛んでるぜ、ジャップ。前方の、そうだな、お前から見ると中央にいるのが、ガラリアさんの1号機だ。」

「中央?うーん…あれかな、一番遠くの。」

「そうだ。お前から見て一番遠いってことは、一番先を飛んでるってことだろ?あれが、1号機で、俺たちダンバインは、前方隊について行ってる状態だ。俺たちの後ろには、ドロの後方隊が飛んでる。見えるか、ジャップ。後続がどうなってるか。」

トカマクは、トッドとショウの会話を聞きながら、苦笑いをしていた。だって。

(あの日本人、アメリカ人に、ジャップって呼ばれるのが、侮蔑語だとわかってないらしい。ジャパニーズが、なまってるぐらいにしか、思ってないぞ。あいつがバカなのか、それとも、日本の教育レベルがバカなのか?俺は日本人に、露助って言われる場合の意味はわかってるぜ。家は裕福でなくても、学費無料の、ソヴィエト連邦に生まれて、俺ァ、よかったのかもな。故郷か…とうちゃん、かあちゃん…今頃、俺が行方不明になって、心配してるだろうなぁ…)

 ジャップの意味を知らない日本人の、指導をしながらトッドは、慎重に、隊の動きを観察している。さっき、大きな山脈の尾根を越え、今は山頂の真上を飛んでいる。

(地形から判断して、どうやら、この山が国境のようだな。ん?後続のドロが、ダンバインの左右につけたな…いよいよか…さて、敵が出てきたら、俺は…)

 その時突然、ダンバインの搭乗者たちに、先頭ガラリアのソプラノが、マイクから飛び出て聞こえた。トッドは、案の定、と思い、ショウとトカマクは、意表を突かれたのだった。

「敵だ。各機、攻撃態勢。行くぞ!」

 ガラリアの前方、はるか彼方(とショウは思った)に、米粒大の紺色が動き、一直線にこちらへと飛んで来る。トカマクが叫んだ。

「敵襲かよ!よりによって。ああ、まずい、トッド、どうする、おい!」

ところが、トカマクが頼ろうとした米国空軍兵のダンバインは、彼の視界から消えていた。軍役経験があるとはいえ、陸軍の、それも雑兵だったトカマク・ロブスキーは、初めての空中戦に、一瞬戸惑った。一瞬。その一瞬に。

 米粒大だったはずの紺色のオーラ・バトラーは、トカマクとショウのダンバイン、並んでいた2機の真上に、もう到達していた。ショウは敵機がそこに来たとは、目視出来ていなかった。彼が、

 敵は、俺の真上にいる

とわかったのは、隣りにいた、トカマク・ロブスキーの乗るダンバインが、頭上から放たれたミサイルの直撃を受けて、あっと言う間に落下したから…であった。

 18歳の日本人少年は、顔見知りの男が、戦争によって、撃墜される光景を、今、生まれて初めて、見たのだった。眼下に落ちゆく、トカマク用ダンバイン。ショウ・ザマは震える声をあげた。

「と、トカマク!トカマクが、やられた。助けてやってくれ、誰か。ああっ!」

3つあったダンバインの内、ひとつ。ソヴィエト連邦の、地方都市で、工場に勤めていた、だけの、青年の乗る<兵器>は、イヌチャン・マウンテンの尾根に広がる森林に落ちた。落ちて、あの音がした。ドカーン…

トカマクの、断末魔の声は、誰にも届かなかった。そう、地上にいる両親にも。

 背中に悪寒が走り、ショウは、涙声で叫んだ。

「トッド、トッド!どこだ、トッド、来てくれ。ガラリアさん、トカマクが!なんてこった、ああ、どうすりゃいいんだよ、ガラリアさんっ」

答えたのは後者、女性の声であった。

「聖戦士殿!敵は後ろだっ。私が!」

言いながらガラリアは、ショウのダンバインを援護すべく、そして領民の仇を討つべく、憎き敵の斥候、ダーナ・オシーへと砲撃をかけた。隊長のドロは旋回し、紺色の敵機に最も近く、火を放つ。爆音は轟くが、命中音はない。ガラリアは叫ぶ。

「落とせ!こいつだ、ダーナ・オシーだ。ダーナ・オシーに集中砲火せいッ!」

 彼女の命令を聞き、ショウ・ザマは、このマシンの名称が、ダーナ・オシーだということを、恐怖の中で理解した。ダーナ・オシー、こいつが、トカマクを。くそう。

 仲間を、やられた。トカマクとは、ここで知り合ったばかりだし、別に好きな男じゃなかった。でも、悪い奴じゃなかったよ。ソ連の人も、普通のヤツなんだって、思った。よく喋る、気のいいヤツだったんだ…

それを、あっと言う間に、最後の言葉も聞けずに、死なせたなんて。

ショウは、無我夢中で、ダンバインの右手に剣を構えていた。どうやって操作したのか、後では思い出せなかったのだが。

「剣道なら、高校の授業でやったぜ。くそう、ダーナ・オシー、突いて、叩いて、壊してやる!」

 抜刀したのがショウ・ザマのダンバイン、瞬時に身をかわしたのがダーナ・オシー、そしてそれを追うドロが。後方部隊ハンカチ君は、恋人の乗るドロ1号機を、ずっと援護し、目は彼女だけを追いかけている。

 そうしながらハンカチの青年は、またも遠方に出現した、敵の主艦を発見した。彼は、マイクで全員に伝えた。

「ガラリア、ゼラーナだ。聖戦士殿、俺たちはゼラーナの主砲を封じる!ダーナ・オシーを抑えてくれ、頼む!」

ドロ8〜13号機は、一目散にゼラーナに向かう。錯乱しているショウは、ハンカチ君の頼みを聞き届けてはいなかったが、言われた通りの行動を、自然にしていた。剣をダーナ・オシーへ振り下ろし、紺色の敵機は、自分の剣でそれを受けた。ショウのダンバインと、ダーナ・オシーは接近戦となり、からみ合う。剣と剣が、はじき合う音が、バイストン・ウェルの空にこだました。

 隊長ガラリアは、敵に、真っ先に飛び掛った地上人に、感歎した。いける、ダンバインは使える。ただ、この状態では、火砲しか武器のないドロは、援護しにくい。オーラ・バトラーの、剣での助成が必要だ。

「いいぞ、ショウ・ザマ!…トッド・ギネスは?トッド、どこか。ショウを援護せよ。」

スピーカーからは、多くの音声が混線して、ショウの声やハンカチ君の声はするが、トッド・ギネスの返答は聞こえない。すると、目前のダーナ・オシーとダンバインは、剣を交えながら、地面へ、森林へと落ちていく。緑の森の、こずえを割り、2機がしっかりと着地したらしいことが、ガラリアはわかった。

「うまいぞ、ショウ・ザマ。地上戦に持ち込んだか。よし、この間に、私は彼のところへ!」

 ガラリアは、昨晩までは、円形競技場で、恋する男バーン・バニングスを狙った、ダーナ・オシーを「私が落とす」と息巻いていたが、今は、情を交わした男性、ハンカチ君のそばで闘いたい、という気持ちに変わっていた。作戦の、全体の状況から考えても、ここは、ショウ・ザマに任せて、私は、ゼラーナを撃つ方に回った方がよい。

「にしても、トッド・ギネスは?!わからぬ、返答がないから、もうやられたのかもしれぬ。おのれい、ギブン!」




 森の中。降り立ったダンバインのショウは、眼前のオーラ・バトラーが、左腕に装備したミサイル発射口を、自分に、間近に向けたのを見て、

 殺される、こんなに簡単に、あっけなく、人が死ぬ。トカマクはこいつにやられた!

という、恐怖と憎悪で、全身を硬直させていた。彼に出来た行動は、頭上のモニターに顔を近づけて、仲間を呼ぶだけ。

「トッド!来てくれよ、トッドぉ。どこ行っちまったんだよ、助けてくれ!」

 すると、彼の耳に、呼ぶ男の返事ではない、女の声が、聞こえた。女性が俺に問い掛ける、味方のガラリアさんではない?

「あなたは、地上のひとね?ドレイクが呼んだ聖戦士ね。」

 喋っているのが敵兵だとわかった、この時、ショウが思った事とは。

(トカマクを殺したのが、女だ。)

という卑近な感想であった。女なんかが、彼を撃ち殺したのか。なんて女だろう。情のかけらもない、鬼女か、こいつ!

「なんだ、おまえ!ダーナ・オシーのパイロット、おまえら、昨日も、今日も、いきなり攻撃ばっかりしやがって、どれだけ殺せば気が済むんだ!」

 すると敵機のコクピットにいる、声だけ聞こえる女は、平然として答えた。

「昨夜の示威行動は、3年前、ギブン領内にドレイク軍が侵攻した件への報復です。今日も、あなた方ドレイク軍が、あたしたちの領地に無断で侵入したから、防衛したまで。正義は、あたしたちにこそあれ、ドレイクにはありません。あなた、自分のしてる事がわかっているの?ドレイクは反逆者なのよ。その味方をするのは、得策ではないわ。いいこと、あなた。地上人なら、正義があるなら、あたしたちの味方になるべきだわ。」

 正義?人殺しのくせに、なに言ってんだ、この女。えらそうに。ショウは、恐怖よりも怒りが勝り、やにわに怒声をあげた。

「ここの、国同士のいさかいの事は、知らない。けど、おまえはトカマク・ロブスキーを殺した!俺の仲間だったのに、おまえが。」

「トカマク・ロブスキー?」

「そうだ、さっき、おまえが撃ち落したダンバインに乗ってたんだ。」

「その名前から察すると、ソヴィエト人ね。あなたは、なにじん?」

ここで、ダーナ・オシーのコクピット、キャノピーが開かれた。ショウは、そこに現れた女が、亜麻色の長い髪に、青い目の、トッドより彩度の高い、水色に近い青い瞳の、白人美女であるのを見たとたん、

「…あ、あんたこそ、なにじんなんだ。地上から、来たのか?」

と、呼び方が「おまえ」から「あんた」に変化していた。日本人少年ショウは、女優みたいな美人の、白人ねーちゃんに対峙し、別な意味で、ビビってしまっていた。同じ日本人である筆者は、たいへん情ない気持ちでいっぱいだ。

 白人美女は、赤い軍服に包まれた、すらりとしたプロポーションを、コクピットから乗り出して見せ、答えた。

「あたしは、アメリカ人。マーベル・フローズンです。あなたも、キャノピーを開けたら?ここ、バイストン・ウェルの異邦の地にあって、あたしたちは地上人同士ですもの。話しを聞いて。」

言われるままにショウは、地に立つダンバインの操縦席の扉を開き、自分の姿を相手に見せた。するとマーベルは、なんだ東洋人か、ガッカリ、という顔をしたが、ショウは、彼女の表情に込められた差別感情はわからず、堂々と名乗りをあげた。地上では、アメリカ人相手に、堂々と話したり、出来ないショウであったが、なぜってここでは、日本語が通じるからだ。

「俺は、ショウ・ザマ。日本人だ。あんたの言う事は、わからないよ。俺たちは、おととい、ここに連れて来られて、無理やり聖戦士に仕立て上げられただけだ。それを、仲間のトカマクを殺されて、味方になれって言われたって、知るもんか。」

 マーベルは、いささかも動揺せず、なお平然と言った。

「日本人ならば、なおさらです。あたしの側につくべきよ。」

「なんでだよ?」

「日米安全保障条約があります!日本は、我がアメリカの核の傘下にあるから、ソ連の侵略から守られているのよ。ソ連は我々の敵。トカマク某を仲間と呼ぶのは、離反行為です!あなたはまさか、コミュニストではあるまいに。共産勢力の拡大を阻止すべく、あたしたちは団結すべきなのよ。」

 こみゅにすとってなんだ?ショウは、マーベルの言う意味の、半分も理解出来なかったものの、彼女の言説が、ドレイクは反逆者だからとか、地上人同士だからとか、日米安保だからとか、適当に、都合のいい解釈ばかりを述べているのは、理解できた。

最もタチが悪いのは、<都合のいい解釈>に<正義>と名付けていることだ。

 高校中退ショウ・ザマは、操縦桿を握り、逃げる態勢で、

「やっぱり、あんたには、付いて行けないな。俺の味方には、アメリカ人もいるんだ。安保も、バイストン・ウェルの事情も、知ったことかよ!人の勝手だろ。説教は聞きたくないぜ、お袋じゃあるまいし、何様だい、マーブル!」

「マーブルではないわ、マーベル。あたしはマーベル・フローズンよ。あなた、ヒヤリングだめね。」

確かに英語の、特にヒヤリングはいつも最低点だったショウ・ザマは、頭に血がのぼり、なおさら、事態の訳がわからなくなり、ダンバインを離陸させた。逃げよう、とりあえず。

 口をつぐみ飛び立つショウのダンバインを、ダーナ・オシーは追いかけた。そしてなおも言う。

「お待ちなさい、ジャップ!ドレイク軍から手を引くのよ。その、アメリカ人の方も連れて、あたしたちの陣営に、いらっしゃい!ジャップ。」

 空中のダンバインは、急に振り向き、剣でダーナ・オシーのマーベル・フローズンを打った。カン!受けようとしたマーベルは、オーラ・ソードの先が、ショウに折られてしまったのを見て、

「離反だわ。造反だわ。ジャップ、リメンバー・パールハーバーだわ。ジャップ!やはり、殺すべきだったのね。」

 ここに至ってようやく、ショウ・ザマは、<ジャップ>とは、日本人をバカにした呼び方だと、なんとなくわかってきたのだった。ムカついて、剣でダーナ・オシーに、突きを。

「うるさいよアメ公、原爆落としたくせに、威張るなよ!」

突きをかわしたマーベルは、使えなくなったソードを投げ捨て、後退しながら、なおも、

「ヒロシマ・ナガサキは、ソ連を抑制するため、仕方がなかったのよー」




 そこへ、ガラリア隊と交戦中の、ゼラーナが、ギブンの聖戦士の加勢にやって来た。ドロは入り乱れ、隊長のソプラノを、ショウのスピーカーが拾った。

「おのれ、こしゃくな、ゼラーナめ。砲撃手、シュットが邪魔だ、落とせ!うむ、ダーナ・オシー、舞い戻ったか。後方隊ぃっ、ゼラーナを包囲せよ、私はダーナ・オシーを撃つ!合流させるな。」

 ショウは、ガラリアの口調を聞き、なんて勇ましい人だろうと思い、周囲を見渡し、自分が取るべき道を考えようとした。

(俺はどうしたらいいんだ。なかま・・・俺の仲間って、誰だ。マーブル、いやマーベルに言わせれば、地上人同士は仲間、これが一番わかりやすい。でも、俺をジャップと呼ぶあの女の言う事は、わけがわかんない。ジャップ・・・そうだ、トッドはどうしたんだろう?トカマクが死んだのを、見てたはずだ。)

 ダーナ・オシーは、ゼラーナに近付こうとし、ガラリアがそれを阻む。

 ドロ13号機のハンカチ君は、ひたすら、ゼラーナの主砲を砕こうと、攻撃していたが、

「弾が、当たらない。実戦の射撃が、こうも正確性をなくすとは。」

彼は焦ってはいたが、冷静さは、欠いていなかった。願うは、ただひとつ、作戦の成功、俺とガラリアが、手に手をとって帰還することだ。ハンカチの青年は、濃い青色のオーラ・バトラーが1機、標的ゼラーナの上方、遠い彼方に浮かんでいるのを見つけた。

「あれは、味方のダンバイン、トッド殿の機体じゃないか。なぜ、攻撃に参加しないんだ。ショウ殿は戦っているのに!トカマク殿の弔い合戦をしないのか。」

剣客である聖戦士殿に、命令など出来る立場ではなく、なにしろ、誰に対しても、強い口調で話したことなんかない、彼が、トッド・ギネスに叱責をぶつけた。ハンカチ君の声は、味方機すべてのスピーカーに響いた。

「トッド・ギネス殿!来い、ショウ殿を援護しろ。ガラリアを、助けろ!早くしないか!」

なに、トッドが?ガラリアもショウも、なりを潜めていた地上人が、あそこにいるとわかり、助成を期待した。

 しかし、トッドの、濃い青のダンバインは、混戦する空中の、さらに上を、円を描き飛ぶだけで、味方に合流しようとしない。マイクで呼びかけても、返事が無いのだ。

 目の前の敵に、殺されそうになっているガラリアたちは、動かない青のダンバインを、構ってはおられず、ショウも、考えている暇も無く、ゼラーナが、小型機シュットが、放つ火砲をよけるのに精一杯である。ガラリアは、ダーナ・オシーが、ゼラーナの方へ行こうとするのを、

「させるか。ここで落ちろ、ダーナ・オシー!」

最接近し、一撃必殺を狙った。だが、ダーナ・オシーには、剣を失っても、左腕からのミサイルがあるのだ。ダンバインには、火器は搭載していない。試運転と称して出発したからだ。

 ダーナ・オシーが、左腕の武器を上げ、目前に来たガラリアの機に向けた。ショウ・ザマは、さっきあれを、地面で向けられ威嚇されたので、至近距離から撃たれる危険性がすぐさまわかり、

「ガラリアさん、危ない。前に出すぎだ、あれにやられる!」

ショウが言うと同時に、ドロ13号機が…ガラリアの恋人が、ダーナ・オシーに向かい飛び込み、ドロの主砲を発射した。ハンカチ君は、自分の砲撃が近すぎて、ガラリアに当たる可能性もあったが、渾身の射撃眼で、敵を狙った。

 彼の敵、それは、愛するガラリアを撃とうとする者。ハンカチの青年の大声が、彼女の耳に入った。

「ガラリア、下がれ!」

その声は、彼女を立ち止まらせる力のある声。機械の館の、格納庫で、私を呼び止めた声。聞き慣れた声、あたたかい男の人の声、私を愛してくれる人の声。そう、あれは、私の。

 彼が、その先を言った。

「君は、俺が守る!ガラリア、俺の、」

ハンカチ君の放った砲火が、ダーナ・オシーのコクピットを直撃したように、見えた。赤い弾幕が二つ、ドロ13号機と、ダーナ・オシーの間で、燃えた。

「ガラリア、君は俺の、」

ハンカチの青年の射撃は、至極、精緻だった。ダーナ・オシーは左腕のミサイルを、ドロからの砲弾に向けて撃ったのだった。旧式の砲弾は、ダーナ・オシーのミサイルに難なく砕かれ、マーベルの砲弾はそのまま直進し、彼女を撃とうとした者、を、貫いた。

「ガラリア、ああ、ガラリア、俺の、おれの…」


 紅蓮の業火に焼かれる、ドロ13号機が、落ちてゆくのを、ガラリアは、



 手をさしのべて抱こうとした



 だってこのひとは、私の



 彼が私を呼んでいる



「ああ、ガラリア、俺のガラリア。おれの、女神!!」




直後の記憶は、ガラリアには無い。ショウ・ザマが、語った処によれば、ダーナ・オシーの直撃を受けて、落ちゆく、爆発寸前の13号機を、ガラリアが、自分の機体で受け止めようとしたから、トッド・ギネスが飛び込んで来て、

「やべえ、なんてことすんだよ、ガラリアさん。自分も吹き飛ぶぜ!」

青いダンバインの両腕で、ドロ1号機を捕まえ、引き止めた。13号機は、森林に落下する前に、空中で、爆発、燃える破片が飛び散った。

燃える13号機が、赤い破片と化したところからは、ガラリアの記憶は、ある。

 緑の森に散らばっていく、赤い破片…アトラスの、血糊のついた髪の毛が、ポロポーズの花の中央に置かれている絵が、彼女の脳裏に浮かんだ。


 赤い破片…


 それは、私の恋人。




 ラース・ワウを見上げる草原で、バーン・バニングスは、自分は青ざめた顔をしているのだろうな、とわかっていた。悲しさならば、他人に見せてもよい。戦死者が出たのだから。だが、弱気な自分は、誰にも見せてはならない。ガラリアが、錯乱しているのだから。わたしは、しっかりしなければならぬ。

 ユリア・オストークは、ドロ1号機から出てきた、ヘルメットをとって投げ捨てたガラリアが、青い髪を振り乱し、一目散に、濃い青のダンバインへと走るのを見た。

(ガラリア様は、あれに乗った地上人を、3人の中では、一番、顔がいい男なのだ、なあユリア、どう思う、と、昨日はわたくしに語っておられたわ。でも。)

 コクピットから、草の上に降り立ったトッド・ギネスを、ガラリアは、ものも言わずにいきなり、拳で殴りつけたのだった。

 一発で吹き飛び、地面に尻をついたアメリカ人は、鼻をおさえ、

「つぅ…なんだよ!なぐるこたぁないだろう。助けてやったのに。」

 青い髪を、天をつんざくほどに尖らせ燃え上がらせ、ガラリアは、バーン、ユリア、ゼット・ライト、そしてセザル・ズロムらおおぜいが見守る中、なりふり構わず、怒りにまかせ叫んだ。

「なにが、助けただ!トッド・ギネス、その方、応戦も、なにもせず、13号機を見殺しにした!お前が邪魔だてしなければ、彼は、13号機は、私が助けたのだ!」

立ち上がろうとする金髪碧眼の男を、もっと殴ろうと構えたガラリアへ、

「よさんか。」

至極、やわらかい声音で制したのは、バーン・バニングスである。それでやめる女ではないのは承知だ。ガラリアはバーンに、トッドのいかにひどいかを、訴えようとしたが、言葉にならず、彼女は自分の短髪をかきむしり、その場で両足をばたばた、地面を蹴り、叫び、つぶやく。

「助けに行く、戻るのだ、イヌチャン・マウンテンへ!彼は、落ちただけだ、死んではいない。戻るのだ、ここへもどる…」

完全に、正気を失っているガラリアに、ユリアが駆け寄った。彼女は、バーン・バニングスが、目で「頼む」と合図するまで、動かなかった。

 黄緑色の髪の乙女は、泣き叫ぶ親友、でも涙は流していないガラリアを、抱きしめた。ユリアの耳元で、ガラリアの悲鳴がかすれて、

「ひぃ…」

という、狂気の息と化していくのを、この利口な女性は、自分も震えながら、友達を抱いた。抱いて、抱きしめて、無言で涙を流した。

 トッド・ギネスへの詰問は、バーンが、ショウ・ザマを伴って続けていた。ゼット・ライトは、撃墜され<失った>機体の数と、攻撃で損傷を負った機体を調査する姿勢をとりながら、部下を戦死で<失った>彼女の苦しみ、そして自分の苦しみを、言葉にも態度にも表さずに慰めていた。いたが、ショウが、

「トカマクも、ハンカチさんも、あいつの一撃で、あっけなく落ちたんだ。ミサイルとかの、性能が違いすぎるんじゃないか。こっちは、剣しか持ってなかったし…」

とバーンに言い、トッドが、そうだそうだと、呼応して、

「だいたいよぉ、練習飛行と言っておいて、敵地へのり込む事自体が、無理なんだって。気持ちの準備も、兵器の装備もなしじゃぁ、出来る事は限られるぜ。」

と言ったトッドに、荒げた声を向けたのが、なんとゼット・ライトであった。正気を無くしているガラリア以外の全員が、いつもは温厚で、怒った顔など見たことのない、機械の館のあるじが、怒鳴ったことに、ひどく驚いた。

「だとしても、あんた!みんなが呼びかけたのに、返事もしなかったってのは、いただけんぞ!命令した彼女の立場はどうなるんだ。えっ、上官の指示を、無視かい?!」

ハスキーな声が、太く恐ろしく皆の心に響いた。人当たりのよかった同国人に、こう言われて、トッドは、それでもまだ、とぼけた。

「それはよぉ、あぁん…マイクか、スピーカーが、いかれてたんじゃないかな。音声は良くなかったからな、きっと混線してて…」

言ってからすぐにトッドは、いかん、まずい、と思った。機械の館のあるじに、この言い訳は通じない。ほお、とゼットは1回感心して見せてから、トッド・ギネスを睨んだ。睨むだけで、彼はそれ以上、金髪の同国人を追及せず、また穏やかな、悲しさをたたえた顔に戻った。それで、トッド・ギネスは、口を慎む態度になった。

「いや、なにせ装備が足りなくて、俺は、ジャップみたいに、咄嗟に剣術は出来なかった。返事は…声が小さかったんだろうな、俺の。すまなかったよ、だがな、出来るだけのことは、したんだぜ、バーン。ガラリアさんが、巻き添えで爆発しかけたのを、救助したし。」

 ショウは、トッドのそれは、自分には真似出来ない判断で、立派だったと思うと、口添えをした。バーン・バニングスは、睫毛を落とし、嘆息して、

「ガラリアをとめてくれたのは、助かった。トッド・ギネス…13号機が撃墜されたのも、皆が奮戦した上であり、残念ではあるが、やむをえなかったかもしれん。しかし、トカマク殿は。初戦で失うには、惜しい人材であった。」

バーンのこの言葉で、怒りで、ガラリアは、我に帰った。

「なんだと。13号機は、仕方がなくて、トカマクは、勿体ないだと。」

ごく低い声で、ガラリアはこうつぶやいた。彼女を抱くユリアは、こう言って、身体をビクッとのけぞらせた、親友の頬に、自分の頬を摺り寄せて、

「ガラリアさま、どうか、…どうか、落ち着いて…下さいまし。バーン様は、兵卒としての、両者の評価を、言っておられるだけですわ。非情ではありますが、軍隊で使う言い回しです。どうかご辛抱を!ハンカチさんは、とっても、優しい、いい人でしたわ。彼の人柄、それは、わたくしも、よく知っております。彼を失った悲しみは、わたくしだって。」

「ちがう!」

この、ガラリアの声は、一際大きく、草原にいる皆が、バーンも、ゼットも、見ないようにしていた彼女を、振り返り見てしまった。ガラリアは、ユリアの両手を振り払い、行き場を探してふらふら、ドロの方へ向かいながら、

「ちがう。だって、だって、あのひとは…」

何を言おうとしているのだろう、ガラリアは?

「だって、彼は、私の…」

天を仰ぎ、喉を詰まらせたガラリアの、モス・グリーンの瞳に、初めて、耀く涙が浮かんだのを見た、ユリアは、ハッとした。

 ガラリア様…?もしかして…

ユリアでさえ、抱きとめられないガラリアを、誰も止められず。彼女は、数時間前、出撃する前と同じ位置に並べられた兵器、ドロの、13号機が置かれるはずだった場所まで、歩き、そこで、足を止めた。

 13号機の置き位置、丈の長い草が、ドロの型に押し倒されて、円形を描いている。草の円の中央に、ヘルメットを被った、セザル・ズロムが、独り立っていた。

 セザルの表情は、被り物によって見えない。青い目だけが、じっとガラリアを見つめた。向き合い立つ、ガラリアとセザルは、バーンたち、ユリアをも、遠くに置いて、2人だけが知っている、亡くなった男性への想いを、瞳と瞳とで、確かめ合った。

 女が、セザルにだけ、聞こえる声で、つぶやいた。その小さな声は、けして恣意ではなく、無意識であった。

「…だって、彼は…私の…いいひとだ…」

 間髪を置かず、セザルは言った。

「彼は、貴女を、抱いたのですね。」

 うん、…と、ガラリアは肯いて、

そして、その場で倒れた。緑の草原(くさはら)に、オレンジ色の軍服が、どすんと音をたてて横たわり、セザル・ズロムは、倒れる彼女に、手を差し伸べる事はせず、もうその場から、姿を消していた。駆けつけて、抱き起こしたのは、ユリアであった。バーンは、遠くで倒れたガラリアが心配で、気が気ではなく、ショウとトッドを前に、戦いの話しが出来なくなってしまっていた。

 青い長髪の騎士団長の、その様子を見てとったトッド・ギネスは、自分への追求を反らすため、わざと、

「ガラリアさんが、たいへんだ。おい、見てやりなよ、バーン。倒れたじゃないか。激戦だったんだ、そりゃあ、あんな女の子には、隊長なんて、荷が重いこって…」

「黙れいッ!トッド・ギネス、その物言いは、許さぬ!」

周囲の者たちは、今度はバーンがトッドを叱責したと、ひどく驚いた。一番驚いたのは、当のトッド・ギネスである。青い髪のにいちゃん、バーン、あんたは彼女に惚れてるんじゃないのかよ。だったら、心配じゃないのかよ?

怒られっぱなしでいるわけにもいかない。俺は、この軍での立場も、固めておかなくっちゃーならないんだから。

「なんだよ、バーン・バニングス。だってよ、いくら女戦士だか知らないけど、彼女は初陣だったんだろ。それがよりによって、俺たち味方まで騙して、敵地に侵入する危ない作戦。その先陣をやらせるなんてよ、女の子にそりゃー、酷じゃないか。かわいそうだと、思わんのか?」

 横で聞きながら、ショウは、

(かわいそうだと思うんなら、なんでもっと早く加勢しなかったんだよ、トッド…)

と思っていた。ショウから見て、戦闘中のガラリア・ニャムヒーは、勇ましくて、理路整然としていて。そして部下思いで。自分の素人さ加減と比べて、この女性は、なんて軍人らしいのだろうと、感心していた。その人物に対して、女の子だから、かわいそうだと評するトッドには、ショウは同感出来なかった。

 青い髪のバーンは、金髪のトッドを睨みすえ、2人の男は、目と目を合わせた。初対面の時と同じく、2人は互いに思った。この男とは、気が合わないと。

 やおらに、バーンは重々しく、トッドに向けて話した。

「ガラリア・ニャムヒーは、我が軍はえぬきの戦士である。わたしも、ドレイク様も、彼女の有能なること、げに勇敢なることに全幅の信頼を置き、この軍務を任せたのだ。しかも初陣なるは、戦士ならば誰しも通る道。それが逃れられぬ試練であることは、トッド、逃げ回っていたその方よりも、彼女こそがよくわかっておるのだ!」

 金髪の地上人は、口元だけで、少し笑って、

「…逃げていたわけじゃないが…」

とだけ言い、垂れ目を伏せ、もう何も喋らなくなった。




 作戦は終了。各員は、三々五々散らばり、後始末をしたり、帰路についたり、それぞれの思いを、ある者は胸に秘め、ある者は言葉にしようとしていた。

 ドロ13号機の跡で、草に尻をつき並び座る、ガラリアとユリアは、少しずつ、話しが出来るようになっていた。ユリアは、ガラリアのもらす言葉に、丁寧に、返事をしている。

「ユリア…彼が、ダーナ・オシーを撃たなければ、私が死んでいたのだ。彼は、私を守ろうとし、死んだ…これが…戦いなのだな。これが、戦争なのだ。敵は私を殺しにかかり、それと同じ行為を、私は敵にする。」

「はい、ガラリア様…わたくしたち戦士は、それを仕事とする者ですわ。」

 仕事か。そうだ、戦士は私の仕事なのだ。ハンカチの彼にとっても、戦闘に出るは仕事ゆえ。いや…ちがう。なにかが、ちがう。

「では、ユリア。私たちは、なにゆえ、戦士を仕事としたのだろう。」

「わたくしの場合は、平民ですから。志願して士官学校に行かなければ、今頃は、下町で、店員かなにかして暮らしていたことでしょう。ガラリア様方は、騎士階級ですから、否応なく戦士にならざるを得なかったのでは。」

 否応なくか。私は、母が死した日、ミズル殿に、騎兵になりたいと志願した。それ以外に、自分が生きていく道が、ないと思った。仕事(収入源)としてもそうだが、生き甲斐として、父の汚名と、母の無念をはらすため、私が戦士になるしかないと思って。

 だが…

「ユリア…では…ひとは、なぜ、戦争をするのだろう…」

 黄緑色の髪は、これは難しい命題ね、とは思ったが、ガラリアのように、眉間にしわを寄せた表情はせず、黒い丸い目を、大空へ向け、<天>にその答えを求めようとした。

「それは、きっと、ひとの心とは、いつまでも完成しないものだからではないでしょうか。自分の命を失いたくないという本能と、他者を打ち負かしたいという本能は、相反しながらも絶えない、ひとの業なのですわ。業を払拭しようと、わたくしたちはいつも、もがいておりますが、この業とは、天がひとの魂に課した試練なのではないでしょうか。」

ここまで、ユリアはすらすらと口に出せたのだが、その先は濁った。

「…あくまでわたくしの場合ですが…わたくしは、この乱世にあって、下町で平民の暮らしをするだけの人生が、いやだったのです。騎士さまは、女戦士は、かっこいいと憧れていたのですわ。でも…現実の戦争は、かっこいいものではなかった…罪も無い子供が、むごたらしく殺されて。昨日からずっと、わたくしは、自分が生きる意味とはなにかと、考えておりました。平民ゆえになりたかった戦士とは、同朋を守る仕事であったのです。武器を持たない平民を守る、それがわたくしの生きる道だと、決意しましたのです。」

 ガラリアは、ユリアの顔を、つと見上げて、膝を抱えたまま、彼女と友達になれてよかったと思った。今、ユリアが傍らにいてくれなかったら、私は、アトラスを失った日のように、もっと錯乱し、もっと、先へ進めなくなっていただろう。青い短髪は、この時、親友に、初めて彼の名を口にした。

「ユリア、私には、かつて恋人が、あったのだ。アトラス…私の初めての人だった…」

 クの国の先王に、有能な親衛隊長がおり、彼は現王ビショットに討たれて戦死した事は、有名な史実であるから、ユリアも当然、知ってはいた。だが彼が、ガラリアとどういう関係だったのかを、本人の口から聞くまでは、誰にも、決して問わないでいた。ユリアは、彼女が語ってくれる日を、独り待っていたのだ。ガラリアの友は、静かに答えた。

「愛し合ってらしたのですね。」

「うん…だが、彼は、死んだ…」

 草原にさす光りは、夕刻の暗さを帯び、座る2人の女性の、顔の輪郭に沿って、淡い黒の影を落とした。

 21歳の女は、親友に、死んだ恋人の存在を打ち明けたとき、今日、また失った恋人、ハンカチの青年の無念が、改めて心中に沸き起こった。作戦より帰還し、私は狂気の中にあり、次いで倒れた後…頼もしい女友達と語り合う事が出来て、自分が、どれほど大切なものを、<殺された>のかを、怒りを、まざまざと今、強く自覚したのだ。彼女はすっくと立ち上がった。

「ガラリアさま?」

青い髪のわきに立った、黄緑色の髪。ユリアは、それ以上言及せずとも、ガラリアが、ドロ13号機に乗っていた男性と、男女の関係になっていた事を、理解出来ていた。そうでなければ、ガラリア様は、アトラス様のことを、今わたくしに話したりしないわ。

 ドレイク軍副団長、兼、守備隊長。ガラリア・ニャムヒーは、スタスタと歩き出した。ユリアは黙って後を付いて行く。数十メートル歩んだ先にいるは、

「ショウ・ザマ!」

 ガラリアに呼ばれて降り向いた地上人。今、草原には、バーンもトッドもいなくなっており、本日の作戦に参加した戦士では、ショウだけが居残っていた。ショウは、ぼうっと、バイストン・ウェルの天空を見上げていた。彼の脳内には、戦闘中に敵の女に言われた、最後の台詞、

「ヒロシマ・ナガサキは、ソ連を抑制するため、仕方がなかったのよー」

が、エコーがかかって繰り返し、

「ヒロシマ・ナガサキは、ソ連を抑制するため、仕方がなかったのよー」

が、エンドレス・リフレイン・リピートし、

「…アメリカじんって、バカなのかな…」

とブツブツつぶやいてたところだった。俺を呼んだ女は、バイストン・ウェルじんの、女戦士さんだ。同じ女戦士でも、この人は、戦争する理由で威張ったり、えらそうな正当性を主張したりしないや。純粋に、職業でやってるって感じだ。

「あ、ハイ、ガラリアさん。なんだい?」

 もう錯乱してはいない、凛々しさを取り戻した女戦士に、ショウ・ザマは笑顔を見せた。えらいよな、この人。戦闘中はきびきび命令してて、帰ったら、死んだ部下のために、あんなに悲しんで。きつそうに見えたけど、根は優しい人なんだなあ。トッドを殴った時には、ちょっとスカッとしたぜ、ガラリアさん。

 ガラリアさんは、ソプラノの高い声で、黒髪の地上人に、語りかけた。

「聖戦士殿。御挨拶が遅れたことをお詫びする。まずは、本日の御活躍、まこと見事であった。私は、正直なところ、ダンバインが貴公ほど、使えるとは期待しておらなんだのだ。ダーナ・オシーと互角に闘っておられ、なお且つ、私に危険を知らせてくれた。礼を言う!ショウ殿!」

と言って、頭を下げたガラリアさん。ショウはあわてて、顔を赤くした。

「い、いいや、そんな。俺、トカマクがやられて、びっくりして。夢中で、なにやってたんだか、覚えてないし。頭を、上げてくださいよ、ガラリアさん。だ、ダーナ・オシーのさ、パイロットがさ、ムカつく事言うから俺、逆上して暴れただけなんだって。そんなに、誉めてもらっても、困る…」

実際、困るんだ。俺は、ドレイク軍がいいのか、マーブル、いやマーベルの言うように、反ドレイク陣営がいいのかっていう、政治的な視点は、なにもわかっちゃいないんだ。戦争を本気でやる気持ちにも、なれないし、聖戦士どの呼ばわりは、迷惑なんだ…

 ガラリアは、ショウの返答に、薄緑色の垂れ目を、耀かせ、つり眉を、いつになく、きつくいからせた。

「なに、ダーナ・オシーの?話しをしたと?ショウ殿、その、ダーナ・オシーの乗り手とは。いかなる人物であったか。誰だったのだ。ニー・ギブンか?それとも。」

 後ろで聞いていたユリアは、そうか、ガラリア様は、自分の<いいひと>を殺した張本人を、知りたいのだと、気が付いた。ショウ・ザマは、少し戸惑った。敵方のマーベル、味方のガラリア、2人の女戦士はかたき同士…俺は、どちらでもないから…

「えっと、地上人だって、言ってたよ。若い女だった。」

すると、ドレイク軍の女戦士、ガラリアとユリアはとたんに激昂し、

「なんだと、では、あやつはギブンの聖戦士か!ショウ殿、その者、どのような女であったかッ!言われよ、その女は、私の…部下の仇である!」

ユリアも、敵方の聖戦士、しかも若い女と聞いて、敵対心と、ハンカチさんを殺された恨みとが、一方向に強く向かう、ある種の充実感に燃え、ショウを問い詰めた。

「名前は。その女、なんという名か、おわかりですか、ショウ・ザマ殿。ギブンの聖戦士は、これまでわたくしたちが、いくら調査しても、女だとしかわからず、謎に包まれていたのです。教えて下さいまし、何歳ぐらいです?顔は見たのですかッ?!」

 真性童貞ショウは、年上のおねいさん2人に囲まれ、ガンガン問われて、別な意味でビビってしまい、つぐんでいた口を、ペラペラと開いてしまった。

「あの、えっと。アメリカ人の、わりと美人で。」

美人だなどと、ガキの口から聞くと、おねいさん2人は、なおさら敵愾心を強くするものである。童貞ショウには、それがわからず、思い出すままに喋り続けた。

「髪の毛は、長くて、亜麻色っていうの?赤っぽい茶系の、サラサラロングで。目はきれいな水色でさ。声は、大人っぽくて、色っぽい感じ。赤い戦闘服着てたよ。スラッとしてて、それはきれいな、女優かモデルみたいな人で。俺より年上だと思うよ、ガラリアさんと同い年ぐらいな感じかな。俺、話し掛けられて、困ってしまって、アメリカじんのひとと話したことなかったし、なにしろ美人だったから。」

おい、このクソガキ、ギブンの聖戦士の、容貌の特徴を言えとは命じたが、お前の感想を述べろとはゆっとらんわ!ガラリアとユリアは、烈火が如き怒りを露わにし、2人同時に言った。

「それでッ?!名前は!」

ショウ・ザマは、本人に指摘された、発音ミスをしないように、気をつけて言った。

「マーベル。マーベル・フローズンだって。」

聞くとすぐに、ガラリアは復唱した。

「マーベル・フローズン…」

ガラリア・ニャムヒーの、いいひとの、仇の名を。

「マーベル…マーベル・フローズンか…」

つまり本編の主人公の、宿敵となった女の名を。

「…よし、あいわかった…」




 そしてガラリアは、独り、夕闇迫る草原を、歩いていった。ショウと、ユリアとも離れ、独り、ラース・ワウへ。私のふるさとへと、歩いた。

 歩いて帰るには、遠い道だ。普段は、馬で移動している。でも、今日は歩きたいのだ。

 てくてく歩き、山城ラース・ワウへと登る、坂道にさしかかった。馬車道は、広葉樹の林に囲まれている。ガラリアが、毎日のように通る、見慣れた道だ。幾度となく、この道を、私は歩いて来た。正規軍に、入隊した日。アトラスと出会った日。アトラスの別荘からの帰り道。そして、彼が死んだ日。バーンが、リムルと婚約してしまったあの日も。

「そして今日もまた、私は歩む。ほんの何時間か前、私を激しく抱いたひと、生きて帰っていたなら、今頃は、手をつなぎ一緒に、夕食へと出かけていたはずの、あの人を、失った、きょうも、まだ、私は歩む。

 なぜだ。私が歩むのは、なぜだ。生きるのは、なぜだ。なんのためだ。」

 坂道の途中、立ち止まり、ガラリアは振り返った。ここは山の中腹、南方に広がる平野が見渡せる。手前に、城下町が見える。ユリアの実家や、ハンカチの青年と行くはずだった居酒屋のある街並みが、夕闇に霞がかっている。その向こうの、空と地平が交わる辺りまで、見える。地平線が、はっきり目視出来ないのがバイストン・ウェルの特徴なので、そこはぼやけて、水平なような、丸いような、地の彼方が、見える。

「世界が見える。これは私の目に映る世界だ。私という人間が、世界の一部なのではなくて、私が見ている世界こそ、私の一部分に過ぎないのだ。まだある。生きてゆけば、なにかが、きっとある。私の生きるべき道が。世界は、今よりもっと、広くなってゆくのだ。生きて、さえ、おればな…」

 ガラリアは、うつむいて歩き出した。今朝から着たままの、オレンジ色の軍服は重く、軍靴の足取りはなお重い。靴先を見ながら、ガラリアは、靴と、靴の間の地面に、ぽた、ぽた、と落ちてゆく、自分の涙を、数えていた。

「ありがとう、名無しのハンカチ。抱いてくれて、愛してくれて…私は、お前に、なにもしてやれなかった。いつもお前が、してくれるばかりで、最後まで、お前は…私のために、命まで落としたか…」

 ぽた、ぽた、落ちる涙。歩む靴と靴。

 靴と、涙が、止まった。

 ガラリア・ニャムヒーは、バイストン・ウェルの空、夜が迫り、自分の軍服と同じ、オレンジ色に染まった空を見上げて、くちびるを開いた。

「後悔はない。私は戦士だ。私はこの道を自分で選んだのだ。

 後悔はない。私はひとを愛した。私は愛するひとを自分で選んだのだ。

 きっと、後悔はしない。私は、戦う。

 彼のかたき、マーベル・フローズンを倒す!
 領民のかたき、ギブンを倒す!

 私は、戦士、ガラリア・ニャムヒーである。

 戦うために、生まれてきた。

 それは誰もが同じなのだ、生きることとは戦いだからだ!

 そうだとも…生きる者は、みな、戦士なのだから!」

 古き山城、ラース・ワウの片隅で、ここに1人の、戦士が、生まれた。初陣のこの日より、ガラリア・ニャムヒーの、戦意が喪失する事、即ち、生きる意志を失う事は、天然自然が彼女の生命を取り上げる瞬間まで、一度も無かったという。


<次回予告>

BGM ♪ちゃらららっ ちゃらららららっ

やっほぅ、セザル・ズロムでーす。
さて、この小説、今回のラストで、ようやく、
原作の第1話が終わったとこなわけで、
先の長さを考えるとさ、筆者の寿命が足らなくなるんじゃないかって、
心配になる長さなんだけどさ、飽きずに読んでもらえるように、
あと、途中で筆者、死なないように、がんばるさ。

さぁて、次回の月下の花は。

原作通りなら、ショウとバーンが、敵陣、ギブンの館に行くはずだけどさ、
そこは月下の花、そうはイカの金科玉条、
行き先も、行く人も、ヤルことも、たぶん全然違うと思うさ。
どうなるかって?それは言えないさ。だって、筆者さ、
この章を、一昼夜で書き上げて、
今、脱力状態で、次回の前フリ考えるオーラ力、残ってないからさ!

んなわけで、じゃっ、またねぃ。

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