月下の花

第52章 崖の上のバーン・バニングス


そうだ、自殺しよう。

いや、だめだ。死ぬのは、痛そうだし、こわいし、いやだ。わたしは、まだぜんぜん、死にたくない。

ブツブツゆって、現実逃避をしているバーンは、ビランビーを着地させたが、コクピットのハッチを、開けようとしない。騎士団長の到着を待っているみんなが、ビランビーのぐるりを囲んでいるのが、モニターごしに見える。

もう明けがたがちかく、湖畔には朝の光りが、さしはじめていた。真夜中の戦闘は、物的損害は、大きくなかったが、心的損害が、ただごとでは済まなかった。バーン・バニングスにとって。

ミズル殿が、ユリアが、セザルが、トッド・ギネスが、腕組みをして、ビランビーを見ている。こわくて、こわくて、出て行かれない。

みんなから、座席のわたしの姿は、見えないしくみなのは、わかっている。コクピットから外を見ているモニターは、双方向性ではないからだ。だが、さっきは、ウッカリした!というか、無線機のしくみが、わかっていなかった!声を送りあっている無線機を、オンにしていると、慮外の機体にも、わたしの言葉が聞こえてしまっていたなどと…

わたしは、マーベル・フローズンに、言葉責めをして、ほんのすこし、楽しんでいただけなのだ。まさかそれを…

ハッ。が、ガラリアに、ががが、ガラリアにも、聞かれたッ?

トッド・ギネスが、情け容赦なく、ひやかした。

「おいおいバーン・バニングスぅ。いつまでもグズってないで、出てこいよ。もうどうせ、バレてんだよ。俺っちも聞いたぜ。隅に置けねえなあ−、あんた。」

ユリア・オストークは、ぶるぶるふるえて、怒りで、目をらんらんとさせていた。言いたいことは、山ほどあったが、上官の手前、我慢していた。

セザル・ズロムは、数歩下がったところで、ジト目で、ビランビーを見つめていた。こんなバカ、見たことがないさ。しかも、よりによって、敵の総大将、ミの国王に、こいつのバカ発言を、聞かれちゃったのさ。あーあ、恥ずかしいったらないさ!

その場を収拾したのが、最年長者であるミズル・ズロムであった。現在、参謀職にあるミズルは、元・騎士団長であり、そのころ、副団長だったのが、バーンである。20歳ちかくも年下の部下を、しかりつけるため、ミズルは、自らビランビーのコクピットによじのぼり、ハッチオープンのボタンを押した。ぱかっ。開くと、中のバーンは、座席にうずくまり、両膝を両腕で抱いて、顔をふとももにうずめていた。

そんなバーンの腕をつかみ、引っぱり出したミズルは、死んだフリをしているバーン・バニングスを、ズルズルひきずり、広場に連れ出した。そこは、基地にある、機械の館の前だった。

「バーン・バニングス、きをつけい!」

「はい…。」

「騎士団長バーン!まずもっていかんのは、無線機の使い方を、いまだに理解できていない、そなたの不勉強である。それでも我が軍の、第一パイロットか!」

「は、はい…。ミズル殿、まことにお恥ずかしい。深く反省し、今後の、再発防止に努めます。」

「そんな紋切り型の謝罪など、やめい!ダーナ・オシー1号機のパイロットは、ミの国王、ピネガン・ハンムだったのだぞ。ドレイク様直筆の、宣戦布告状を渡した、その相手に、聞かれてしまったのだぞ。あれを、あれを!」

見物しているトッド・ギネスは、ケッケッケと、声をあげて笑っていた。ミズル・ズロムは、トッドのケッケッケを耳にして、衆人監視のなかで、ドレイク軍騎士団長の恥部を、黒歴史を、問いつめてはいけないと思い当たった。それで、バーンに、ブル・ベガーの艦内に来るよう、うながした。

歩き出そうとしたミズルと、バーン・バニングスの目の前に、

瞳孔を不自然に開いた、ガラリア・ニャムヒーが、つっ立っていた。じっとバーンを見つめているが、表情がまったくない。瞳孔は開いているが、くちはしっかりと、閉じている。バーンは、恐怖にちぢみ上がった。

そうだ、自殺しよう。

自殺したい。自殺すべきだ。どこで自殺しよう。どうやって自殺しよう。ふたたび、現実逃避をはじめたバーン・バニングスにたいして、ガラリアが、発言した。みんなが、その発言内容に注目した。

「…バーン。」

うわー、おかーちゃーん、ごめんよう!バーン・バニングス23歳は、家族と共用しているパソコンを使い、親の留守中にこっそりと、カリビアン・ドットコムの無料おためし動画を見ていたことが、ブラウザの閲覧履歴から、お母さんにバレてしまった、夏休みの中学2年生男子のように、両手で顔面を覆い、真っ青になって、膝をガクガクふるわせた。ガラリアが続けた。

「さっきな…戦闘中に、おまえが、マーベル・フローズンになにか言っていたのが、聞こえたが…あれは、そら耳か?」

手のひらをかえして、うそ明るい声でバーンが、即答した。

「そら耳だとも、ガラリア!」

しかし、現実は厳しかった。無表情のまま、ガラリアは言った。

「そら耳ではなかったようだ。ミズル殿に、おしかりを受けていたではないか。それに、内容が、信じられなかったので、そら耳だと思ってやりたかったが、私はこれで、耳は利くのでな。残念ながら、バーン。私もミズル殿に同行し、ブル・ベガーで、おまえを詰問せねばならぬ。副団長の責務だからな。さあ、行きましょう、ミズル殿。」

スタスタ歩いて行った、ガラリアとミズルと、死体のバーン・バニングスの後ろ姿を見送り、トッド・ギネスは、腹をかかえて笑い出した。

「ぶはーっ、おーっ、腹がいてえ!こいつはけっさくだぜ。バーンの野郎、これから、袋だたきにされるんだぜ!ガラリアさんが、どんな質問をバーンにするのか、聞いてみてえや。」

ユリア・オストークは、上官クラスが立ち去ったので、本音をぶちまけはじめた。彼女は、怒り狂っていた。

「なんてことでしょう!わたくし、バーンさまには、心底、幻滅しました。幻滅どころじゃありませんわ。極刑に値しますわ。敵方の女戦士に、あ、あのような、破廉恥な、おどし文句を言うなんて!」

セザルは、余計なことは言わないので、黙っていた。トッド・ギネスが、ユリアに付け足した。余計なことを。

「おどし文句?ちがうな、ユリアさん。ありゃあ、口説き文句だぜ。バーンは、マーベル・フローズンに、いやがらせを言ったのにはちがいないが、あいつぁ、やる気で言ってたぜ。なにをやる気かって?おうっと、この先を言っちゃあ、俺もバーンと、同じ穴のムジナになっちまうな。女性に聞かせるべき言葉じゃねえってことで。そいじゃ。」




艦船ブル・ベガーに入り、ミズルの船室に引きずり入れられた、死体のバーン・バニングスは、ドアの手前に立たされた。ガラリアとミズルは、椅子に腰かけ、テーブルごしに、バーンの青い顔を見上げた。

バーンは、今までの人生を、走馬燈を見るようにふり返り、現在進行形の辛さよりも、もっと辛かったときのことを思い出して、あれよりはマシ、あれよりはマシ、と、おまじないをくりかえしていたが、無駄だった。なにせ今回の失態は、色事がからんでいる。マーベル・フローズンにむかって、「ぶちこんでやる」「かわいがってやる」「犯してやる」等々と言ってしまい、軍のみんなに聞かれただけなら、まだいいが、よくないが、愛するガラリアに、聞かれてしまったのだ!

かつて、ここまで窮地に陥ったことがあっただろうか。そうだ、肝心な点があるぞ。ガラリアに、バレただろうか?わたしが、ギブンの館で、マーベル・フローズンを、ほんとうに犯してきたことが!もしもそれがバレていたら、わたしの人生は、ほぼ破滅だ。

すると、当のガラリアが、きわめてビジネスライクに、ヒアリングをはじめた。

「まず尋ねたいが、バーン。戦闘中、ダーナ・オシーを拿捕(だほ)した手際は、よかった。だが、無線機の、オン・オフのチェックを、怠ったことは、悪かった。ここまでは、認めるか?」

バーンは、のどがカラカラだった。ほとんど、声にならない声で、

「うむ、認める。」

すると艦長ミズル・ズロムが叱責した。

「ハイ、認めます、と言え!いまガラリアは、おまえの部下ではない。ドレイク軍コンプライアンス担当委員であるそれがしの、助手として詰問しておるのだぞ。」

トイレに行きたいですと言ったら、たぶん行かせてもらえぬだろうな。トイレの窓から逃亡したいが、無理だ。バーンは、蚊の鳴くような声で、ハイ、認めますとこたえた。ガラリアが、また、たんたんと質問した。

「捕獲したダーナ・オシーのパイロットを、捕虜にできると考えて、言った言葉だったのか、あれが?」

バーンは、ない知恵をしぼって、質問で返した。

「あれとは、どの言葉でしょうか。」

ガラリアも聞いていたとはいえ、録音していたわけでもないから、ぜんぶは、覚えていないのではないか。戦闘に必死で、よく聞き取っていなかったかもしれない。バーンは、それらの可能性に、一縷(いちる)の希望を託した。ガラリアは、こう言った。

「こんどは、うしろから、ぶちこんでやろうか、マーベル・フローズン。と、最初に言ったな?こんどは、とは、以前にも、そうした交渉が、あったという意味か?」

なぜそんなに、記憶力がよいのだーっ!窮鼠、猫をかむ。アの国一の美男子とうたわれた面影は、どこにもなくなっているバーン・バニングスは、決死の抗弁をこころみた。

「そのような機会、あろうはずがないでしょうっ。やる気もありませんしっ。ビランビーから見て、ダーナ・オシーは背中を向けておりましたから、ミサイルをうちこんでやるぞと、そういう意味の、比喩で、そう、比喩で言ったのす。」

ミズルが、息子のセザルと同じ色、栗色の眉毛をゆがめて言った。

「つまり、マーベルを、おどすために言ったと申すのか?」

「そのとおりです。」

形勢が、分のいいほうに転がりだした。バーンは、そうだ、脅迫のために言ったという、筋書きに持って行こうと考えた。次に、記憶力が、なぜかこういうときだけ鋭い、ガラリアが、第2のバーンの発言を、一言一句たがえずに申し述べた。

「わたしに、かわいがってほしいのだろう、マーベル・フローズン。と、ここで笑い声。捕虜になり、懇願するなら、犯してやらんでもないぞ。と、言ったな、バーン。個人的な見解を述べると、たとえ脅迫で言ったとしてもだ、下品すぎる。マーベルは、私にとっても憎い敵だが、おまえは、アレか?敵の婦女子に、性的いやがらせをしたいという、願望でもあるのか?趣味が悪いぞバーン。吐き気がするぞバーン。私は少なくとも、バーン・バニングスは、騎士の手本として、全軍の兵士が、あこがれる存在たり得ると思っていたが、今回のことで、かなり評判を落としたと思うぞ。かくいう、私もだ。おまえには、ハァ、失望した。」

好きな女の前で、わんわん泣きたくはなかったが、バーンは、ほんとうは、わんわん泣きたかった。長いセリフで、言葉責めをされているのは、今はバーンのほうだった。年長者のミズルが、これまた、痛いことを言ってきた。

「たとえ無線機で、みなに聞かれて、いなかったとしても。バーンよ、そなたは…騎士道精神を、なんとこころえる。敵であろうとなかろうと、女戦士をはずかしめるような言動は、厳に慎め!それが騎士道精神であろう。」

騎士道精神について、説教をされると、ミズルの顔が、父親バニングス卿と、かさなってみえる。ガラリアも、ウンウンと、うなずいている。

「そなたは、ドレイク軍を代表する立場にあるのだ!とっさの時の油断が、こうした信頼の失墜をまねくのだ。特に、ピネガン・ハンム王に聞かれたことが、実にまずい…!」

ガラリアが報告した。バーンの発言を聞いたピネガン・ハンム王が、わが軍のことを、悪辣非道と評したと。参謀ミズル・ズロムは、あたまをかかえた。

「それは、まずい…なんとも、まずいことになった!この件は、すぐ、お館様にお知らせする。バーン、そのほうは、処分を受けることになるだろう。」

ガラリアが、ただし、コンプライアンス違反で、バーンのビランビーを、前線からはずす処分は、しないでほしいと主張した。自分が、その咎(とが)で、戦力外におかれたせいで、主力部隊に損害が出た事例を、その理由とした。

追って沙汰があるまで、ブル・ベガーから外へ出るな、この船室で謹慎せいと申し渡され、バーン・バニングスは、1人残された。第27章「燃える、ギブンの館」 では、得意の絶頂だったバーン・バニングスは、しっぺ返しをくらって、床に手をついて嗚咽した…。さっき、ドアから出て行くガラリアが、ふりむいて、ふん!と、鼻で笑った。

そうだ、自殺しよう。

バーンは、みたび、現実逃避をこころみた。

第52章更新後書き

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