月下の花

第54章 おとり対おとり


赤いドラムロと、青いドラムロが、城壁の手前に到達した。葉陰に身をかくしたガラリアとトッドは、腰を低くし、フルフェイスのヘルメットをしっかりかぶり、様子をうかがっている。トッド・ギネスの右隣に、彼女が、しゃがみこんでいる。自動操縦にセットしておいたドラムロ2機は、高い高い石塀にぶつかったところで、ガシャンガシャンと、足ぶみをしつづけている。それでも、ガラリアたちは、動かない。

砦の兵士たちが、どう反応するのかを、観察しているからだ。

「さて、どう出る。ミの国の戦士たち。ドラムロが無人で、おとりであることは、判明したであろう。私が知りたいのは、昇降口だ。いずれ、誰かは、どこかから、出てくるはず。」

ガラリアは、両眼だけをのぞかせたヘルメットから、特徴ある三白眼で、高さ30メートルはありそうな石塀を見上げた。トッド・ギネスは彼女のとなりで、動悸をはげしくしていた。作戦の行方も気になるし、白兵戦になったら、彼女を守って戦わなければならないし、それにさっき…。

「ガラリアさん。いまさらだけど、さっきは、ごめんな。気がつかなくて。」

まったくドジだぜ、トッド・ギネスさまとも、あろうものが。すぎたことをクヨクヨするぐらい、初恋という難物に、手こずっていた。彼は、彼女の前に出ると、どうしていいかわからなくなる。いつもの、ほがらかな、ひとを笑わせてばかりのトッド青年には、なれない自分を、はがゆく感じた。彼女に、笑ってほしいのに…。

ガラリアは、敵陣を見つめながら、あっさりと返事した。

「前線では、よくあることなのだ。トッドどのも、がまんなどは、されぬようにな。」

こんなふうに気さくに流してくれたので、気が楽になったトッドは、彼らしい、軽妙なジョークを、彼女になげたくなった。

「がまんしなくていいのかい、ガラリアさん。」

「ウム。うーん、砦の反応は、まだないな。」

「俺っち、ガラリアさんの、かわいいほっぺに、キスしたいんだけど、がまんしてるんだぜ。」

いつもなら、誰にでも、こんなことを言っているトッドだ。だが、初恋の相手にたいしては、そうとうな勇気を必要とする告白だった。ヘルメットの中で、白人男性の皮膚の色は、紅色に染まった。彼女、どんな反応をするだろう!ああ、ちっくしょう!心臓が、じんじんしやがる。

するとガラリアは、ヘルメットのなかの三白眼を、ちらっと、トッド・ギネスのほうにむけ、まったく表情をかえず、また砦を見上げて、

「いまは、ヘルメットをかぶっているから、できないよ。」

愛想よく、彼女はこんなふうに答えた。おやっ、脈ありか?作戦中に無駄口たたくなと、怒られるかもしれないと思ったのに、ジョークにジョークで返してくるとは。心臓のじんじんするのが、高ぶった。もうひとことだけ、言っておきたい。

「んじゃ、ヘルメットをぬいだら、こんどはがまんしないことにするよ、ガラリアさん。それに、俺のことは、トッドって、呼んでくれ。聖戦士どのだなんて、よしてくれよ。」

するとまた愛想よく、ガラリアはこう答えた。

「私のことも、ガラリアさん、はよして、ガラリアと、呼んでくれ。私、トッドのこと、頼りになる戦士だと思っている。私がいたらないときは、注意してくれるし、ありがたいよ。これからも、よろしく。」

こんな嬉しいことを言って、彼女は、握手しましょうと、白い右手を、俺に、さしだしたじゃないか!おいこりゃ、おどろきだぜ!

はじめての激しい恋情は、トッド・ギネスのなかで、わきあがり、彼女の手をにぎれる感動に、うちふるえた。彼は右手をのばし、彼女の指にふれた。ひんやりしている!なんてすべすべの肌なんだ!トッドは渾身のテクニックで、握手で性感を刺激するよう、ガラリアの手をにぎった。きつすぎず、ゆるすぎず、熱情をこめて、ガラリアのひとさし指と親指のあいだを、きゅうっと、にぎった。

握手が終わると、ガラリアは、またレッド・バーの砦を見上げる仕事にもどった。トッド・ギネスは、ガラリアがにぎってくれた、自分の手のひらを見つめ、

(おお、ガラリアが触れたこの手!この手で、すぐにでも、マスをかきたい。なんてこった、こんな衝動にかられるなんざ、童貞のころ以来だぜ!)

素直に感動している金髪の青年を、ヘルメットの中から、横目で見やり、あえて無表情に顔を作っていた、ガラリア・ニャムヒー。

彼女は…、昨日か、おとといか、いつ頃からだったか、忘れたが…

ガラリアは、トッド・ギネスが、自分に気のあるらしいことを、もう既に、見抜いていた。

これは、女の勘と呼ぶべき能力の、なせる技であった。トッドは他人の前で、ガラリアへの恋心をにおわせるふるまいは、していない。だが、想われている当人であるガラリアには、その想いは、通じていた。ここ数日の、いくつかの出来事から、トッド・ギネスのそぶりから、ああ、この男は、私に懸想しているなと、感じとっていた。ガラリアの、これを見抜く勘が、精度を増した要因は、なんといっても、彼女に男ができたことである。

ゼット・ライトと抱き合うようになり、女は、男たちが、自分にどんなことをしたがっているのか、どんな目で見ているかを、あらためて学習できるようになった。だから、ゼット以外の男が、たとえば、いまいちばん身近にいる妙齢の青年、トッド・ギネスが、自分に対して抱くであろう感情を、見抜く能力が、研磨されていたのだ。

さらに、男に抱かれている女からは、フェロモンのような、それこそ、オーラ力(おーらちから)と呼ぶべき、生体エネルギーが放出され、よりいっそう、もてるようになるものである。

ガラリア・ニャムヒーは、愛していない男からの、好意にたいして、酷薄だった。握手などをしたのは、わざとだった。トッド・ギネスは、私に気がある。なら、これをむげに拒絶せず、利用する方向に使ってやろう。私に認められたくて、仕事に精をだすように、仕向けてやろう。

トッド・ギネスにとって、人生はじめての純愛を、ガラリア・ニャムヒーは、こんなふうにあつかったのだった。




相反する思惑を抱いた、ドレイク軍男女は、警戒態勢で見張っている、つもりだったのだろう。しかし、異変に気づくまでに、そう秒数は要さなかった。トッドが、先に気づいた。

「ガラリア、うしろだ!兵隊が、あんなにたくさん。」

砦とは正反対の、ガラリアとトッドが歩いてきた方向から、ミの国の猛者たちが、手に剣を持ち、せまってきていた。30人はいる。ガラリアはうなった。

「しまった!抜け道があったのか。トッド、援護を頼む。」

抜刀し、敵兵に向かって行ったガラリアに、トッドは、

「どうするんだ?!」

「斬ってすてるまでよ!」

言うやいなや、女戦士は、屈強な兵士たちと、斬り合いをはじめたが、ガラリアの白兵戦の腕は、圧倒的だった。なにより動きが速い。ばっさ、ばっさと、敵兵を斬り捨てた。男たちは、彼女の道程に、重傷を負い、倒れていった。何人かは、こと切れた。トッドは拳銃で、数人を撃った。たちまち敵兵の数は、10人ほどまで減った。トッドは、ガラリアの技術的な精度の高さと、剛胆な精神力に、感嘆した。剣だけで、敵兵を10人以上も、それもわずかな時間内で、斬り殺すなんて。返り血を少し、軍服の腕にあびて、呼吸も乱していない。

この女性は、生まれながらの、騎士なんだな。そして、長年にわたり、修練をつんでいる。こんなに勇敢で、有能な兵士は、米軍じゅう探したって、1人もいないぜ。

生き残った兵士たちは、敗走をはじめた。彼らの行き先に、抜け穴があるはずだ。ガラリアとトッドは後を追った。ところが、さして距離が離れていたわけでもないのに、見失ってしまった。トッドは、草むらを見渡して、

「神隠しみてえに、消えちまいやがった。このへんに抜け穴があるはずだ。」

すると砦の西の彼方から、爆音が聞こえてきた。湖の西岸、ユリアとセザルが、作戦行動を開始したのがわかった。西岸を行ったドラムロ2機には、パイロットは搭乗したままなのだ。東岸のガラリアたちは、城壁であしぶみするドラムロを見せつけ、パイロットは乗っていないと思わせる。西岸のドラムロも、同様に、ぜんまいじかけのおもちゃのように、石塀に頭をぶつけていても、前へ進もうとしている。敵は、西岸のドラムロ2機も、無人だと思いこむが、

「そうはいかないのさ!」

「いきますわよ、セザル!」

タイミングをはかり、赤いドラムロ2機の、ユリアとセザルは、マシンを発進させた、城壁にそって垂直にとびあがり、砦の屋上にずしんと着地し、ユリア機はまず、物見塔を砲撃した。セザル機はというと、勇敢にも、ダーナ・オシーが出てきた、西の出入り口に、突入した。赤いドラムロが1機、どこかに消えたように、見えた。それほどまでに、セザル機の動きは俊敏だった。

西岸の動きをみてとるや、ガラリアたちも、ドラムロに乗り込むため、走って向かったが、城壁の上から、弓矢が雨のようにふってきた。いま、ドラムロには近づけない。トッド・ギネスが判断に迷っていると、ガラリアは、

「ブル・ベガーが艦砲射撃をはじめるころだ。ミズル殿の援護を待ち、その隙にドラムロに乗ろう。トッド、それより、抜け穴は見つからないか。」

米兵トッドは、林間に見えなくなった人影をさがしていた。

「まるでベトコンだぜ。地下にもぐりやがって、草むらで見えなくするとは。枯れ葉剤でもまいてやろうか。…そうだ!」

思いつくと同時に行動にうつした。トッド・ギネスは、地上からバイストン・ウェルに降下したとき、ポケットにいくつか、地上の品物を入れたままだったが、そのなかに、ジッポーのライターがあった。彼は、喫煙者だった。

「バイストン・ウェルに来てから、やむをえず禁煙生活をしてきたが、ジッポーが役に立つ。さすが、米軍御用達ライターだい。」

草むらに着火した。草を焼き払い、抜け穴の正体を、白日のもとに、さらしてやる。火は、ぼうぼう燃えひろがった。ガラリアとトッドは、風上から様子をうかがっていた。火攻めは、功を奏した。草が燃えつきた地面から、鉄製の四角いふたが見えた。ちょうど人が、2〜3人ずつ出入りできる大きさで、外側には、取っ手がない。熱されて近寄れないが、敵の動きは、読めた。ガラリアは、

「なるほど、この砦には、あちこちに、こうした抜け穴があり、城壁には、門ひとつない構造なのだな。さすが、戦巧者(いくさこうしゃ)で知られる、ミの国だ。」

そのとき、ブル・ベガーは湖の中央まで進み、艦砲射撃をはじめた。ドラムロに降っていた弓が、一瞬、やんだ。ガラリアとトッドはドラムロに乗り込むことができた。ただ不可解なのは、ここにいたっても、ダーナ・オシーも、他のオーラ・マシンも、姿をあらわさないことである。

ガラリアたちのドラムロ2機が、砦の屋上に降りたち、ユリア機に合流して、3手に別れて攻撃した。セザル機は、西のオーラ・バトラー昇降口に入っていったなり、もどってこない。見渡すと、攻撃対象物が、ない。物見塔は、ユリア機が、破壊しつくしていたが、頑丈な石の屋上には、兵士もいなくなっており、4つあるオーラ・バトラー昇降口からは、敵機が出てくる気配がない。これでは、白兵戦をしようにも、オーラ・バトラー戦をしようにも、相手が不在だ。隊長のガラリアが、無線にさけんだ。

「セザル!セザル・ズロム、応答せよ!どこにいる、無事か?」

返事がない。いま、レッド・バーの砦は、建造物として存在しているだけであって、建物に降りたっているのは、ドレイク軍のドラムロ3機だけ。湖から砦にせまってきたブル・ベガーから、ミズル・ズロムの無線がとんできた。

「ガラリア、敵兵はいずこか。」

「ミズル殿、敵の姿が、消えました。城壁より外側に、地面を掘った抜け穴があることを、確認しました。このような秘密通路が、縦横無尽にあると推測されます。セザルのドラムロは、砦の、オーラ・バトラー用の穴に入っていったまま、応答がありませぬ。追いまする!ユリアは北の入り口から、トッドは南を。私はセザルを追って、西の穴から入る!」

艦長ミズル・ズロムは、

「頼んだぞ、ガラリア。」

そう言ってふりむき、兵士に命じた。

「バーン・バニングスへ、ビランビーで発進するよう伝えよ。無線機は使うな。伝令を走らせよ!」

バーンのビランビーは、ブル・ベガーに格納されているわけでは、なかったのだ。おとり対おとり。どちらが、勝つか?レッド・バーの砦戦は、正念場をむかえていた。

第54章更新後書き

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