月下の花

第48章 アメリカ人と騎士道精神


セザル・ズロムの提案に、トッド・ギネスは、すぐには反応せず、黙りこくってしまった。セザルは、あれっ?と、拍子抜けした。金髪の23歳アメリカ人は、きっと、ビックリするさと思ったのに、反応が遅い。

腕組みをし、1分間ほど、考えこんでいたトッド・ギネスは、非常に不愉快そうな表情になって、片方の眉をつり上げ、セザルに対して、こう言った。

「…それは、俺とガラリアさんが…、バーン・バニングスと、リムル姫みたいな関係になるっていう、そういう意味なんじゃねえか?」

「ぎょっ!まじ、トッド殿、理解が早いさ。」

トッドの指摘どおりであった。バイストン・ウェルの騎士階級で、密通ならば、女のほうから、男を誘えるが、社会的に正式な婚約は、男同士でなければ、約束できない掟になっているのだ。

バーン・バニングスとリムル・ルフトは、現在、婚約者同士であるが、リムルは婚約前から、敵方のニー・ギブンと密通していることが、内外に知れ渡っていた。娘の恥を打ち消す意味もあり、リムルの父親ドレイク・ルフトが、バーン・バニングスの父親、バニングス卿と婚約の取り決めをした。儀式として行った婚約式典では、ドレイクが、バーン・バニングス・ジュニアにたいして、娘をめとらせたいが、受けてもらえるか、と申し出をし、バーンがこれを受諾した。これをもって、バーンは、リムルの貞操をもらう権利を有したが、リムル本人の意志は、完全にカヤの外にある。

「セザル、俺の考える、真剣な愛ってのはな、そんなものとは、ちがう。そんな前時代的な、女性の意志を無視した、形骸だけの婚約なんか、俺は、ガラリアさんに押しつけたくはないッ。俺が、ほしいのは…彼女の心だ…。」

「まあ、バーンとリムル姫は、悪い例えさ。まずはさ、ガラリア嬢本人に、婚約を申し込むつもりだと伝えるのさ。そのこと自体が、真剣な交際を望んでいるという、証拠になるからさ。ガラリア嬢が、堅牢な騎士道精神の持ち主であればあるだけ、かならず気持ちが、ゆり動かされるさ。なにせ彼女は、昔、婚約してた時期があったから…」

鋭利な刃物で胸をえぐられる、心の痛みとは、このこと。またもやトッドは、恋心に打撃をうけた。心臓から流血する痛みだ。自分より数センチ背が高いセザルに、なぐりかからんばかり、湖の対岸にまで聞こえそうな、怒声をあげた。

「な、なんだって?!ガラリアが、婚約してたって?!どこのどいつだ、いまその男は、どこにいるっ!どうして別れたんだ、くそうっ、殺してやる!」

セザルはあせって、血眼になっているトッドの肩を抱き、けんめいに、なだめた。

「死んださ!」

なぜ呼吸が可能なのか、不思議なくらい、トッドの息はあがり、胸がしめつけられ、苦しんだ。ガラリアが婚約していた?その相手が、死んだ?なぜ…

「ごめんなさいさ、話しの順番が、僕が、悪かったさ。ガラリア嬢が、17歳のころさ。クの国の、王室親衛隊長で、アトラスという男がいてさ。ルフト家とクの国は、そのころから同盟関係にあったから、2人は知り合って、アトラスがガラリア嬢に、正式な婚約を、申し出たさ。2人は仲むつまじく、幸せに付き合っていたけど、国王の弟、ビショット・ハッタ様が、王座をえるために、ドレイク様と手を結んで、当時の王様と、家臣のアトラスを、討ちとったのさ。」

トッドにとって、はじめて恋をしたことも、衝撃だったのに、はじめて聞く、ガラリアの昔話しの衝撃は、すさまじかった。トッドが、故人のアトラスに嫉妬する暇(いとま)もなく、さらに凄惨をきわめた結末を、耳にした。歴史的事実なので、セザルは遠慮なく、だが簡潔に話した。

「ガラリア嬢の婚約者、アトラスの首をとった騎士は、誰だと思う?バーン・バニングスさ。」

激しく動揺はしたが、生来、聡明であるトッド・ギネスは、いまの話しで、すべて合点がいった。そうだったのか、それで、あの2人は…!

青い髪の男女、彼らと出会った夜、バイストン・ウェルに落ちた夜、俺は、2人は兄妹かと思った。それほどに、バーンとガラリアは、長い年月をいっしょに過ごした仲であることを、相思相愛の仲であることを、ある種堂々と、ただ立っているだけで、主張していた。まったく自然体の、バーンとガラリアの様子が、見るものに、愛のありかが双璧であることを語るのだ。彼らは、深く想い合っているにもかかわらず、けしてお互いの意志を確認しようとせず、そればかりか、反目し続けているのは、そういう理由があったからなのか。

トッドは、ガラリアの昔話しを聞いて、自分の恋心も、辛い傷手を負ったが、バーンとガラリア両名の、傷の深さを思い描くと、気が遠くなった。そんな辛い過去を背負って、どうして、平常な精神を保てるんだ?どうして、ガラリアは、バーン・バニングスを、許せるんだ?そこを突きつめて考えてみて、さらに、合点がいったトッド・ギネスは、東西の文物に通じた才人であった。

それが、騎士道精神なのか、と。

セザルに話すと、たぶん、そうだろうさと答えた。アメリカ人青年トッドが、このとき感じたこととは、自分がとりかかろうとしている、人生の命題の、いかに重たいか、であった。男が、ひとりの女を、真剣に愛するという意味の重さだ。彼は、けして、神を呪わなかった。

神よ、感謝いたします。俺に、生涯の恋人を、あたえたもうたことを。

覚悟。なんと呼べば適当だろうか、彼女のなにもかもを、受けいれるということだろうか。男が女を愛したら、彼女が背負っている痛みもすべて、俺がひきうけなければならない。そうしたい。彼女の、喜びも、悲しみも、まるごと、抱きしめたい!これが、愛することだと、トッド・ギネスは結論づけた。

神よ!俺の望みは、ただひとつ。ガラリアの愛を、我が胸に、抱かせたまえ!

そしてトッドは、セザルに、正式な婚約の申し出は、誰にすべきなのかと尋ねた。後見人に申し出るのだと、さっき言っていたが、ガラリア・ニャムヒーに、親兄弟はいないことは、既にトッドも知っていた。

「ガラリアは、ニャムヒー家の、ただ1人のあととり娘なんだろ?親父さんが健在ならわかるが、彼女の後見人って、誰になるんだよ。」

ウーン、困ったさ!言い出したものの、セザルは、実際問題、後見人が、あのひと…になるであろうことが、トッド・ギネスにとって、最大の難敵になるだろうと、予想がついていた。じらしても仕方がないので、彼は教えた。

「うんとね、トッド殿。現在、ガラリア嬢の父親代わりにあたる、後見人はね、僕のパパ、ミズル・ズロムになると思うさ。」

すると、暗かったトッドの表情が、芙蓉の花びらがほころぶように、明るくなった。ミズル・ズロム殿だって!こいつはラッキーだ。あの人なら、話しがわかりそうだ。

「おまえの、お父上か!そういやあ、ゼット・ライトを糾弾したとき、あのかたは、実の娘を汚されたかのように、お怒りになっていたっけな。おう、まったく、頼もしい後見人だい。しかし、どういういきさつで、ガラリアとミズル氏が?」

「パパは、ガラリア嬢の母君、アメリア・ニャムヒー様から、娘の世話を頼むと、遺言を託されたのさ。母君が病死して、みなしごになったガラリア嬢に、パパは学資金を出してあげて、士官学校を卒業して、正規軍に入隊するまで、面倒をみたのさ。」

そうか、奇特なかただと、トッド・ギネスは、展望が開けてきたことに、気をよくしていた。ガラリア本人を口説くのが、まず目の前にある大きな課題で、それは難しい道のりだと予想されるが、男の燃え上がる恋心は、果敢に、敵に打ち勝っていこうと、覇気に満ちていた。その上で、ミズル・ズロム氏に、婚約の申し出をするんだ。息子のセザルが、俺の味方になってくれてるんだ。こりゃ、俺の分は、いいぞ。よし、やるぞ。トッド・ギネスは、自分の顔を、湖面に映し、プラチナ・ブロンドの髪をなでつけて、身綺麗にした。そして、セザルに深く御礼を言い、愛おしい女をさがしに、走って去った。

地上人の、喜び勇んだ後ろ姿を見送り、セザル・ズロムは、誰にも見られていないか、気を配りながら、この先、起きるであろう光景を想像して、背筋を寒くしていた。

トッド・ギネス、あのさ。パパには…ちょっと…問題が…。トッド、あなたが、ガラリア・ニャムヒー嬢の、実の父上に、うりふたつだってことを、パパは、すっげー気にしてるのさ。なにせパパは、かつて、アメリア・ニャムヒー様を奪い合って、ガラリア嬢の父上と、決闘までした因縁があるのさ。もしかしたらパパは、あなたのことを、恋敵と同じように見なして、憎むかも、しれない。


まあ、でもさ、そんなこと心配してたってさ、しかたがないさ。だってさ、

賽は投げられたのさ!

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