月下の花

第58章 ピネガンの思惑


キロン城の来賓室に、娘を連れて入室してきたミの国王、ピネガン・ハンムは、鉄格子のはまった窓を背中にして、緑色のソファーのひとつに腰かけた。窓の外からは、夕焼けに染まる空の色が、赤々とさしこんでいた。王女エレ・ハンムは、立ったままでいた。ピネガンは、直立不動のユリア・オストークと、セザル・ズロムに、いま腰かけていたそのソファーに、座るようにと、すすめたが、男女は、断固として、したがわなかった。

「よかろう、では、このまま話そう。まず、願いたいことがある。わたしは、おまえたちを、捕虜にしようとは考えてはおらぬ。そのように考えたのなら、レッド・バーの砦から、ここキロン城まで、連れて帰ることは、けして、せなんだ。」

間髪を入れずユリアが、くちをはさんだ。

「つまりわたくしたちが、いま命あるのは、陛下のおかげであると、感謝するようにと、そうおっしゃいたいのですか?」

敵意に満ちた言い方に、ピネガンは愉快そうに笑った。

「ハッハッハ!そのほうは、気丈だのう。アの国の女戦士よ、ますます気に入ったぞ。名は、なんともうされる?」

「ドレイク軍守備隊、下士官、ユリア・オストークであります。」

きびきびとこたえた女性に続けて、なのらせたかった男性のほうに、ピネガンは視線を投げた。するとエレ・ハンムの初恋の相手は、やはり快活に返答した。

「ドレイク軍守備隊、下級兵、セザル・ズロムです。」

エレは、心の中でメモ帳をとりだし、セザルさま、セザル・ズロムさまと、愛おしくその綴りを指でたどり、記憶した。そして、セザルの、背の高さに、うっとりとみとれた。なんてりりしいかた。なんて美しいかた。まるで、絵物語に出てくる、緋色のマントをまとった騎士さまそのもの。髪の毛が、背中の真ん中まで長くって。どうしてあのかたの髪の毛は、お馬のたてがみのように、栗色でつやつやなの?あのかたのひとみは、湖の色よりも、もっと青いわ。あのかたの唇って、なんなの。バラの花弁みたいよ。蜂蜜がぬってあるの?男の人のくちもとなのに、ぬれて光ってるわ!

父王は、彼の苗字に、聞き覚えがあった。

「セザル・ズロム?たしか、オーラ・シップ、ブル・ベガーの艦長で、ドレイク軍の参謀殿が…?」

「はい、ミズル・ズロムは、僕の父です。」

ハンム親子ともども、ほう、と感嘆した。参謀殿の子息か。どおりで、有能なはずだ。アの国の、有力諸侯の血統か。どおりで、美しいはずだ。

「そうであったな。そのほうは、ナムワンの甲板で、父の名を呼んでおったな。だがそのように、悲しむべきことではないぞ。わたしは、提案がひとつあって、セザル殿、ユリア殿、お2人をお招きしたのだ。」

しじゅう怒ったような目つきでいる、ユリア・オストークが、対話の主導権をピネガンに握らせまいと、腰かけている国王を、見下ろして言った。

「どのようなご提案であろうと、わたくしたちは、聞く耳、持ちませぬ。ピネガン王、あなたは、敵国の総大将であります。わたくしたちは、騎士道精神にのっとり、自分の所属と姓名はなのりましたが、これ以上のご質問に、おこたえすることは、できません。」

また笑ってピネガン・ハンムは、しかし幾分、厳しい顔つきになり、ドレイク軍の男女に告げた。

「単刀直入に言おう。ユリア殿、セザル殿。ミの国の家臣となって、わたしのもとで、働いてみないか?」

そんなことだろうと思った。ミの国王は、他国で浪人となった騎士を、よせ集めて、自分の軍隊に入れてしまうことで、有名だったからだ。騎士、軍人だけではない。たとえば、レッド・バーの水中要塞を設計した建築家は、建造業がさかんな、クの国の出身で、平民だった。

クの国は、ミの国の東隣に位置し、ビショット・ハッタ王がおさめている。ドレイク軍の同盟国である。

ユリア・オストークは、顔を真っ赤にして、怒っていた。拉致しておいて、なにを言うか。

「お返事するまでもなきこと。そのようなご下問に、答える言葉は、持ちあわせませぬゆえ。のう、セザル・ズロム。」

素直にセザルは、上官の言うとおりだと、うなずいた。

「僕の意志が、ドレイク・ルフトさまにしたがっているのです、ピネガン陛下。僕の父が、ミズル・ズロムでなかったとしても、僕が所属する軍隊は、ドレイク軍のほかには、ありません。」

続けてユリアが、かなり憤ってきて、反発の意志を表明した。

「わたくしは、騎士階級の女ではありませぬ。平民です。ええ、城下町の、商店の娘です。そのようなわたくしを、ドレイクさまは、士官学校に入学させてくださいました。わたくしの学生時代には、考えられなかった、ご英断だったと、胸をはって言えまする。ドレイクさまは、わたくしたち平民にとっては、信望厚いご領主さまであり、わたくし個人にとっては、恩人であります。」

ピネガンは、ふむふむと、聞き入っている。14歳の少女エレは、えっ、この女の人は、騎士じゃないのね、と、その点に驚いていた。30代前半のピネガン・ハンム王は、聞きたかった言葉が、ドレイク軍の男女から聞こえてきたので、ますます興味を深めている様子だった。

「なるほどのう。たいしたものだ。たいした信頼を、勝ちとっているものだ、ドレイク殿は。されば、おまえたちは、金子(きんす)をはずんでも、おどしても、ミの国には、なびかぬものと、わたしは、そううけとって、よいのだな?」

「そのとおりです、ピネガン陛下。」 ユリアが言った。

「そのとおりさ、ミの国の王様。」 セザルが言った。

若い国王が、ソファーから立ち上がり、こう言った。

「よかろう。よくわかった。ユリア殿、セザル殿。」

2人は、身構えた。用済みになった。では、処刑されるのか?ふたたび縛りあげられて、ドレイク軍が進駐してきたときに、人柱にでも、されるのか?

「では、帰るがよい、じぶんの軍へ。」

ピネガンは、来賓室の、扉を、みずから開けて、丸腰の2人を、廊下に出るように、うながすではないか。ハイそうですかと、したがうわけにもいかない。あやしい。ユリア・オストークは、警戒し、廊下のほうを見た。衛兵が、5人は、立っている。ただ出て行ったのでは、武器を持たないわたくしたちは、斬り殺されるかもしれない。きゅうにユリアは、「男に襲われる」という、さきほど感じていた恐怖感が再燃し、足がすくんだ。セザル・ズロムは、それを敏感に感じとり、ユリアの左手を握った。彼女の手のひらは、脂汗で、べとべとだった。どうするべきか!

迷っていたら、ピネガン・ハンムは、このときに備えて連れてきた娘、エレ・ハンムを、彼らの前に、押し出した。エレは自発的にしゃべった。

「どうぞ、アの国の騎士さま。わたしが、帰り道を、ご案内します。どうぞ、こちらへ…。」

りんごのように、ほっぺたを赤らめて、エレは、セザルの花のかんばせを見上げ、衛兵たちは姫君のすすむ道から、数歩しりぞいた。ピネガンは、なにも言わず、階段をのぼってゆき、エレがそのあとを歩いた。

ユリアとセザルの2人は、しっかと手をつなぎ、ふたたび、キロン城の頂上飛行場にやってきた。そこには、7人の騎士が立っていた。藍色の軍服を着こんでいるから、ほかのミの国の兵士と共通した色合いに見えたが、7人の騎士だけが、特徴的なマントを、その背に、まとっていた。マントの丈は、腰がかくれるほどの長さで、色は軍服とおなじ、藍色である。

ものしりのセザル・ズロムは、ユリアの手を握ったまま、ささやいた。

「あのマントつきの軍服は、クの国っぽいさ。なにものだろう?あの7人の騎士…。」

すると、なのりをあげたくて、うずうずしていたと見える、7人の騎士の、首領格らしき男が、声たからかに、こう言った。

「ドレイク軍の若き騎士どのよ、お初にお目にかかる!わたしは、もと、クの国の、王室親衛隊におったもの。アトラス殿の部下だったと言えば、貴公らの上官、ガラリア・ニャムヒー殿には、お見知りおきと思う!」

なんですって!ユリアとセザルは、凝固した。にこっと笑ったのがエレ・ハンムであった。キロン城の姫君が、7人の騎士の前に来ると、7人は、マントのすそを持ち、ひろげて、クの国ふうに、うやうやしく礼をした。エレが紹介した。

「このものたちは、今はわたしの親衛隊なのです。セザル・ズロムさま、ユリアさま。あなたがたの陣営に帰るまで、彼ら7人が、おともいたします。どなたでしたっけ、えと。ガラリアさま?セザルさまの上官ですね。ガラリアさまと彼らとは、お知り合いと聞きましたから、そのかたのおられるところまで、無事におとどけしますから、ご安心ください。」

エレ・ハンムは、父王ピネガンとともに、ここでユリアたちを見送った。ユリアとセザルは、それぞれ馬に乗り、7人の騎士もそれぞれ馬に乗り、彼らに取り囲まれて、山城を下っていった。もう、夜がおしせまっていた。エレは、薄暗がりに消えゆく、初恋の騎士さまの後ろ姿を、いつまでも見送っていた。

「セザルさま…。まちがいないわ。わたしのお慕いする殿方は、あのかただけです…!」


ただセザル・ズロムのほうは、キロン城の姫君の、自分にたいする目つきに、完全に気がついていたものの、ああした、うぶな女の子が、自分に夢中になるのは、わかりきったことだったので、一度もふりむかなかった。

第58章更新後書き

前章へ  次章へ

「月下の花」目次2へ戻る

ガラリアさん好き好き病トップへ戻る