「月下の花」

第11章 禁、破られる

この章は、2名の、バイストン・ウェル人の独白によって、構成されております。


【独白 1題目】

 それがしは、ドレイク軍騎士団長、ミズル・ズロム。ケミ城戦の直後に、3つの、事件があった。

 ケミ城戦の残務処理に追われ、それがしは、ラース・ワウに、泊り込む日々にあった。本宅に帰ったのは、アトラス殿が討ち死にした日と、昨夜一晩だけだ。本宅と言ったが、それは、宿舎のあるラース・ワウに対して、ズロム邸を指すのであって、本宅の他に、別宅なぞない。決して、それがしには、本妻の他に、かこっている妾とかは、おらぬ。ガラリアの母御、アメリアにすら、決して手を出さなかったそれがしが、そんな事するはずがないであろう…誰に言い訳しておるのだ、それがしは。

 ドレイク様の執務室で、数人の中高年の側近らと、クの国の内乱に加担した言い訳、いや、外交上の書類作成にあたっていた時、執務室の扉がノックされた。この部屋で、衛兵が「誰々が来ました」と告げず、直接、ノックができるのは、勤務年数20年以上の騎士だけである。

お館様が、入れと言うと、入室して来たのは、士官学校の校長だった。見知りの老人は、こう言った。

「お館様、士官学校に入学を希望しております者が、ありまして、その者が、」

ドレイク様は、面倒くさそうに、

「ああ、そういう事は、ミズルだ。ミズル!」

とそれがしに、対処するよう命じられた。執務室から出て、廊下で、60がらみの校長の報告を聞いた。

「ミズル殿、士官学校に、入学を希望する、平民が、来まして御座います」

「なに、平民とな?」

これは、前代未聞の事であった。そも、兵役は、騎士階級のみの仕事であり、闘いは、騎士道精神の発露であるのだから。しかも、雑兵として雇うならばともかく、士官学校に入りたいと、平民から言ってくるとは。

 士官学校は、どれほど家名の高い騎士の子であっても、及第しなければ、卒業は許されない。卒業証書をもらって、正規軍に入った、バーンやガラリアは、入隊した時点で、下士官の位が与えられるが、落第生は、入隊はできるが、下級兵から、始めなければならない規則なのだ。それほどに、士官学校出は、騎士の中においても、エリートなのである。

「その平民の、家業はなにか」

「商家です。キマイ・ラグや、ガッターの殻を、ラース・ワウに納品しております。ルフト領内では、強獣の殻を、一手に握っておる、豪商です。平民でも、没落した騎士よりは、豊かな暮らしをしておりますし、召使いは主人を、あるじ殿、と呼ぶような身分ですな。ミズル殿も御存知でしょう、城下町に店を出している、オストークの店です」

「ああ、あの大店(おおだな)か。」

それがしは、校長の、売り込み口調と、口元の笑みを見て、彼は、相当な額の、袖の下を、オストークの主人から受け取ったに違いないな、とわかった。

「しかし平民では…オストークの主人の、子息か?士官学校に入れたいと申すのは」

「いえ、娘です」

「娘?では女戦士の志願者というわけか、平民の。名は?年齢は?」

「ユリア・オストーク。16歳だそうです。体格等、見たところでは問題はないですし、父君は、騎士階級の家庭教師をつけて、勉学もさせてきたと、言っておりますし。」

ますます、校長の売り込みが、饒舌になってきたな。それがしの憂慮は、まず、お館様の許可が出るかどうか。それと。校長に、厳しく、問い質しておく必要がある。こっそりとだが。

「校長。その、ユリア本人に、その方と父君との、密事はもらすでないぞ」

校長の顔色が、少し変わったが、彼は黙ってうなずいた。それがしも、彼との間には、密事がある。ガラリアの学費の件だ。それがしが出資していたことは、ドレイク様には内密であるから。

 ガラリア本人は、学生時代には、自分の学費は、それがしが言った通り、奨学金だと思っていたようだ。正規軍に入り、自分で給料をかせぐようになってから、理解したようである。お互い、口には出さぬが、彼女が、それがしに報いようと、頑張っている事は、見ておれば重々わかるのだ。それは彼女が、大人になってきた証拠であるが、まだ子供であっては、ユリアという子女に、金子の裏取引を知らせるべきでない。

「たとい、平民であれ、子供に、親が…そういう事は、ふせるように。わかっておるな」

校長への口止めを終え、執務室に戻ったそれがしは、ドレイク様に歩み寄り、説明しようとした。平民ですが、と言うや否や、我らがお館様は、即答したのだ。

「構わん。入隊意欲のある者が出るのは、我が軍の、優秀さの証しである。」

 こうして、我が軍初の、平民出の女戦士、ユリア・オストークは、士官学校に入学した。

 後年、本人の口から聞いたのだが、彼女は、正規軍の女戦士、ガラリア・ニャムヒーに憧れ、父君に、わたくしも戦士になりたいと、ねだったそうだ…




 実は、ユリアの入学を許可した日の、前日に、我が家において、もっと重大な事件があった。それが、昨夜、あわてて本宅に帰った理由である。

 ケミ城戦の痛み、そして悼みが、消えやらぬ、ほんの数日後であり、彼が、士官学校から去った次の日に、平民の娘が、入れ替わるように、入学した事が、非常に印象的であったのだ…

 我が1人息子、セザル・ズロムは、ガラリアより3つ年下である。セザルは、幼少時から、親の言う事を聞かない子供であった。父親であるそれがしは、やんちゃな性格よりも、妙な「持病」があったことを気にかけていた。しょっちゅう、頭痛がするとか、吐き気がするとか、朝起きられないとか、訴えて、寝込むのだ。息子の、聞かん気な性格と相反して、病弱である事が、何より心配であった。そして、家内には、後継ぎ息子が、このような状態にある事を、世間には、なるべく悟らせないようにせよと、命じた。

 セザル本人には、何度も詰問した。本当に病気なのか、なまけ癖なのではないか、少しの頭痛くらいで、勉強や武道の稽古を休んでおっては、騎士としては失格であると。その度に、口だけは達者な息子は、なんやかやと抗弁し、結局、自室に閉じこもってしまうのだ。何度も、ベッドから引きずり出したが、セザルは、それがしが腕力で言う事を聞かせようとすると、父子虐待だーとか、病床者差別だーとか、どこで覚えたのかわからん言葉を吐いて、抵抗した。子供のくせに、まったく生意気な。誰に似たのだろう。

 13歳になり、通常の進学として、士官学校に入れたかったのだが、家内が、こんな性格と病状では、周りのお子さんに、ついて行けないであろうと、それがしに頼み込んだ。あれが、息子を甘やかすから!…それで、入学を1年先送りし、14歳でやっと、学校に通うようになった。馬通学である。

<つまりセザルは、ガラリアが卒業した年に、入学したので、2人は会っていないのだ。そう、ユリアとも。>

 1年以上、まともに通学できていたセザルを見て、それがしはようやく、胸をなでおろしていたものだ。相変わらず、口は生意気であったが。学校で習う事はつまらないとか。教科書で習う内容も、図書室の本も全部、既に読んだ本だとか。

入学前に、自室に引きこもっていた間、本ばかり読んでいたらしいな。まったく…勉学はいいが、セザルのように反抗的であっては、軍隊で使える者にはならぬ。

 それがしは、愛人の、いや、昔の想い人の、娘の世話ばかりにかまけて、実子の教育がおろそかになっていたとは、思わん。騎士道精神、騎士道精神と、口をすっぱくして、躾をしてきた、つもり、である。それだのに、息子の言は、ことごとく、その精神に反するものばかり。剣や弓矢は古いとか、女の子のために決闘するなんてバカバカしいとか、その子の気を引けば済む話しじゃんとか…

いやはや、全く、恥ずかしいせがれである。

 ところが、驚いた事に、学校の実戦教科、剣術や各種武道で、セザルは、なかなかの成績を取るようになったのだ。やはり、病弱と思っていたのは、なまけ癖だったのだ、と家内に言うと、あれは、

「違いますわ、あなた。うちの子は、身体の発達が遅かっただけです。成長期になって、体格が出来上がってきたので、なんでも出来るようになったんですわ。小さい頃から、セザルは、虫や植物や、生き物が好きな、心の優しい子でしたし、勉強も好きなのですよ、そうでしょう」

それはそうだが、それがしは、騎士として、いや…男として?彼には、なにか、問題があるように思えてならなかった。バニングス卿の子息のような、猛々しさや、潔さが、ないような…背は伸びて、体は、日に日に鍛えられ、男性的にはなってきたが…総合成績は、卒業証書はもらえるぐらいになりそうなのだが…

 そんなある日に、あの、ケミ城戦が、あったのだ。それがしは、バニングス卿の子息と、あの、騎士の鑑、アトラス殿との、決闘の、立会人となった。

 彼らの決闘の、真意は、それがしと、バーンの、2人だけの、胸中に収められた。彼女のためとは…

バーンは、あれ以来、石のように黙して、ひたすら職務にのみ、打ち込んでおる。あれだけの激戦を体験すれば、それがしとて、死した若者たちの死に顔が、悪夢となり、うなされて苦しむのに、バーンの心痛は、察してあまりある。だが耐えている。バーン・バニングスも、なんと立派な騎士であることだ。

と、思っていた、数日後の夜、本宅から密使が来た。家内が密使を使って、連絡をよこすとは?

 家内からの、極秘の手紙には、一行だけ、

『早急に、家にお戻り下さい。セザルが、家出をしました』

 それがしは、泡を食った顔を、お館様に悟られぬように、退勤を願い出て、馬を走らせて本宅へ向かった。玄関の扉を叩き開けると、家内が、白いハンカチで涙を拭きながら、

「あなた、あなた、セザルが!今日、帰宅が、あまりに遅いから、学校に問い合わせたら、いつもの下校時刻には、帰ったと、ああ!」

「家に、帰ってないのか、なぜ家出とわかるのだ」

「書置きが、あの子の部屋に!身の回りの物も、なくなってます!下着までないのです、家出ですわ、ああッ!」

「か、書置きを、見せなさい!」

セザルの筆跡になる、薄紫色の封筒は、二つあり、

『パパへ』と『ママへ』と、表に書いてあった。裏には、『セザル・ズロムより』と。

いやあの…こんな時に、こんな解説はしたくはなかったのだが、あの子は、何度、

「父上と言いなさい!もしくは、お父様なら可!」

と叱っても、パパ、ママとだな…ああ、家内は、自分宛ての封筒だけ、封を切り読み、それがし宛てのものは未開封だ、さすが騎士の妻、家族であっても、自分宛てでない、封書を開けて読んだりせぬ、あンアー、なんで、うちの息子に限って、こんなんなのだ!…開封。

『親愛なるパパ、心配しないでね。僕は、諸国漫遊の旅に行って来るだけです。(←思いっきり心配だ!)

常々、パパにはお話ししてきた通り、僕には、士官学校で習うべきことは、もうないのです。(←まだ卒業できてないだろう!お前!)

生まれてからずっと僕は、自分が置かれている立場や、階級や、年齢や、そういった、身分というものについて、考えてきました。この疑問に対する、答えを見つけるために、僕は旅に出ます。(←なんだと?)

1年以上、士官学校という組織、即ち予備役を経験する中で、軍人になるべき基本的なわきまえは、身につけたと思っています。パパが、僕に対して、抱いているであろう、御懸念も、わかる気持ちでいます。(←御懸念だと…いつの間にか、パパにこんな敬語を使えるようになっていたのか…ほろり…はっ、パパではない、父上だ!)

僕は、パパが与えてくれた身分や生活に、不満があるのでは、ないんですよ。ただ、このまま、ここに居ては、いけないと思うのです。今はまだ、わからないけど、この、バイストン・ウェルのどこかに、僕を呼ぶものが、ある気がして、それを見つけに、僕は行きます。平たく言えば、ルフト領内にはないものを勉強するために、外国に行ってきますという意味です。(←…はっ、いかん、またセザルの口車に乗せられるところだった。おい、それを、世間では、家出と言うんだ!)

では、行ってきます。学校関係者には、上手いこと、ごまかしておいて下さい。あと、ドレイク様関係にも。パパなら、できるはずだよ。(←15歳の息子に、できるはずだよ、って言われている、それがしっていったい…)

御迷惑ばっかりかけちゃうけど、パパが僕に望む事は、必ず果しますから、今回のわがままをお許し下さい。

セザル・ズロムより』

「許せるか!この、馬鹿もんが!」

セザルの筆跡に向かい怒鳴りつけ、それがしは、妻宛ての手紙の、内容を尋ねた。さして文面は変わらない。

ただ、母に宛てた手紙の方には、文末に、こう書いてあったのだ。

『18の誕生日に、帰ります。そしたら、正規軍に入ります。下級兵でいいさ!』

「そういう事を、なぜパパに、いや、父上には書かんのだ!おい、追っ手を出せ。セザルの足取りを追うのだ。ズロム邸専属騎馬隊、出撃!」

「あなた、いいのですか、公にしてしまって…」

「ううむ、そうか、そうだな。では密偵だ。ズロム邸専属ガロウ・ラン部隊、出動!」

調査の結果、セザルは、夕方の下校時刻に、一旦、家に戻っていた事が判明した。妻も召使いも、誰も気がつかなかったという。そういう才能は、本当に達者なのだ。誰も気づかぬ内に、かばんを持ち、書置きをして出て行った。

その後の行方は?我が邸宅は、ルフト領の南端にあるので、南方の、フラオン王直轄領に向かった可能性もある。密偵たちが追跡調査したところ、愛馬に乗ったセザルは、領内の西方に広がる、深い森へと入って行ったと判明。

「西の森か、あの辺りは、あの騎士の領地だが、セザルはどこまで行ったのであろう」

あの騎士とは誰であるか、読者諸兄は、覚えておられるだろうか?密偵から、信じがたい報告が来た。

「お館様!セザル坊ちゃまは、西の森にある、あの騎士の邸宅に…寄ったらしく…あのう…」

それがしも、自分の家に帰れば、<お館様>と呼ばれるのである。そんな解説しておる場合か。

「あの家にか?セザルが?まさか…本当なのか?」

ズロム邸専属ガロウ・ランは、事実を、それがしに告げた。

「あの家の下働きの者に、金子をはずみまして口を割らせました。坊ちゃまは、慣れた様子で裏口から入り、つまり以前から度々訪問していたというわけで…小一時間、滞在し、また馬にて、西方へと去って行った、とのことです」

こ…小一時間…あの、美貌の未亡人、しかもルフト領名うての男好き、しっ、しかも、童貞狩りで名高い、あの、

「ロ、ロゼルノ夫人宅に、セザルが、小一時間…そ、その方、この件は、妻には、絶対内密だ、皆に、緘口令を敷け、よいな!1人息子が、家出した上に、そのような事実を耳にすれば、あれは、気がふれてしまう」

それがしは、息子の行方を調べたが、セザルは、西方の森を抜け、一路、リの国へと、向かった事だけがわかった。そして、その後、セザルの消息は、ようとして、わからなくなってしまったのだ。

「リの国か…」

それがしは、セザルがなぜ、リの国へ向かったのか、知るよしもなかったが、リという国には、古い因縁があったことを、思い出していた。泣き臥せる妻に、

「3年後には帰って来るのだ。あれは、しっかり者だから…きっと、立派な男になって戻るであろう。信じて待つのだ。」

と言って慰めながら、セザルの手紙と、それがしミズル・ズロムの、思い出とを、比べていた。


なにかが、大きく変わる予感がしていた。

騎士・アトラス殿が死んだ。

数日後、騎士団長ミズル・ズロムの子息は、士官学校のエリートコースを捨て、旅立った。

次の日、平民から、初めての女戦士となるべく、ユリア・オストークが、士官学校に入学した。

それからほどなくして、半月くらい経った日だったろうか。背の高い痩せた男が、くすんだ金髪を肩まで伸ばした、見知らぬ男が、ふらりと、ラース・ワウに現れたのだ。ショット・ウェポンという名の…地上人が。




【独白 2題目】

 わたしは、エ・フェラリオの、ナックル・ビィ。エ・フェラリオは、全長25センチの、ミ・フェラリオとは違い、コモンや地上人と、同じ大きさの肉体を持つ。しかし、わたしの住んでいた水の国(ウォ・ランドン)には、我らエ・フェラリオしかいないから、わたしは退屈だったのだ。
 何故って?エ・フェラリオは、全員が、女の姿なのだよ。全員が、スーパーモデル級のボデーと、ハリウッド女優顔負けの美貌を持っているにも関わらず。カモシカの脚のような、美脚と美脚の間には、コモン女のあれと同じ、<花>があるにも関わらず。月経は出ないが、入れる穴はあるにも関わらず。

 そうともさ。水の国には、男がいないのだ!水鏡をごらん、わたしの、蛍光ブルーのロングヘアーの輝き。真珠の肌。スレンダーなのに脱ぐとスゴイ、乳房のきれいなこと。ああ、ヤリたい、ヤッてみたい、等身大の男と。

 褥を供にするとは、どんな感じなのだろう?水の国の、女ボス、ジャコバ・アオンは、わたしたちに、ひたすら本を読み学究せよと言うが、わたしは、地上や、コモン界の本を読めば読むほど、男女の交わりに、興味が止まらなかった。地上人とコモン、そしてガロウ・ランも、所謂セックスをして、子孫の繁栄を願うというのに、何故、わたしたちフェラリオには、それができないのだろう?できないのではない、穴はあるのだから、入れたらいいじゃんって話しなのよ。ジャコバは言う。

「バイストン・ウェルは、魂の、安息の地である。バイストン・ウェルの象徴たる我らエ・フェラリオは、肉を持つ者と、交わることはない」

じゃあ、この乳房はなに?赤ちゃんにおっぱいあげるためでしょ。この<花>はなに。男と褥をして、赤ちゃんを作るためのものでしょ。人間は、この穴から、生まれてくるのでしょ。わたしたちフェラリオは、フェラリオの世界に咲く<花>から生まれる、ならば、この穴は、乳房は、なんのためについてるのよ。魂は、肉体を持って初めて魂と呼ぶのではないの?抽象論は、嫌いだわ。理想論は、もっと嫌い。

 だいたいさ、学問熱心なことと、エロ好きなこととを、対極に位置させる考え方が、おかしいっつーのよ。竹宮恵子著『風と木の詩』でも読んだらどうなのさ。ウォ・ランドン図書館の蔵書にあるわよ。

 フン。年齢=彼氏いない歴人生が、何百年も続くなんて、まっぴらよ!

 そんなわけで、わたしは、隙を見て、天上界、水の国から、コモン界へと落ちてきた。水の国の出入り口、ウォーター・ロードを開き、落ちた所は、たまたま、ギブン領だった。わたしの力では、ウォーター・ロードを、恣意の位置で開くことはできないのだ。それができるのは、あのババア、ジャコバだけだ。

 さあ、男狩りだ!コモン界では、水中にいないと死んでしまうのが、難点。空気中でも、過ごせられるのだが、滞空時間は、肺魚並なので、わたしは、イヌチャン・マウンテンの、森の奥にある、小さな湖にいついた。

 水に浮び、頭だけ水面から出して、待つ。シンクロナイズド・スイミング選手のように、待つ。男来ないかしら、男、男…あっ、来た!山間の森の中を、歩いて来る。平民の猟師だね。歳は、30くらいか、ルックスはまぁまぁ。やや太めだけど、顔は中井貴一系、よしいける、食う。

「そこな男子!」

「わぁー、なんだ?!」

湖のほとりの猟師は、ビックリして、猟銃を、水中に落としてしまった。わたしは、流し目しつつ、重々しく言う。

「そなたが落とした銃は、金の銃か?銀の銃か?それとも普通の銃か」

「…普通の銃ですが…」

「そなたは正直者だね。では、ほうびとして、わたしと交わることを許す。来なさい」

「は?」

「来なさいと言うのだ」

「水の中に?え?あんた、エ・フェラリオだろ?交わるって…」

「つべこべ言うでない!わたしがヤれと言ったら、ヤルんだよ!」

1人目の犠牲者は、水中で、3回イキました。コモンは息継ぎしないと死ぬから、やはりシンクロナイズドな状態でやった。猟師が帰る時、そそくさと逃げるように去ったのは、エ・フェラリオだからって、後ろめたい気持ちがあったからか?ま、いっか。あー、美味しかった。褥、最高。やはり、穴がついているのには、わけがあったのだ。

 こうして、湖を通りかかる男たちを、何人か犠牲にしたのだが、何故だか、客足が遠のいた。水中が良くないのかと思い、地面でもハメてみたが、リピーターがないのだ。なんだつまらない。では、人がもっといる所に行って男狩りしよう。わたしは、携帯用水袋を片手に、ギブン領内の、人里へと赴いた。

 街道沿いで、張っていると、黒馬に乗った、騎士が1人、やって来る。歳は、20歳そこそこか。ルックスは、おや、なかなかイイではないか。髪型が、桃色アフロにバンダナな、妙な点を除けば、これは上玉だ。

「そこな男子!」

「オッ、きれいな人だね。エ・フェラリオ?そうか、君が、領内に出没するという噂の、結界破りだな」

余裕しゃくしゃくではないか、こやつ。ふむ、見所のある若者だ。さあ、食おう。

「わたしと、褥を供になさい」

「いいよ。こちらからお願いしたい」

ますます、見所がある。髪型以外。青年は、

「実は俺、まだ童貞なんだよなー。20歳前には勉強しておきたいんだけど、立場上、色々不都合があってね」

と言って、わたしの手ほどきを受けた。場所は農家の、シーズンオフの納屋で4回。初めてにしては、なかなかの腕前であった。彼は、名乗らず、その日だけで去って行ったのが、惜しい。なぜだか、男たちは、リピーターにはならぬのだ。わたしが、エ・フェラリオだからだろうか…

 携帯用水袋が空になると、わたしはまた、元いた、山間の湖に戻るのだった。こんな生活が、2年ほど続くと、コモンでも、わたしの対象外である、女子供やジジイに会うこともある。皆、水の国や、地上の話しを聞かせてくれと、ねだるから、割りといい気分で、喋ってやったのだ。

 しかし、あの、桃色の髪の騎士以来、男日照りになった。平民も騎士も、男は、わたしを見ると、珍しい話しは要求するが、褥は避けるのだ。なんだよ、くっそう、これじゃあ、コモン界に来た意―味なーいじゃん。

 男、男…どうせなら、イイ男と、したい。わたしの好みは、そうだな。

<歳は20代。髪は、プラチナ・ブロンドで、ロン毛じゃない方がよいな。金髪を短く刈り上げて、もみあげが太い、男らしい髪型。瞳は青色がいい。気取らない感じの、ハンサム君。着やせするけど、脱ぐとたくましく、肌は、魚肉ソーセージのようなピンク色の。地上の人種で言うなら、白人の男。そして、ハイパー・テクニシャン。>

ああ、そんな男が、ほしい…しかし、どうしたものだろう?コモン男は、寄り付かなくなってしまった。ではどうしたら…

「そうだ、オーラ・ロードを開いて、地上人を呼び込もう!わたしの好みの男、ハリウッド俳優の、ブラッド・ピットみたいな金髪アメリカ人希望!」

わたしの力で、オーラ・ロードを開くには、月が満ちる夜に、開け開けと念じるしかないが、やってみよう。月は、28日周期で満ちる。次に満ちる時まで、水中で体力を温存するぞ。

 その日が来た。夜、わたしは、湖のほとりに立ち、天空を仰ぎ、一心に、念じた。

「アメリカー、アメリカ、北アメリカ、アメリカ合衆国のー、金髪、金髪、青い目の、いい男、白人のいい男」

全力を投じて、念じた。何十分か頑張っていたら、天空の燐が、轟音と共に、うずを巻き始めた。いける。

「アメリカ!アメリカ!来い、来い、男来いーーーーッ!ヨッ、ハッ、となっ」

 一瞬の閃光がきらめき、どすん、と、わたしの前に、バイストン・ウェルの地面に、人間が…

 白いもやが、その地上人を包んでいる。夜風が、もやを晴らすと。

 寝転がった、人間。亜麻色のロングヘアーに、青い瞳。リーバイス501のジーパンに、赤いネルシャツを着た、カウボーイハットをかぶった…白人だが…

「なんだ、女ではないか!」

「…?…」

「このアマぁ、ひとが苦労して禁破ったというのに!女では、意味がないんだよッ!」

「…?…あ、あなたは、誰?ここは?あたし、落馬して…それで気絶したのかしら」

「お前、なにじんだ」

「???…うちはダラスよ。ア、アメリカじん…あの、ここはどこなの、外国?」

「チッ、アメリカと、青い目しか、合ってないじゃないか。はぁ、はぁ、息切れする、疲れた」

アメリカ女は、起き上がり、キョロキョロと周囲を見渡し、わたしに問いかけをしたそうだったが、女には用はないし、疲労していたので、放置し、水中へもぐって休んだ。

 後日、ギブン領の農民のジジイに聞いた話し。あのアメリカ女は、人里まで歩いて行き、そのジジイに、道を尋ねたそうだ。

「おじいさん、すみません。あたし、頭を打って、一時的な記憶喪失になったみたいなんです。ここは、何州でしょうか。電話貸して頂けませんか」

ジジイは、旅人が道に迷ったのだと思ったらしく、

「だったら、ご領主様のお屋敷に案内しましょう、お嬢さん。わしらのお館様も、若旦那様も、そりゃー、ご親切な方々ですから、ギブンの館に行けば、宿も旅行案内も安心ですじゃ」

 こうして、後年、1人目の聖戦士と呼ばれる地上人、マーベル・フローズンは、ギブン家の傘下に入ったというわけだ。わたしの知ったこっちゃないが。




 事件は、その数日後の真昼間に起こった。湖の水面から、顔を出すと、

「あっ!あれは」

よく晴れた空の中央が光り、竜神の首が如く、青い筒状のものが、上空から、伸びてくる。

「あれは、ウォーター・ロード!ジャコバの追っ手か!」

ウォーター・ロードの形状は、遊園地のプールにある、ウォーター・スライダーを思い浮かべてくれ。人1人が滑り抜ける大きさの、青い強化プラスチック製の、長い長い管が、スルスルとこっちへ向かって来る。管の中には、水流が流れているのだ。

 わたしは湖から飛び出して、走ったが、ウォーター・ロードは、龍の口を開き、追いかけてきて、中から、いやな奴が、現れた。髪は、蛍光グリーン。口紅もグリーン。ドレスは深緑色。

「ナックル・ビィ、迎えに来ましたわよ」

「お前はッ。ジャコバ・アオン直属よいこちゃん部隊の、シルキー・マウ!」

「ジャコバ様が、お怒りですのよ。さあ、ロードにお乗りなさいな」

「怒ってるとわかって、はいそうですかって、帰るバカはいないだろう」

「あなた、結界を破った上に、禁まで破るなんて…なぜ、こんなことをなさったの」

「お前なんかに、説明したってわかんないよ」

「だけど、あなた…あら?ひづめの音が」

騎馬隊が、やってくる。コモンの軍隊だ。どこの連中だ?それだけではない、天から地までと届いている、ウォーター・ロードを、空高くある所へと、大きな鳥のようなものが、飛んで近づき、ロードの周囲を旋回している。翼幅6メートルくらいだ。わたしは、驚いて、思わず唸った。

「なんだ、あれは?空を飛ぶ、あれくらいの大きさの生き物なんか、バイストン・ウェルにいたっけ?」

「あれが、今、ジャコバ様をお悩ませしている、機械なのです」

「機械?地上にあるようなものか。ほお、コモンが乗って操縦しているようだな、あれは。なぜ、あんな乗り物が、バイストン・ウェルにあるんだ」

「わたくしには、わかりませんわ。あなたが、コモン界に降りてから、最近になって、ドレイク軍はあのような機械を、作り始めたのです。ジャコバ様は、あなたの乱行と、機械がバイストン・ウェルに現れたこととに、何かしらの因果関係があると見て」

「知るかそんなもん!」

すると、わたしとシルキーに向かって、騎馬隊が銃撃してきた。ピキュン、ピキュン!と弾丸は、地面や樹木に当たり弾けた。シルキーは、

「まあ、エ・フェラリオに向かって発砲するなんて、コモン界は、ますますおかしくなっているわ」

のん気な奴、と思ったら、騎馬隊の先頭にいた、青い髪の女戦士が、叫ぶ声が聞こえた。

「馬鹿者ども、闇雲に撃つなッ!生け捕りにせよとの、ドレイク様の御命令だぞ!」

<この声を聞いた時、その女の顔を見た時。わたし、ナックル・ビィは、非常に不愉快な気持ちになった。理由はわからない。だが、わたしは感じた。あの女…青いショートヘア、薄緑色の垂れ目、長い耳飾り。この高い声…

…あの女は、わたしの敵だ>

シルキーは、まだ、のん気に構え、

「さあ、ナックル・ビィ。わたくしに続いて、ロードにお入りなさ…」

わたしは、ロードの入り口に座っているシルキーの手首を、掴んで引きずり下ろした。

「あっ、なにをなさるの」

あの女戦士は、敵だ。わたしは逃げなければ。シルキーを突き飛ばして、さっさとロードに乗り込んだ。管の中の、水流は、逆流し、水の国へと吸い上げる。転んでいたシルキーも起き上がり、わたしの後ろから、逆流するロードに乗り込もうとした。ところが、上空にある、空飛ぶ乗り物に乗った、青い長髪の男が、剣を抜き、プラスチック製のウォーター・ロードを、ガンガン叩き始めたのだ。機械の、両翼の中心に立っているその男は、

「ショット様がお作りになった、グライ・ウイングという、この乗り物は便利だな。あのエ・フェラリオを捕えるならば、このウォーター・ロードを破壊すればいいのだ。しかし…機械を手にした途端、エ・フェラリオに対して持っていた、畏敬の念すら、小手先で壊せる気持ちになるから、不思議なものだ」

と、速水奨の声で、つぶやいている。いかん、ロードを壊されたら、つかまってしまう。わたしは、水流をよじのぼり、機械に乗った奴に、破壊されそうな部分を通り過ぎた。筒の壁は、もうかなり穴が開いており、水が外へもれている。後方から、シルキーの、怯えた声が聞こえた。

「なにをなさるの、あなた方、放して下さい、わたくしは、水の国へ帰るのです」

逃げ足の遅い、鈍重な奴め。あの女戦士につかまってしまったらしい。わたしが、雲の中に入り、雲海が見渡せる、水の国の入り口に着いた時、わたしのはるか下で、ウォーター・ロードが折れた音がした。




 ジャコバ・アオン法廷の、被告人席に立たされたわたし。検事は、ハロウ・ロイ。こいつも、ババア直属よいこちゃん部隊だ。ハロウ・ロイが、わたしの罪状を読み上げた。

「被告人、ナックル・ビィ。水の国に住まうべき、エ・フェラリオの掟を破り、コモン界へと降りた罪、及び、禁を破り、ジャコバ様に無断で、オーラ・ロードを開いた罪。被告人が開いたオーラ・ロードにより、地上人が、バイストン・ウェルに、生存してしまった。また、同被告人を呼び戻すために、派遣された有能なるエ・フェラリオ、シルキー・マウは、同被告人が、我れ先にと、ウォーター・ロードに乗り込んだため、コモンに拉致されるという事態にあいなった。こは、重大事件である」

聴衆の、ねえちゃんたちが、まあ、とか、キャーとか、騒いでいる。フン。ジャコバ・アオンが、ババア声で、わたしに言った。

「その方、なにゆえ、このような大罪を犯したか。動機はなんぞや」

「だって、ここには男いないじゃん。男とヤリたいから、コモン界に行っただけよ」

聴衆が、またざわつく。ジャコバの青い顔が、ますます青ざめた。いやあね、ババアの処女って。

「な、なんという、ふしだらな!そ、それでそなたは、ヤ、ヤ…ヤリおったのか!」

「ヤリました。人数は数えてないので、覚えてませんけど」

キャー、イヤーン、まじー、と聴衆が悲鳴をあげた。なにがイヤーンだよ、うらやましいくせに。ジャコバは、ブルブル震え、机をバン!と叩き、更に声を荒げた。

「では、オーラ・ロードを開いたのはなぜか!」

「地上人の、いい男とヤリたかったからでーす」

ジャコバは、めまいがしたらしく、倒れそうになるのを両脇のよいこちゃん2人が、支えた。ハロウ・ロイは、わたしを軽蔑した目で睨んでいる。大勢のエ・フェラリオたちは、口々に、わたしをののしった。フン。アレを知ったら、お前らだって、もっとしたいって思うんだよ!知らないってかわいそう。ジャコバが、意地悪ババア丸出し口調で、わたしに判決を下した。死罪かしら…いや、ヤリたいのに。地上人の、いい男と。

「ナックル・ビィ!そのように、それほど、不純異性交遊がしたいのであるなら、」

 なによ…ババアうぜえ。

「モテなくしてやるわ!」

 え?

「死よりも、辛い、生き地獄に、落ちよ!女の姿でありながら、誰にも忌み嫌われ、見向きもされぬ、焦がれても焦がれても、かなえられない、それが、お前への罰じゃ!とう!」

 ジャコバ・アオンの、呪詛のオーラが、わたしへと注がれた。

 わたしは、薄れゆく意識の中で、

(ああ、プラチナ・ブロンドの、青い目の、白人のいい男。地上人の、アメリカーンハンサム君と、ヤリたかった…)

と、反芻していた…もう覚えてはいない、記憶の彼方へと…逝く…

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