「月下の花」

第18章 敵はダーナ・オシー


午後13:00 第1会議室

 ミズル・ズロムは、紫の袖口を、マホガニーのテーブルに置き、肩より低くこうべを垂れていた。

もうすぐ、この部屋で、ミズルは地上人に講義をしなければならない。聖戦士に、聖戦士たる気構えを教授する任は、士官学校で兵法学の教諭を務めているミズルが、誰が考えても適任であった。ドレイク自ら、ミズルに下知したのである。

しかし、彼は、気乗りしなかった。午前の教官バーンから、3人のデータを渡されていたが、ミズルは、小汚い筆記体の報告書を手に、両肩を、恐怖で震わせている。

「トカマク・ロブスキー殿と、ショウ・ザマ殿だけならいいが…トッド・ギネス、23歳か…23?それでは、計算が合わぬ?あの顔、あの声…見たくない、聞きたくない。どうしてだ、何ゆえ、<彼>に再びまみえるのだ。それがし自身が、なぜなのかわからぬと言うに、<彼>に、バイストン・ウェルとはなにか、を教える事態になるとは。これが何を意味する因果なのか…アメリア、君ならば知っているのか?君は、なぜ、それがしではなく、<彼>を選んだのだ…」

 ミズルの怖れる者が入室して来る時刻には、まだ早い。すると、4階にある会議室の窓ガラスを、コンコンと叩く者があった。

前・騎士団長である、普段のミズルならば、完全警護されているはずの4階の窓辺に、くせ者が侵入したと、驚く場面であるが、紫色の制服は、沈んでいた顔を、突然明るくして、

「おお、セザルか!おいで、ほら、足元に気をつけなさい、誰かに見られなかったかね?」

内側から窓の錠前をはずし、かいがいしく息子を招き入れたミズル。父は、自分より背の高い息子を、救世主のように見上げ、瞳を歓喜で潤ませた。

セザル・ズロムは、父親の前でもヘルメットを被ったままで、テノールの声を、飄々と転がした。

「見られてないさ。ラース・ワウの警備って、いいかげんだもん。ダメだよパパ、衛兵の指導、なってないよ。よその国は、警備がもっと厳重だよ。僕ですら、新築のケミ城は、てこずったさ。ビショット・ハッタはさ、兄王が住んでた普通の城、焼いちゃった後、わっけわかんない、バベルの塔みたいな城を建ててさ。その高さときたら。」

「新ケミ城の話しは、また今度聞こう。のう、セザル、それで、トッド・ギネスの事は、何かわかったか。会って話してきたのだろう?」

ミズルは、会議室の出入り口の、鍵を確認し、息子にすがりついた。息子の方は、慌てる父よりも、机上のバーンの報告書に興味を持ち、

「なんだこれ。うわー、汚い字。これ、バーンが書いたもの?まじ?あの人って、一見キチンとしてるようで、根はズボラなんだね。文字に性格が出てるさ。あは、僕と正反対の性格さ。」

「セザル、よいから!トッド殿のことを。」

2人の栗色の髪は、近寄り、背の高い方が、ささやいた。

「トッド・ギネスは、バーンの報告書以上の事は、ないさ。能天気に見えるけど、結構切れ者だね。でも、それだけの、ただのおにいちゃんさ。ひっかかるのは、年齢だけど…パパは、生まれ変わりだと思うの?」

ミズルは、恐れおののき、トッドと、ガラリア・ニャムヒーの年齢を指折り数えた。

「そこなのだ。セザル。アメリアが、ガラリアを産んですぐ、リの国との戦が起こった。あれの父が、前線で処刑されたと聞いたパパは、いやそれがしは、ずっと後方の陣におり、詳細を知るよしもなかった。そして事件を問い質す事も、誰もしなかったし、出来なかった。若い兵士の敵前逃亡は、珍しい事では無い…ただ、ガラリアの父は、脆弱ではあったが、勇気の無い御仁ではなかったのだが…彼の心根が、勇敢であった事を知る者は、それがしと、もう1人のみ…。それがしと、ガラリアの父親との、決闘の、立会人をされた、あのかただけだ…。」

 ミズル・ズロムは、3年前のケミ城戦を思い出した。

 アトラスとバーンとの一騎打ちの、立会人を努めた自分。そして、20年前の、リの戦役より、もっと前に、3人の男だけが知る、女性をめぐる一騎打ちがあった事を。

 回想する父を眺めやり、セザルが続けた。

「僕は、ドレイク軍に入隊して3ヶ月間、調べてみたさ。ラース・ワウの隅々まで。ところが、おかしいのさ、どこにも無いのさ、当時の記録が!ドレイク様の文机にも、ルーザ様の化粧台にも、どこにも無いさ。誰かが意図的に、記録を葬り去ったとしか、思えないさ。事件当時、パパは不自然だとは思わなかったの?」

「うむ、記録が抹消されていたとは、このたびのお前の調査で初めて知ったのだ。あの時、騎士団長殿から、事件の顛末を聞き…

…当時、騎士団長であった、あのかたが言う事に、納得出来ない道理は無かったのだ…

戦時にはよくある事であったし、お前に言われるまで、そうまで不可解な点があったとは、疑った事は、無かったな。あの頃、パパはな、まだ若かった。出来る事は、ガラリアと母御を援助するしか。セザル、お前は、どうしてこの件に、興味を持つのかね?どうして、そうまでして、ガラリアのことを?」

父親は、昔愛した女性、アメリアの娘を、我が息子が、同じように慕っているから、彼女の汚名をはらそうとしているか?と考え、この問いを、何度も息子に投げかけた。そうであったらいいな、ガラリアがウチの嫁になってくれたら、こんなに嬉しいことはない、と期待し我が子に問うのだが、いつもセザルは、こう言うだけだった。

「僕は彼女に、そんなんじゃないよ。パパの、昔っからの心配事を、解決してあげたいだけさ。僕、勝手に、何年も家出しちゃって、パパに苦労かけたから、せめてもの恩返しさ。それだけさ。」

 1人息子は、ガラリアを女として見てはいない、とわかると、父は、少しガッカリするような、でも、パパのためさ、と言ってくれる事には、親馬鹿ミズルは、横腹をくすぐられるような嬉しさを感じるのだった。




セザル・ズロムは、3年前、家出をした。その際、ミズルは、君主ドレイクに、

「我が息子は、幼少時よりの病状が悪化しましたので、退学させ、家内の実家にて養生しております」

と説明していた。使えない騎士に興味の無いドレイクは、それっきり、ミズル・ズロムの息子の存在は、記憶外になっていた。

そしてセザルは、書き置きの約束通り、18歳の誕生日、ズロム邸に帰ってきたのである。

ズロム夫妻は、見違えるほどたくましく成長した一人息子を、感涙で迎えた。父ミズル・ズロムは、一通りの叱責はしたものの、

「正規軍に入るならば、パパが口をきいて、下士官になれるようにはからってやろう」

と世話をやこうとしたのだが、息子は、そんな甘やかしはやめてくれ、紹介も、誰にもしないでくれと申し出たのだった。

 なぜか、と問うたところ、息子は、

「僕ってただでさえ目立つじゃん?ニャムヒー家の城内調査が終わるまでは、誰にも自己紹介しないでおいた方がいいと思うさ。みんなに身元バレしちゃうのは時間の問題だからね。ガラリア嬢の件だけじゃなくてさ。もうすぐ戦争が始まるでしょう。僕は、独自に動いて、外国の内情とか、パパにだけ知らせるよ。下級兵の、その他おおぜいさんな身分が、ものを言うのさ!ドレイク様も知らない事を、パパは先に知っておきたくない?僕は、パパの密偵になって親孝行したいのさ。」

と耳打ちしたのである。

ミズルは、セザルが膝元に帰って来てくれた事が、ただただ嬉しかった。その上、ズロム家の間諜となって働く事を、まな息子自身が志願したのだと、信じて疑わなかった。

体躯だけでなく、忠義心も大人になりよって、まったく可愛いせがれだ!

それが、本日より3ヶ月前の出来事である。




「でさ、パパ。さっき僕、ガラリア嬢とバーンに、ズロムの息子だけど、勘当されてるって、説明したからさ、パパも、ちゃんと合わせて演技してよね。パパ、顔に出るタイプだから、気をつけてくんないと、ダメだよ。でないと、この事はパパと僕だけの、隠密行動なんだからさ…」

 その時、常人より耳の効くセザルは、廊下の彼方に、数人の気配が近付くのを察知し、入って来た窓辺へ向かいつつ、父に素早く伝えた。

「とにかく、トッド・ギネスが、ガラリア嬢のお父さんにそっくりなのは、単なる偶然としか言えないさ。他人の空似だよ、パパ。安心して、いつも通りのつまんない授業したらいいさ!じゃっ、またねぃ。」

 息子に、つまんない授業と酷評されているにも関わらず、馬鹿親ミズルは、窓から去るセザルを、

「おうおう、気をつけてゆきなさい、あまり、人前でヘルメットをとるのではないよ、お前は美男子だからね、妬まれて、いじめられぬかと、パパは心配で心配で」

 父親の戯言は聞かず、セザル・ズロムは、小鳥が飛び立つように窓枠から離れ、いずこへと姿をくらました。




夕方 17:00 円形競技場

 ラース・ワウからほど遠い郊外、ルフト領においては、南方に位置する地点に、古い石造りの競技場がある。今夜ここで、領民を無料で招待した催し物があるのだ。園遊会を楽しみにした、何千人もの平民たちが、がやがやと列を成し、開場今や遅しと競技場外苑に集っていた。

守備隊兵士たちは、会場整備に余念が無い。ユリアは、入場受付に配置した部下に、指示を出している。受付嬢に指名されたのは、下級兵の女戦士2人である。

 ユリア・オストークが、受付嬢と話しをしていると、平民女が声をかけてきた。

「ユリアちゃん。オストークさんちのユリアちゃんでしょ?あたしよ。」

城下町のご近所さんである、顔見知りの若い母親だ。彼女は、鋳物屋を営む夫と、子供3人と一緒に、園遊会見物にやって来ていた。

ユリアは、知り合いの子供たち、6歳の長女、4歳の長男の頭をなで、父親に抱かれた男の子の赤ちゃんに、いないいないばあ、をしたりした。子供たちは、ユリアになついており、無邪気にはしゃいでいる。

御領主様の士官となった、下町娘ユリアは、えらぶらず、さわやかな笑顔で、平民仲間に言った。

「ようこそいらっしゃいましたわ、皆様。今夜は、歌に踊り、それから、ビックリするような、すごいアトラクションがあるんですのよ!おいしい料理も、飲み物も、たくさん振舞われます。さあ、開場しますわ、お好きな席へどうぞ。」

受付嬢らは、平民出の上官ユリアに習い、満面の笑顔で観客たちを招き入れた。すると、6歳の女の子が、母親の袂から離れ、ユリアの軍服の裾をさかんに引っ張る。

「ユリアねえちゃん、あの、これ。あたちが作ったの。」

幼女が差し出したのは、色紙で作った、ミ・フェラリオの等身大紙人形。ユリアは、かがみ込み、ニッコリ微笑んだ。幼女は、おずおずと、こう言った。

「これ、おひめさまにさしあげて!リムルさまは、ミ・フェラリオがお好きだって、それで、あたち。」

「うん、わかったわ。上手に作ったねえ!これは、ねえちゃんが預かるからね。リムル様に、きっとお渡しするわ。」

ユリアがこう答えると、幼女とその母親、家族ら皆が微笑んだ。

紙人形の子の母は、今日のこの日の、幸福を噛みしめていた。夫婦は仲良く、子宝に恵まれた。夫の商いは繁盛しているし、今日は楽しい娯楽があるし。そして、娘が一生懸命作った工作を、ユリアが姫様に渡してくれると言ってくれた。

 彼女は、愛する夫にささやいた。

「ユリアちゃんが、騎士さまになってくれて、よかったわね。他の騎士の方には、気安くお願いしたりは、出来ませんもの、ねえ、あなた。」


平民たちは、ご近所さんユリアを採用した、我らがお館様、楽しい園遊会を無料で開催したドレイク様への、畏敬の念を、ますます強くしたのであった。




18:00 園遊会開演

 客席は大入り満員、観客は、競技場で繰り広げられる、舞妓のダンスに、オーケストラの演奏に、歓声をあげ、無料で振舞われるご馳走に舌鼓をうっていた。来賓席前列には、3人の聖戦士。

 トッド・ギネスは、舞妓の少女たちに見惚れ、ホウッとため息をつき、

「きれいな子ばっかだ。しかも若い。みんな十代だな…あの子たちは、アレかな」

隣席のショウ・ザマは、ステーキを頬張りながら、

「アレって、なんだよ」

ショウの食べている肉は、吸血獣ボンレスの肉なのだが、地上人たちは牛だろうと思っている。トッドは、ひそひそ答えた。

「買える子なのかな」

「かえる?どういう意味だよ、トッド。」

「娼婦なのかなってこと。普通よぉ、俺たちみたいな賓客には、接待用の女が貰えるもんだぜ。あの子たちだったら、どれでもオッケーだ。16、7歳かな?たまんねぇな〜」

ショウは、女と見たら、こういう事しか言わないトッドを、軽蔑半分、一方で、キスすら経験ない真性童貞である自分と違い、そういう方面に、なんら躊躇を見せない彼を、

(大人の男、なんだな?慣れてるんだ、ヤルのに…)

と思い、やや羨ましくもあった。

(しかし、トッドって。あの青い髪の、ゆうべ俺に蹴り入れた女の人を、好きになったのかと思ったら、違うや。いい女に会うと、誰にでも言ってるじゃないか。いかすね、美人だねってさ。)

 聖戦士の後列、一段高い席にいたショット・ウェポンが、前列者の注文に、素早く答えてくれた。

「あれらは、踊り子ゆえ、褥の方は担当ではない。お望みなら、聖戦士殿。城飼いの女はいくらもいるから、今夜にでも用意させよう。女だけではない。あなた方は、働き次第で金も権勢も思いのままになる。ラース・ワウのような城の、あるじとなれるのだ」

 トッドは、ヒューと口笛を鳴らし、ショウは<女を用意する>の部分に即応出来ず、うつむき、トカマクは、低くつぶやいた。

「いや、すごい…ソ連で雑兵やってちゃ、叶えられない夢が見れる所だぜ、ここは」

 彼らより数段上の主賓席には、叶えられない夢を叶えさす君主、ドレイク・ルフトが鎮座している。妻ルーザもいるが、姫君リムルは、ラース・ワウ城で、教師ミュージィの監視下に置かれていた。

 そう、リムル・ルフトは、円形競技場には、いないという事を、リムル自身から伝えられた者が、刻一刻と、ここへ向かって来ていたのである。




 その頃ガラリアは、競技場上空、ドロ機内にいた。傍らでは、ハンカチ君が操縦を任されている。コクピットから下方を見下ろし、ヘルメットのガラリアは、

「そろそろ、ドラムロと、ガッダーの対決が始まる頃だ。お、出た、ガッダーだ。」

眼下で、赤さの映える、ドラムロを駆るバーンが、体長15メートルの強獣、ガッダーと取っ組み合いをしている様子が見える。ハンカチ君が、つぶやいた。

「ドラムロのお披露目には、もってこいだね。客席は湧いてるみたいだなあ。観客をビックリさせるために、入念に準備してたもんな、警備隊の連中が。おっ、バーン殿が強獣をやっつけた。」

ガラリアは、つまらなそうに、コクピットの席を立ち、はしごをのぼって、ドロ上部の監視台へ上がった。2人が乗っているドロは、ベランダ状の監視台から、マイクを使って、操縦者や他の機体へ伝令出来る、巡視に適したオーラ・マシンである。

空を飛ぶ監視台で、独り、ガラリアは、ヘルメットの目を、周囲へ配った。

ヘルメットに包まれた彼女の顔に、夜風が当たると、剥き出しの眼球のみが、その温度を感じていた。ガラリアは、オーラ・マシンはまだ、ドロしか操縦させてもらえない。ドラムロに乗りたいのに、バーンばかり…

「私のオーラ力が、足らないからだと、ショットは言う。オーラ力か!ふん、地上人のそれが、我々コモンより強いと言うならば、わかる。だが、ではショット自身や、ゼットがパイロットにならぬのは、なぜか。作る方だからか?ふふん、要するに、戦士足りえるかどうかで、パイロットの資質が決まるのであろう。ならば、私が、バーン以上に使える戦士だと、皆が知れば、オーラ・バトラーに乗る日も遠くはあるまい。そうだとも、私は、立派に戦えるのだから。明日の初陣で…我ら守備隊が、ドロでギブン領に侵攻するのだ。ダンバインを伴って…明日が私の、初めての実戦…」

その時。

ガラリアの眼球に触れる、空気の温度が上がった。ひんやり冷たかった夜風が、ほんの少し、ガラリアの宝石を温かくした。モス・グリーンの瞳へ闖入した影、遠い空にかすかにうごめいた気配。

「あれは…」

現在、あの空域に配備した機体はいないはず。では、

「…敵機!」

ガラリア・ニャムヒーが、マイクを握ると同時に、敵の機影が、はっきり彼女の虹彩に映った。守備隊長のソプラノが、マイクに響いた。

「敵機来襲、ギブンだ!あれは…ゼラーナ!警報、警報ぅ!ドロ、敵機を包囲、殲滅せよ。やつら、競技場を攻撃するつもりだ!」




 紙人形をユリアに渡した幼女は、夢中で、赤いくだものを食べていた。

さっきまでは、きれいなおねえさんたちが踊っていて、すごく楽しかったの。その次に怪獣が出てきて、あたち、キャーッてビックリしたの。でもすぐに、バーンさまが、かっこよく出てきて、オーラ・バトラーで、怪獣をやっつけてくれたのよ。真っ赤なドラムロは、このくだものとおんなじ色ね。

そいで、今はね。ドレイクさまが、マイクでおはなしされているの。きょうは、リムルさまは、いないんだって。リムルひめさまにお会いしたかったのにな、あたち。ドレイクさまの、むずかしいおはなし、あたち、わかんないけど、真っ赤なくだものは、とってもおいしいの。真っ赤な…

爆音が轟いた。その音は単純なる効果音なり哉?オーラ・シップ、ゼラーナの主砲は、競技場内、ドラムロのわき、数メートル横と、観客席十数箇所に被弾した。

「ギブンかッ」

ドラムロの昇降口に直立していたバーン・バニングスは、即座にコクピットへ。起動、上空へ飛ばし、ドロ隊と合流する。ガラリアの興奮したマイク声が、彼の耳を刺した。

「バーン、ゼラーナだ、シュットも出ている、お館様は?!」

「まだご無事だが、ガラリア、ドロで競技場を固めろ、お館様を守れ。頼んだぞ!」

バーンのドラムロは、飛来する小型機シュットの砲撃をかわし、全速力で進む。

「おのれギブンめ、園遊会を狙うとは、卑怯千番!」

シュットには、ギブンの戦士らが手に手にライフル銃を持ち乗っているのが、剥き出しの姿で見える。バーンは、その中には敵のリーダーはいない事をわかっていた。騎士団長が狙うのは、敵の主艦。くすんだ黄緑色の戦艦、ゼラーナへとまっすぐに突撃した。赤いドラムロが一本の放火となる。

「ニー・ギブンめ、そこかッ」

ゼラーナに接触しようとするドラムロ、それを、艦にいる誰かを、まるでかばうように、一機の紺色の機体が、バーンの行く手をはばんだ。ゼラーナの陰から、突如として出現した、敵のオーラ・バトラー。

ギブン家の切り札と知られている、ダーナ・オシーが、バーンに剣を振り下ろす。

「む、ダーナ・オシーか!誰だ、乗っているのは。こちらが、ニーだろうか」

剣を交えながら、バーンが、敵の司令官はどちらかと、一瞬惑ったとき。

 近くで、女の声がした。

「ドレイクに従うバカな男。」

 誰?

 そうか、対戦しているダーナ・オシーのパイロットだ。それが、女だと?

 バーンの耳に、彼女の声が続く。

「ギブン家に敵する者は、あたしの敵。ニーを撃つならば、あたしが許さない。」

「その方。そうか、お前は地上人の女、ギブンの聖戦士とは、お前だな。」

紺色のオーラ・バトラー、ダーナ・オシーは、赤いドラムロの肩へ剣を突こうとした。バーンがのけぞりかわすと、太い朱色の火炎が、敵機ダーナ・オシーに放たれた。ドロだ。

 ガラリア・ニャムヒーは、操舵手ハンカチ君をどかせ、自ら操縦桿を握り、実弾を、生きた敵に向け、放ったのだが、この時の彼女の脳裏には、

  これは、私が初めて人を殺そうとしている時だ

という自覚は無く、ただただ発作的に、

  愛する男性を、殺そうとする者を、私は許さない

その想いだけで、彼女は、スイッチに置く指に、力をこめたのだった。

(バーンが斬られる!だめ、いや!バーンを刺す奴は、誰だ!)

彼女の感情は闇雲であったが、砲撃は正確であり、直撃はしなかったが、ダーナ・オシーのパイロットは、後退を余技なくさせられた。ゼラーナへと向かった紺色のオーラ・バトラーは、艦からの援護射撃に守られ、去ろうとする。シュット隊も、ゼラーナについて逃げて行くが、ガラリアは、コクピットの伝令管から、

「追え、逃がすな!ダーナ・オシーだ、ダーナ・オシーを落とすのだッ!」

彼女の声は、ほとんど泣き叫ぶ声だった。
激昂する女を映す鏡、モニターがオンになり、彼女が守ろうとした男性の顔が、そこに映った。鏡は、彼女の心のありかを精緻にモニターした。

「ガラリア。追撃は、わたしと警備隊のドロが行う。守備隊は競技場に戻れと命じたであろう。ガラリア、なぜ前へ出たか!下がれ、ここからは警備隊の管轄だ。」

バーンは、危険な前線に、彼女が出る事の無いようにと、咄嗟に判断したのだが、言われたガラリアは、好きな男性を守ろうとしたのに、その本人から<私の愛情をいらぬ>と、一蹴されたと受け止めてしまった。

「バーン、違う、私は、ダーナ・オシーを!」

敵機を追わなければならないバーンは、ガラリアと問答している時間は無い。答えず、彼は逃走するゼラーナ隊へと飛んで行ってしまった。

 残されたガラリアは、自分の指先と、両足が、激しく震えて、止まらないのに、やっと気がついた。操縦桿が握れない。大きくドロが傾いた。ガラリアの脇にいた、ハンカチ君が、彼女に代わって操縦者となった。

 ガクガクと、全身の末端神経が震える。
 ガラリアはじっと、自律神経では制御不能となった、自分の指先を見た。

(あぁ…今のが、実戦なのか…敵に襲われるのが、あのように…

恐ろしいものだとは!

 世界で唯一つ、確かだったはずの自我が、失われるかもしれないという恐怖。
 これが、死の恐怖か。
 そしてバーンが…ああ!私の大事な人が、殺されそうになったのだ!!
 私は無我夢中で撃っていた。

<必死で>撃っていた。<必死で>という言葉の意味を、今、初めて知った気がする。

彼が、殺される。人間に殺される…これが、戦争なのか。

そして私は、彼を殺そうとする、敵と同じ行為を、自らしようとしたのだ!怖い、ああ、怖い…本当の戦争とは、訓練や本と、なんと隔たった世界であることか。私は、戦士となる自覚を、持ち余していると、過信していた。

…それに比べて、バーンは、なんと落ち着いているのだろう。

私は…甘かった…)

 彼女は、泣くことも、声を出すことも、指先の振動を止めることも出来ず、目だけが、力無く眼下に落ちた。

円形競技場の、そこかしこから立ちのぼる、くすぶった煙が、そこに在る多くの<死>を、彼女に匂わせた。




19:00 円形競技場 場内

 ガラリアは、ドロを競技場中央に降下させた。自分の役目は、まずドレイク様、奥方様の安否を確かめる事、そして領主夫妻を護衛し、安全な場所までお連れすることだ。着地するより先に、監視台のガラリアは、場外の馬車乗り場にいるドレイク、ショットらを目視したので、ドロから降りたら即、彼らのそばへ行こうと思った。

 ところが、ガラリアは、無事だったお館様の元へ赴くより先に、驚愕でもってその足を留めざるを得なかったのだ。

 着地した彼女へ、駆け寄ってきたのは、園遊会整備にあたっていた、セザル・ズロムである。ヘルメットの彼は、テノールの美声をなお高く、守備隊長に報告した。

「ガラリア様。民衆の被害が、死者がいっぱいで、重傷者も、いっぱいです。救援が、間に合いません。がれきの下敷きになってる人もいるさ!早く助けなきゃ、早く!」

 見渡したガラリアの、鼻には死臭が、耳には悲鳴が、そして目には、累々と転がる、死んだ人、人、人!

 21歳の青いガラリアの胸中に、来し方(過去)と眼前に在るもの(現在)が渾然一体となり押し寄せた。

 母の死、アトラスの死、そしてついさっき感じた、自らの死への恐怖、加えてバーンからの命令、守備隊長の自分がはたすべき領主の護衛、部下セザルからのせっつき、

(私は何をすべきなのだ、任務は、どれだ。いいや、任務ではない、私という人間がすべきことは、なんなのだ)

困惑する少女に、更に追撃が加えられた。ユリアが、顔を血糊で汚した友達が、走って来る。ガラリアは、毎日会っている可愛い友達の顔に、赤いものがついているのを見ただけで、気が遠くなった。

(そうだ、ここにはドレイク様だけではない、ユリアがいたのだ、セザルも。私の大事な皆が、死んでいたなら、あぁ!)

ユリアは、顔面蒼白であった。しかし彼女は取り乱してはいなかった。顔に、手指についた、血の汚れをぬぐうこともせず。ガラリアは、友人の様子から、彼女が、

(今まで一心不乱に、負傷者を助けていたのだ)

と察した。ガラリアは、ようやく口を開くことが出来た。

「ユリア、救護班を、すぐにラース・ワウから呼び寄せよう。他には、要るものは?」

ユリア・オストークは、理路整然と答えた。

「はい。馬車、荷車、人を運べるものを全て調達して下さい。怪我とショックで、立てない者がほとんどです。居合わせた町医者が、応急措置をしていますが、薬品も何も足りません。医療物資を運ばせて下さい。それと、機械の館に、ピグシーを何台でも、ここへ来させるように、ゼット様に伝えて下さい。下敷きになっている人を助けるため、ピグシーにチェーンをつけ、がれきを引き上げます。どうか、迅速に願います。」

ユリアの言を聞いたガラリア・ニャムヒーは、また末端神経が振動し、薄緑色の虹彩が縮んだ。怖れの直後に友達がもたらしてくれた、安堵、

(ユリアがいてくれてよかった!)

そして、燃え上がる義務感、

(私がなすべきことが、わかったのだ!)

「よし、では私はラース・ワウへ行く。ここは任せたぞ、ユリア、セザル!」

ここでガラリアの傍らにずっと控えていた、名無しのハンカチの青年が、年長兵らしく、彼女に助言した。

「ガラリア、君は、ドロ数機でドレイク様のお供をした方がいいよ。副団長は、まずはそっちを。ユリアの伝達事項は、俺がする。別機を飛ばして機械の館に、先に行くよ。ゼット様に言えば、ぬかり無く準備して下さる、あの方なら。」

ガラリアは、ハンカチ君の助言に従い、馬車で居城へ帰るドレイク、ルーザの護衛を空から務めることとなった。

(私は、おおぜいの友人に、助けられているのだな。だから…誰も失いたくないのだ。誰も。)

そう思いながら飛び立とうとする彼女に、セザルが、告げた言葉が、非常に印象的であった。

「ガラリア様。お館様のお見送りが済んだら、すぐ、ここに戻って下さい。絶対さ。」




20:00 ラース・ワウ

 トッド・ギネスら地上人は、領主夫妻の乗る馬車の後方、別の馬車に乗せられて、城に戻り、食堂に会していた。槍を持つ衛兵に見張られながら、途中で邪魔をされた夕食の続きを食べている。

 トカマク・ロブスキーは、

「ちきしょう!」

時折、怒声を上げながら、濃い酒をあおった。トッドは、沈思黙考し、赤い果物を味気なさそうに噛んでいる。

 よく喋るはずの2人が、さっきから静かになった。どうしたんだろう。

と、思っているのはショウ・ザマである。ショウは、きらびやかな園遊会が一転、爆発音と供に、大騒ぎになったのには驚いたが、大きな音と同時に、ショット・ウェポンが、裏へ避難するよう促し、すぐ安全な屋内に入ってしまったので、何が起こったのかはっきりわかっていなかった。

(爆撃を受けたみたいだな、あれがバクハツの音なんだなあ。ドカーン、どっかーん!って、でっかい音だったなあ。バーンさんが、ドラムロっていうマシンで、敵をやっつけたのかな。すげぇや、本当のロボットアニメの世界だ。)

攻撃後の会場を見ていない、<戦後生まれの日本人>ショウ・ザマは、トカマクとトッドが、機嫌の悪そうなのが、何故なのか、理解していなかった。

 25歳のソ連人、トカマクは、酔って、吐き出し始めた。
 バイストン・ウェルへの感想を、である。

「物騒な所だぜ、なあ!敵機を見たかよ。でけえ船が、いきなり砲撃してきやがった。あれが、俺たちが戦う相手だってよ。冗談じゃねぇぜ、ったく!俺ァただの工員だってのに。ダンバインで出撃しろって言われたって、なあ。」

するとトッド・ギネスは、非常に苛立った表情で、しかし静かに、話し始めた。

「だいたいよ…宣戦布告も無く、女子供の遊んでる場所に、空爆喰らわすたぁ…なんなんだ、あいつら。テロリスト集団か、ここんちの敵は。許せねぇなぁ…。何の罪も無い、あの踊り子や、観客は、家族連れがほとんどだったじゃねぇか。それを。」

トカマクは、まったくだぜ、いったい何人犠牲者が出ただろうか、と言いながら、窓の外を振り仰いだ。

「さっきよ、ゼットさんが、大隊を編成して、現場に向かってたぜ。救護活動だな。ああ、たいへんな軍務だ、あの人たち!俺ァ手伝い出来ねぇのかな。輸送だって何だってやらしてほしいぜ。…トッド、あんた、どう思う。」

「どうって?」

「やる気かい、聖戦士をさ。この国の、味方になるかい。敵国は、随分荒っぽい連中みてえだが。」

 ショウ・ザマは、2人が、冷静に状況を読んでいる事に驚いた。

彼らは大人だ…いや、戦争ってものを、知っている人なんだな?俺は、今の今まで、バクハツで死んだ人がいるって事すら、思いつかなかったってのに。

ええ?死んじゃったんだ?ロボットアニメだったら、ワンシーン、ドカーンでお終いだろ。そっか、ドカーンって、人が死ぬ音なんだ…

 トッドは、目を閉じて、少し考え込んだ。そして青い瞳を開き、トカマクと、ショウの目を見て、言った。

「昼に話した、ミズルさんって人。あの人は、バーンさんと違って、歯に衣着せない言い方したろ。俺たちは、強制連行された、傭兵に過ぎない。ドレイク・ルフトのために、聖戦士が光臨したと、他国に見せつけるため…宣伝材料、兼、国内の戦意高揚目当てだと、はっきり言ってただろ、あの人。」

トカマクは、受け口を左右にずらしながら、

「ああ、あのおっさんは、さすが、ベテランの軍人だな。我らが聖戦士どの、なんつっておだてたりしねぇ。主従契約の条件を、いくつか提示されたな。その中に、離反するのは自由意志だが、他国逃走の際には…」

ショウ・ザマが、トカマクに続けて言った。

「敵に寝返ったら、我らの敵と見なす、それだけですよって…笑ってたよな、あのおじさん。」

 3人の地上人は、お互いの顔を見つめた。ミズル・ズロムの講義は、

 <聖戦士とは、勝てば王、勝たざるは虜囚、裏切るは死のみ>

である事を、3人に理解させていた。

 食堂に、また沈黙が訪れた。トッド・ギネスは、赤い果物をかじり、目を閉じたままで、こう言った。

「地上へは帰れないんだ。だったら、俺は、この世界で、生き残るための仕事をする。それしか無いだろう。」

 ショウ・ザマは、トッドの言葉は<この国、ドレイクの味方をする>という意味だと捉えた。だが、トッド・ギネスは、敢えて<この世界で>と言ったのだ。この国で、ではなく、ここバイストン・ウェルで、という意味である。




同時刻、再び、競技場

 ゼット・ライトは、ピグシーを使用しての、がれき撤去作業の、陣頭指揮をとっている。砕かれた巨大な石塀の下には、息絶え絶えの、若い男が。ゼットは、チェーンを結わえた、ピグシーを操る工兵に、

「よし、ゆっくり引け。ゆっくり、そうだ、もう少しだ。強く引くと石が崩れちまう」

指示をしながら、下敷きになっている若者に声をかける。

「大丈夫だ。もうすぐ出られるからな。しっかりするんだぜ。」

がれきの下、うつ伏せで苦しむ者の顔は、かがみ込むゼットからは見えなかったが、すすり泣く声、

「痛い、足が、痛いよう…か、母さん、母さんは?母さんは無事…ですか」

その声音から、

(15、6歳の少年だな…お前の母さんは死んじまったんだ。だが、引き出す前にそれを知らせたら、この子は気落ちしてしまう。片足がもう、膝から下は、絶望的だ)

ゼットは、この少年の母親を殺した敵、ゼラーナ隊を追って行った、バーンはどうしただろうか、と思った。

(落として帰還しろよ、バーン・バニングス。死者、200名以上、重軽傷者は数え切れない。バーン、あんたの背中には、この大勢の屍の、魂が背負わされてるんだぜ。)

 ガラリアは、「ここへ戻って来い」と言ったセザルに連れられ、ユリアがいる場所に歩んだ。先に城を出たハンカチ君とゼット・ライトは、彼女が到着した時にはもう、てきぱきと救護・救援活動にあたっていた。

(あぁ、なんと多くの人が、死んだのだ…)

ガラリアの足元には、死体に麻布を被せた<もの>が累々と横たわっている。生き残った平民たちは、色の違う軍服を着た副団長、ガラリア・ニャムヒーを見るや、口々に

「騎士さま、こんなに、こんなにやられた!どうか、仇をとって下さい、おねげえで御座います」

「ギブンのやつらを、やっつけてくだせえ。俺の家族を、みんな殺しやがった、あいつら!騎士様、頼んます、騎士さまぁ!」

 平民にとっても、<機械戦による被害>は初めてだったのである。従来の戦争は、前線の騎士同士が、剣や槍で斬り合う戦いであり、平民が、こうまで、一瞬にして大量殺戮された事は、かつて無かったのである。

 ガラリアは、人々の声に、一つ一つ答える余裕は無く、自分に言い聞かせるように、

「うん。うん。」

と肯きながら、前方に、泣き叫ぶ女の姿を見た。

 ユリアが立ち尽くしている。その前で、若い平民女が、長い髪を振り乱し、半狂乱になって、4つの死骸にすがりつき、悲鳴をあげている。

「いやああ、ひぃ、ひぃ、ぼうや、ぼうや!あぁ、あたしの子供たちが!いやぁ、あなた、あなたぁーッ!」

 泣き叫ぶ女は、動かなくなった、血まみれの、夫<だったもの>を、乱暴にまで揺り動かす。ガラリアは

「うぅッ」

吐き気がして口を手で抑えた。女が抱く、夫の死体には、両腕が無い。ちぎれた男の手はどこに、無意識に目が探すと、あった。父親の腕が、死んでも離さなかったものは、生まれたばかりの我が子であった。そして、ちぎれた2つの腕に掴まれた、ぐちゃぐちゃの肉塊と化した乳児の横には、眠ったような顔で死んでいる、幼児2人。小さな女の子と、男の子だ。

(この若い母親は、夫と我が子3人を、失ったのか)

 セザル・ズロムが、愕然とするガラリアに告げた。

「あの人は、ユリア様の知り合いでさ…ガラリア様、さっきまで、上の女の子には、息があったんだ。お医者が、懸命に蘇生させようとしたんだけど、あの子は…き、聞いて下さいよ、ガラリア様!」

 ユリアが、倒れ込むように、

「ガラリアさま、ああ!う、うわぁー」

負傷者の血と、焼け跡のすすで汚れきった、友達を、ガラリアは、抱きしめるしか出来なかった。ユリアは、ガラリアの胸にすがり、泣きじゃくった。泣いて泣いて、喋れないユリアに代わり、セザルが語った。

「あの女の子はさ、リムル…姫の大ファンでさ。お姫様に会いたいって、楽しみにしてたんだって。それで、ユリア様に、自分が作った、姫様へのプレゼントを渡してくれって、最後まで!いいですか、息を引き取るまでです。大怪我してるのに…さっきまで言ってたのさ、リムルさまに、お人形をあげてねって。そう言って…死んださ!」

 充分すぎた。ガラリアには、もう充分すぎた。

 私は成さねば成らない。知っているからだ。大切な人を亡くす悲しみを。そして今、私を囲む全ての人々が、息継ぎすら出来ず、嗚咽し続けている。喪失の悲嘆に、我の呼吸を忘れている。母を亡くしたあの日、アトラスを亡くしたあの日の私と同じように。

 もしも、生きている事に、意味があるのだとしたら。生き残った者に、役目があるのだとしたら。

 その役目とは、生きる人々のために働くことだ。私自身が生きるために!

 ガラリアは、ユリアを抱きながら、泣き叫ぶ平民女の前に、膝をつき、頭を地面につくまで下げた。ユリアは、ガラリアに習い、泣きながら同じ姿勢で横に並んだ。

 焼け跡に生き残った群集は、平民に対して土下座する、2人の女戦士を、見た。

「すまぬ!私が、守備隊の責任者だ。私の敵機発見が、もっと早ければ。会場の守りを固めておれば、こんな事には。…許してはもらえぬであろうが、どうか、お心、安んじられよ、奥様!」

群集が、少しどよめいた。騎士が、平民女に、おくさま、と言ったからである。鋳物屋の夫人は、

「きぃーいぃッ!」

我が子と夫を無残に殺され、気が狂ってしまった女は、奇声をあげ、目の前に下げられたガラリアの青い短髪を掴み、

「返して、かえしてぇーッ!返せ、あたしの子をぅ、かえせ、アァー!」

髪を引っ張られ、頭を殴られてもガラリアは、地面につけた額と両手を離さず、抵抗もせず…ユリアは同じ姿勢で、ただただ涙している。

 群集の中から、1人の中年男が、歩み出た。ガラリアに掴みかかっている女を、背中から抱きしめ、大声で言った。

「俺ぁ、家内が、死んだんだ。せがれは、石につぶされてたのを、機械の館の大将が、助けてくだすった。命はあったが、片足がちぎれちまって…一生、かたわだ。あんた、気持ちはわかる!あぁ、わかるぜ。だが、だがなあ…この方を責めたって、死んだもんは帰ってこねえんだい!」

 そこへ、ゼット・ライトが、ハンカチ君と供にやって来た。大柄な、肌の黒い地上人は、土下座したままのガラリアとユリアを、取り囲む人々に向かい、ハスキーな声を、いつになく高く発した。

「皆さん、聞いてくれ。今夜の事変は、ギブン家からの一方的な奇襲だ。ギブンと我が方は、講和関係では無かったが、戦争を始める道理、合意等、なんら無かった。ましてや敵は、皆さんが集まる機会を、故意に狙ったのです。」

地上人の技術将校と知られているゼット・ライトの演説に、皆、そうだ、ギブンの卑怯者め、と同意の声をあげた。

「敵機への追撃は、バーン殿が、皆さんの救援は、彼女が…守備隊が、こうして行っている。皆さん、どうか協力してほしい。そして、我々は必ず、皆さんの無念をはらします。必ずです。」

 続けて、ハンカチ君が、

「負傷していない者、男たち、手を貸してくれ。みんなで、亡くなった人、怪我人を、それぞれの家まで運ぼう。御車が出来る者、名乗り出てくれ。頼まれてくれるか。」

 平民たちは、偉い様の、この言葉に、おう!おう!と、泣き声を雄叫びに変え、声をあげた。彼らの、勇ましさとは、家族の安寧を願う者の、武勇であった。

ガラリアにあたっていた、発狂した女は、数人のおばさんに抱きかかえられ、家族の遺体と供に、帰路へ、待つ者のいなくなった家へと去って行った。

 ゼットは、よろよろと立ち上がろうとしているガラリアを見て、手を差し伸べそうになったが、その手をもう一方の手で制して、黙り、仕事に戻った。セザルは、上官ハンカチ君と供に、負傷者輸送の仕事へ向かって行った。

 ガラリアの横顔を見つめていたユリアは、

「ガラリア様、これが、あの女の子の作ったお人形です。」

「うん…」

6歳の子が作った紙人形は、水色と白色の色紙を折り、貼り合わせた、ミ・フェラリオを模したとは、かろうじてわかるかもしれない出来栄えであり、

「これは、あの子の血だな、ユリア。」

「はい。死に際に、わたくしが、手に持たせてやったのです。
 笑って、くれました…安らかな顔でした…」

 ガラリアは、死んだ幼女の、血のついた紙人形を、しっかりと手に持ち、ユリアと一緒にラース・ワウへ向かった。

 そこには、ゼラーナ隊の撃墜叶わず、帰還したバーン・バニングスが、待っていた。




22:00 リムルの部屋

 リムル・ルフトは、お風呂上り、パジャマに着替えて、羽毛の布団の上で、ゴロゴロしている。今夜の姫様は、機嫌が良い。

「今夜、ニー様は、園遊会で、シイ?えっと、示威行動?だっけ、それをするって言ってたの、成功したみたいね。上手いことやって逃げたんだわ。彼がケガしたりしたら、チャムが知らせてくれるはずだし。便りが無いのは元気のしるしっと。お父様は、すっごく、ご機嫌悪そうだったわ。ふふーんだ、ニー様は強いんですもの、バーンなんかに負けないんだから。」

 姫は、新調した絹の寝巻き姿を、彼氏に見せたいな、と思った。

 リムルとニーは、3年前に出会って以降、度々、人目を忍んで逢瀬していた。だが、会えたとしても、国境付近の森の中で数十分とか、短時間だったし、見張りのため、いつも、ニーの部下、キーン・キッスたちがついて来ていた。

「2人きりでデートしたいわ。わたし、あのいやな男、バーンと婚約させられたけど、あいつには、挨拶の、手にキスしかさせないのよ。わたしはいつも、いつまでもニー様の恋人なのに、会えないのは、イヤ…早く、ニー様のものになりたい…」

 わたしと、わたしの愛する男性とを引き裂く壁、両親と、自分の身分。

「いらないわ。こんな身分なんか。ルフトの姫でさえなかったら、わたしだって、キーンみたいに、ニー様といつも一緒にいられるのに。それと、地上人の、女の人…会った事ないけど、若い女の人ですって。その人だって、ニー様と一緒に戦っているっていうのに、わたしだけ、仲間外れみたいなのは、イヤ。」

ニー・ギブンは、恋人リムルに、仲間の地上人を、会わせず、名前も教えなかった。リムルは、どんな人なの、としつこく尋ねたが、女性だよ、としか言わない。

地上人に関して、ニーが秘密主義なのは、主戦力の情報は、出来る限り漏洩しないようにしているからだ。リムル、君だけにではないよ、ギブン領内ですら、彼女の名や顔を知る者は、極一部なんだよ…そんなふうに、ニー・ギブンは、リムルに説明していた。

それでいて、ルフトの姫君は、自国の内情を彼氏に伝えていた。彼氏の役に立つ事をして見せたい、己が愛情の強さを、ニー・ギブンに示したい一心からである。

「だから、ラース・ワウの情報を、チャムに伝える役目はわたし!そうよ、わたしにしか、出来ない役目だわ。今日、ニー様がシイコウドウ出来たのも、わたしが、園遊会の場所や時間を、詳しく伝えておいたからなのよ。ふふん、どう、わたしのお手柄。」

 すると、廊下の方で、人の騒ぐ声がした。声は最初遠かったが、だんだん、リムルの寝所へ近付き、騒がしさを増す。

深窓の姫の部屋に、近付ける者、まして入れる者は数限られている。両親と、身の回りの世話をする特定の侍女、ミュージィら家庭教師、そしてもう1人は、リムル・ルフトと、褥を供にする行為を許可された男、バーン・バニングスだけである。

よって、ベッドのリムルに聞こえるほど近くで、騒いでいる者がいるとは、かなり稀有な現象であった。

「なにかしら?侍女長の声と、あれはバーンの声。それと誰?もう、なによ。せっかくいい気分なのにぃ。」

 リムルの部屋のドアが、数メートル先に見える廊下で、押し問答をしているのは、バーンとガラリアであった。

姫君の侍女長は、年老いた召使い女であるが、彼女は平民ではなく、騎士階級であった。長年、深窓を取り仕切ってきた侍女長は、姫様の寝室前でケンカをしている若造どもを、蝿を追い払うように扱っていた。

「静かになされい。ここをどこと心得るか、姫君の御寝所ですよ。バーン様はお通ししてもよいが、それもリムル様が御承知なさればのこと。下がられよ、その方。」

「だから!」

ガラリアは、自分を遮ろうとする全ての存在に、目をむき歯をむいて抵抗していた。

「だから、バーン、お前が取り次いでくれ。私はどうしても姫様にお会いし、言上せねばならぬのだ。通せ、ここを、通せ!リムル様に、会わせろッ」

バーン・バニングスは、困り果てていた。

「ガラリア、お前の言い分は、わかったから。今夜は遅いし、ここは下がれ…」




 バーンはいたたまれなかった。

先ほどまで、ガラリアはすごい剣幕で、わたしに食ってかかっていた。彼女がまくしたてたのは、お館様、ミズル殿の御前、謁見室であった。

「ダーナ・オシーはどうした。逃がしただと。ゼラーナは、ニーは!奴らがどれほどの人々を殺したと思うか!バーン、あいつらに国境を越えさせて、それでのこのこ戻って来たと言うか、なんと情けなき、お前はそれでも騎士か!」

玉座のドレイク・ルフト様は、静かに、且つ重々しく、我々にこう言われた。

「うむ、ガラリア・ニャムヒー、その方の言、もっともである。ギブンは、予告無く、我が領内に侵攻、あまつさえ、無辜の民を、残忍に殺戮した。…宣戦布告を、使者も無く書状も無く、威嚇射撃の一つも無く…軍事標的ならばラース・ワウ、わしの首を狙うならばまだしも…我が領民への、無差別攻撃で為すとは、ロムン・ギブンめ…」

敵国の領主の名を口にした、この時のドレイク様は、御肩をガクガクと振動させ、瞳は燃え上がり、そして、口元だけ少し、笑みを浮かべたようだった。

急に立ち上がり、エツで床をガン!と突き、大声を発せられた。わたしは震え上がった。このように、烈火が如く、怒り猛るお館様を、初めて見た。

「おぉ、おのれぃ、ロムン・ギブン!おのれの命運、尽きたぞッ!!」

次の瞬間、エツはわたしに向けられた。

「バーン!」

硬い棒で、打たれるかと覚悟したが、棒の先は、わたしの鼻先で留まった。

「ギブンめらを、一機も落とせなかったとは、騎士団長にあるまじき失態である。わかっておるなッ」

「ハッ…」

言われる通りだ。私は、新型オーラ・バトラーを使いながら、乱舞するダーナ・オシーに、かすり傷一つ負わせる事が出来なかったのだから。ドレイク様が更に下問された。

「国境の警備は、どうなっておったのだ、バーン。円形競技場は、領内でも南よりであるのに、北辺のギブンからは、連中が遠路、我が領内を横断した事になるぞ?この不始末、何故であるか。」

「ハッ、調査致しましたところ、敵ゼラーナ隊は、我が領の南側より、侵入したと判明致しました。」

南、と聞いたドレイク様はじめ、ガラリア、ミズル殿がどよめいた。警備隊長であるわたしは、報告を続けた。

「南側は、フラオン王の直轄領であり、警備隊は、ギブンの北側を重点的に見張っておりましたので…奴らは、競技場の位置、警備の手薄な地点、園遊会の時刻等を、事前に知った上で、周到に狙ったと思われます。」

ドレイク様は、ううむ、と考え込んだ。アの王室と、ギブン家との結び付きは、昔から強い。ロムン・ギブンは、フラオン・エルフ王の先代より、献身的に仕えてきた家老である。一方で、我らが領主の目的は、宗主フラオン王を廃し、自らが王位に就く事。

 ドレイク様は、眉をゆがませながら、今日の事変後の、先の先の手までを、胸中で練っておられるようだった。

「フラオンか。あの愚王が、ギブンの奇襲を手引きしたわけではないな。元より、手ぬるい直轄領の国境に、ニー・ギブンめが勝手に闖入したか、或いは、王には適当な理由を言っておいたか。あの若造の考えそうな事だ…あの、こせがれが。」

お館様は、そのこせがれに、園遊会の詳細を伝えたであろう者については、敢えて口にされなかったが、謁見室にいる誰もが、下手人の見当はついていた。

 そして、ドレイク様は、ギブン領へ今からでも突撃したいと言うガラリアを制し、

「よし、ガラリア。で、あるからのう、明日の作戦、その方の守備隊の出番である。予定通り、聖戦士には、ダンバインの試運転と言っておき、お前が先導し、イヌチャン・マウンテンより攻め込むのだ。うむ、ガラリア、どうしたか。」

ガラリアは、顔面をひきつらせ、わなわな震える声で、

「お館様、園遊会に来ていた、多くの民が。多くの…子供まで、赤ん坊までが、焼けただれ、死に…」

ドレイク様は、茶色い眉をきつく眉間に寄せた。

我が舅、ドレイク・ルフト様は、初めて人が殺される現場を見た彼女の、潤む瞳を、鋭く見つめた。わたしは、舅どのは、これからガラリアを叱ろうとしているかに、見えた。それぐらい、厳しい表情で、彼はガラリアを見て、こう言われたのだ。

「ガラリア、今宵の、民への救援活動、その方の命と聞いたが…適切な判断であった!崩れた石塀の撤去のため、機械の館にピグシーを出させるとは、思いもつかぬ。まこと、妙案である。」

「お館様、それは、我が部下、ユリア・オストークの提言であります。」

「ふむ、オストークか。平民出の者であるな。覚えておこう。ガラリア、そなた、良き部下を持ったのう。」

こう言われて、ガラリアの瞳からは、なお多い、光るものが溢れ出そうになった。ドレイク様は、細い目をより細めて、顔は厳しいまま、彼女に語りかけた。

「…悲しいか。悔しいのか、ガラリア。」

「はい、お館様!平民たちは、私に言いました。死んだ者の、仇をとってくれよと。」

ガラリアのその言葉を、待っていたかのように、ドレイク・ルフト様は、げに力強く、下知されたのだ。

「その思いに答えるのだ、ガラリア・ニャムヒー。明日が、そなたの初陣である。心してゆけい!」




そして、上官らが去ると、我が愛するガラリアは、死した子供の願いを、リムルに伝えたいと訴えてきたのだ。

聞けば、なるほど、同情を禁じえぬ話しである。だが、寝室に入ったリムルに目通りさせよとは、無理であるし、またガラリアの言う事が…

「バーン、その方ならば、姫様のベッドに通じておる、お前ならば!呼び出せるであろうが。通い慣れておるのだろう。あのリムル様に、言う事を聞かせられるのは、夫であるその方だけではないのかッ」

 好きな子にこんなふうに言われて、わたしは…ガラリアは、わたしがリムルと寝ていると思っているのか。そんなはずないではないか、だってわたしは…ガラリア、今夜の戦闘で、君が、ダーナ・オシーの標的になっていたらと、

 おお、わたしは今思い出しても、心臓が止まりそうになるほどだ!

 ああ、わたしのガラリア、そんなふうに責めないでくれ。君は、至極辛いのだな。人が殺される惨状を、初めて体験したのだから。わたしは、そんな君に、何もしてやれはしない…ユリアや、ゼットや、あいつ、セザル・ズロムが羨ましい。君への情愛を、惜しまず表出できる彼らが、わたしは羨ましいのだ。

わかってもらえぬ…泣きたいよ、ガラリア。

「ガラリア、明朝、リムル様に拝謁出来るよう、はからっておくから、今夜はこらえよ。なぜ、そうも急くのだ」

「それは、この子が、ミ・フェラリオが。」

そう言って、彼女がポケットから取り出したものは、話しに聞いた、子供が作った折り紙だ。

「見よ、バーン、侍女長殿。これは、女の子の、血糊だ。まだ、赤かろう。時間が経てば変色して、血だとは、見てわからなくなってしまう。私は、知らせたいのだ。これを作った子が…2時間前までは、息をしていた事を!そして、今はもう、息をしていない事を。この血が、赤いうちにお見せせねば…わからぬであろう、リムル様には、ご自分が、どれほどの罪を犯したのかが!」

わたしは焦り、侍女長の顔色を伺った。案の定、老いて癇症の増した侍女長は、ガラリアばらの発言に叱責を下した。

「無礼な!その方、姫様を断罪なさるおつもりか。何を根拠にそのような、罪などと。」

するとガラリアは、猛っていた喉をつまらせたが、リムルの部屋の、ドアを睨みすえ、ソプラノの声を静かに、しかし強い決意をみなぎらせて、言った。

「だから、それは、ご本人にしかと確かめる。これは、私の役目なのだ。」

 すると、驚くべき音声がした。わたしの背後で、ドアが開かれる音がしたのだ。振り返ると、白いガウンをまとった、寝巻きのリムルが。

「うるさいわよ、侍女長。なんなの、この人たちぃ。」

まずい、あのような、あられもない服装で出て来られては。ガラリアがいるのに、これでは、まるでわたしが、本当に<寝巻きのリムル>を見慣れているかと、彼女に誤解されてしまうではないか。

ガラリア、寝巻きのリムルは、わたしは今夜初めて見たのだし、わたしは、あぁ…




22:30 リムルの部屋

 姫君の寝所に踏み込んだのは、ガラリア1人であった。バーンは、恋する女性と、婚約者、共に<思い通りにならない>女の間に立ち、諭すほどの精神的余裕は無く、侍女長を強引に連れ去り、駆け足で行ってしまった。彼に出来る最善策であった。

「なに、ガラリア、あなたなんか、入室出来る身分と思って?ちょっとぅ、侍女長!」

呼んだが、ガラリア・ニャムヒーは、つかつかと室内へ入り、乱暴にドアを閉ざした。

室内を見渡したガラリア。二間続きの、広い、それは広い、寝室。家具調度は一流品、カーテンは紫のビロード。衣装棚の上には、陶器に彩色を施した、ミ・フェラリオの等身大置物がある。この人形は、アの国随一の調度品メーカーから贈られた、一級品の焼き物であった。

「出て行きなさいよ、ガラリア!な、なによ、その目。」

姫君を睨みつけたガラリアは、黙ったまま、おもむろに、紙人形を差し出した。

安物の色紙、水色と白の、ふにゃっとゆがんだ紙細工を、一瞥した姫は、ぷぷぅっと吹き出し笑った。

「きゃは、なんなの、それ。きったなーい。あなた、折り紙下手くそねぇ。」

「私が作ったのではありません…姫様、これを手にとられよ。」

リムルは、わけがわからなかった。人の寝室に勝手に入り、薄汚れた紙きれを、持てと言うガラリアは、彼女から見れば、極めておかしく、不愉快な人間である。

言われた通りになど、するものか。17歳の少女は、未だに、年長の、女性らしい体格を見せつけるガラリアを、女としての嫉妬で、憎んでいた。

自分は、男性に抱かれる歓びを知らない。だけど彼女は、それを知っている体なのだ。華奢で未発達な自分に比して、ガラリアの肉体美の、存在感のあること!そんな、憎らしい女の言う事など、聞くものか。

(わたしは、お母様に抑圧され、お父様には、好きでもない男と婚約させられ、愛する彼とデート出来ない、世の中で一番不幸な女の子なのよ。ガラリアは、そう、元彼は亡くなったから、それは気の毒だけど、わたしには関係ない事。ガラリアは、昔も今も、自由を謳歌して、外を駆け回って、いいじゃない、なんでも好きに出来て!)

「そんな汚いもの、持ちたくないわ。わけわかんないわ、バカじゃないの。もうっ、ガラリア、早く出てって。お行きなさいよっ」

 ガラリア・ニャムヒーは、憤懣に堪え切れなくなった。彼女は、考えるより先に、口が出るタイプである。相手が姫様だからと、我慢してやったが、限界だ。

「リムル様。これは、このミ・フェラリオは、」

「ミ・フェラリオなの?それが。見えないわ、つぶれたちょうちょじゃないの?」

「お聞きなさい!これは、ゼラーナの攻撃で、死んだ、子供が作ったものです!」

 えっ。

 死んだ?ゼラーナの、こうげき、で?

 ハタ、と気がついた顔をしたリムルに、ガラリアは怒涛が如く、まくしたてた。

「これを作った、6歳の女の子は。園遊会を楽しみに、あなた、リムルひめさまに会いたいと言っていた!チャム・ファウを好きな、あなたへの贈り物だと、何日もかけてこれを作った!そして、この、この…」

リムルへ2歩手前に、詰め寄った、ドレイク軍副団長、ガラリア・ニャムヒーの軍服からは、硝煙の匂いがした。それは現場にいた者の匂いだ。リムルの五感が動き、彼女は、言われている意味が、自分の脳の、外壁にぶつかっているのを感じた。

「この、紙についた色を見られよ!何色でありますか。リムル・ルフト様。いかがか、何色か、言われよ、ひめ!」

リムルは、眼前に、直訴状のように差し出された、紙に、こわごわ、触れてみた。くしゃっとした触覚を通して、

(何回も何回も、折って、また折った、いかにも子供の手で作られた紙工作。)

女の子の、ちいちゃな手の肉感と努力が、しわしわの折り目から伝わってくる。そして、ガラリアが問うた、色とは。

 水色と、白の、紙に…点々とついた、赤。赤。赤。あかい、ちいさな、指紋。

 リムル・ルフトは、慄然とし嘆じ、うなだれ、両手で紙人形を包み、つぶやいた。

「血…赤い、血のいろ。」

「そうです。この子の、血です。ニー・ギブンの爆撃で、この子の父親と、弟2人も、死んだ!重傷を負ったこの女の子は、息を引き取るまで、私の部下、ユリアに願い続けたです。ひめさまに、このミ・フェラリオを、差し上げてと!どうかリムルさまにと、言い残し、彼女は息絶えました。独り生き残ったのは、母親だけ。残された母御のお気持ち、おわかりか。子供に、何の罪があるか。あなたは為政者として、どうなさるべきや、考えられませ!」

 うそ。ニー様は、シイコウドウしただけよ。ドカーンって撃っただけ。バクハツしたら、死ぬのね?…この子は、わたしに、これをって言って、死んだの。

 か、かわいそう…小さい子が、そんな。

 リムルは、まだ、状況が把握出来てはいなかったが、紙人形を両手で包み、じっとそれを見つめた。姫は震えていた。

赤い血の色が、彼女に、現実の、肉体の死というものを、如実に物語ってくれた。

他人様が死んだとわかったならば、どうしたらよいのかと、リムルは、彼女なりに<必死で>思考してみた。

「…ガラリア、では、あのぅ…この子の、お母さんに、お悔みを、伝えて…」

「ええ、そうですな。私は母御に土下座し謝罪したが、彼女は発狂していた。我が子を目の前で殺された親の苦しみ、あなたにも想像つきましょう。そして、姫様。200人以上の死者に、お悔み申し上げましょうぞ!」

 えっ。

 にひゃくにん?うそ。死んだのは、この子たちだけではないの?

 ガラリアは、肩で息をしながら、リムルを見つめ続けたが、実際のところ、もう倒れそうに、疲弊していた。ここへ来るまでに、ガラリアは、何度も嘔吐し、めまい、頭痛がし、時折立てなくなり、生理の日ではないのに、精神的ショックで、出血していた。だが、リムルの前では、泣くまい、膝をつくまいと、回らない舌を、なお回し続けた。

「今夜、円形競技場に、人々が会す事、園遊会に…あなたが出席しない事を、私ですら、知ったのは夕刻になってからです。その頃既に、ニー・ギブンは、着実に、会場に接近していた。よいですか、リムル様…あ、あなたが、」

 ガラリアは、胃から、酸が上って来る味を飲み込んだ。吐きそうだ。だが、頑張る、あとひと言。わからせなければ。言わなければ。この、自覚の無い<子供>に。

「あなたが、敵に漏洩した情報のせいで、何の罪も無い人間が、女子供が、年寄りが、一家の大黒柱が、肉片となり焼けただれ、がれきに潰され、死んだのだ!ニーに、殺されたのだッ」

するとリムルは、途端に、殊勝になっていた態度を急変させた。紙人形を、床に投げたのだ。

「知らないわ!し、知らない。わたし関係ないもの、そんなの、ニー…ニー・ギブンが勝手にしたことでしょう。か、関係ないったらないのよ。言いがかりは、おやめっ。」

 このガキが。関係ない、と来たか。関係ないだと?よくもヌケヌケと。

 この時ガラリアは、あどけないフリをしたリムル、とぼけて罪逃れをする者の顔を見た。死した人々のためにという気持ちに加わり、バーンを取られたという嫉妬が、女の嫉妬が、そのガキっぽい態度への怒りによって、メラメラと沸き起こった。

姫でありながら、姫の自覚無し。領民への配慮が無く。

そして姫であるから、バーンの妻となれる。私の愛する男性を我が物としながら、彼の妻となる資格、愛の無い<女>が。

 ガラリアは、リムルの顔に、人さし指を向けた。真っ直ぐに突き出して見せた。

 バイストン・ウェルの騎士道において、他者へしてはならない礼儀違反行為、地上の欧米と同じく、これは、重篤な無礼であるが、ガラリアは、自分の君主に対して、それをしたのだ。21歳の女は、17歳の少女の何もかもが、許せなかった。

 姫は、泣くフリをしながら、臣下の指を叱責した。

「指を指すのは、おやめっ!ガラリア、もう、出て行って。行きなさい。命令です!」

「リムル様…ゆめゆめ、お忘れめさるな…あなたは、この国の君主である。

昔…ある人が、こう言いました。

国家とは、地を耕し、日々働く平民の、血!血によって出来ている、それが国家であると。血の通うは命。命を守り、育む(はぐくむ)ために、人間は国家を形成するのだと。」

 これは、ガラリアの、死んだ恋人、アトラスが語った言葉であった。ガラリアはそれを口にしながら、彼の声音の思い出に、自分のソプラノを被せていたのだった。

 アトラスを思い出したガラリアは、リムルに指をさすのを、やめた。彼の礼儀正しい態度を、見習うべきだ。副団長は、ゆっくりと、気をつけの姿勢をとった。軍靴のかかとを、カチッと音を鳴らし合わせた。

「リムル様、その、紙人形。しかとお渡ししましたぞ。あなたは、その子の思いを、どうお受け取りになるか?…私の願いであります。人の、血の上に立たれませ、姫様。…以上、ガラリア・ニャムヒー、報告終わりまして御座います。では!」

 きびすを返し、ガラリアは、つかつかと立ち去った。後ろ手にドアを閉め、部屋に残して来たリムルに、思考を飛ばす事はもう、無く。

 嘔吐に耐えながら、なお歩むガラリアは、自らの行く手だけを見ていた。

「明日は、初陣だ!待っていろ、ダーナ・オシー。あれは、私が落とす!」

<次回予告>
BGM ♪ちゃらららっ ちゃらららららっ♪

どもです、セザル・ズロムでーす。
この小説さ、横長すぎて読み辛いって評判でさ、
今回から、ワクで囲ってみたんだけど、どうかな。
ってのが、04/7/3 初掲載時で、
その後、05/4/2、ぜんぶの章をワク使いにしてみたんだけど、

少しは、読みやすくなったかな。え、まだ全然ダメ?テーブル自体がダサい?
そーゆーご意見ありましたら、筆者に、言ってあげてほしいさ。
さぁて、次回の月下の花は。
ガラリア嬢、初陣。ダンバイン×3と一緒に、ギブン領へ突撃さ。
そこへ現れるは、ダーナ・オシーさ。
ギブンの、謎の聖戦士と初接触するガラリア嬢さ!
ガラリア嬢の戦いに、同行するメインキャラたち。トッドは、ショウは、
そして、僕の上官、素人童貞のハンカチさんの活躍は、いかに!
え?ダンバインに乗ってるメインキャラが、もう1人いるって?
誰だっけ。いたっけ?そんな人。じゃっ、またねぃ。

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