月下の花

第47章 レッド・バーの砦


翌日早朝、ドレイク・ルフトが、ガラリア・ニャムヒーと、トッド・ギネスを呼び出した。火急とみえて、命令された場所は、またあの、白い敷石の階段下だ。勇んで駆けつけた女戦士は、思いがけない命令を耳にした。

「2人とも、いそぎ、レッド・バーの砦と戦闘中の、本陣に加勢せい。バーンめ、あの程度の砦に手こずり、増員要求をよこしおったわ。」

苦々しくドレイクはこう言ったが、ガラリアにとっては、吉報である。バラウの背に、青いドラムロと、金髪の青年、トッド・ギネスを乗せ、ラース・ワウを飛び立ったガラリアは、全速力で、本陣に向かった。

国境を越え、ここはもうミの国の領土だ。湖は、藍色に澄み渡り、対岸には、確かに、こぶりな城でしかない、レッド・バーの砦が、そびえ立っている。バラウを着陸させたガラリアは、バーン・バニングスのしつらえた基地が、大規模なことに、目を見張った。

ミの国の豪農の屋敷らしい、大きな建物を略奪し、作戦本部、兼、機械の館に仕立てあげていたバーンは、忙しく走り回っていた。ガラリアが、後方にトッド・ギネスをしたがえて、かつかつ歩いて来る姿をみとめ、

「援軍、ご苦労。後刻、城攻めについて、作戦会議をする。呼ぶまで、ここの様子を見ておいてくれ。」

とだけ、言葉をかけた。ガラリアは、基地を見回った。トッドは、そのうしろを、黙ってついて歩いていたが、ある人物を、目でさがしていた。

倉庫の前に、オーラ・バトラーが並べてある。バーン専用機となった青いビランビーは、1機。赤いドラムロは量産され、今は3機ある。そのうち1機は、背中の羽を大破させられていた。修理にあたっているのが、機械の館の工員たちで、

「あっ。」

無理もない。ガラリアが声をあげ、真っ赤になったのも。ゼット・ライトが、工員たちとおそろいの、デニムのつなぎ服を着て、すすだらけになって、働いていた。大声で指示を出したかと思えば、すぐかがみこんで、ドラムロのコクピットで、なにかを調整している。

相変わらず、彼はすてきだ。仕事に熱中している男性ほど、魅力的なものはない。彼女は、改めて、前線に来ることができたこと、みんなといっしょに働ける喜びを、かみしめた。そして夢中で、ゼット・ライトの挙動に見入ってしまっていたが、なにかを思いついて、ふりむいてみた。いつの間にか、トッド・ギネスはいなくなっていた。今、誰も、自分を見てないことを確かめてから、ゼット・ライトが働いている建物の、裏手に入り込んで行った。

ガラリアのそばから離れていたトッド・ギネスは、目的の人物を、さがしあてていた。

「セザル・ズロム!よう、おまえ、無事だったかい。今、忙しいみてえだな。」

飛行艇ドロ隊に加わっていたセザルは、機体の整備にあたっていた。数人の守備隊兵士といっしょで、ドロの、大きな機体の向こう側には、ユリア・オストークもいたが、セザルは、いつも通り陽気な、トッドの呼びかけにもかかわらず、彼が、内密の話しをしたがっていることを、おももちから察した。仲間にきこえるように、こんなふうに、芝居をした。

「困るさ、聖戦士どの。参戦されるのが、まる1日遅いさ。レッド・バーの砦の、手強いことといったら、ないさ。我が軍、被害甚大さ。聞いてくださいます?」

おしゃべりしながら、トッド・ギネスに近寄り、仲間たちから遠ざかった。トッドとセザルは、杉の林、葉陰が紺色に濃い、林間に移動した。湖のほとりの杉林は、樹木の背が高く、針葉樹のこずえは、厚く青空をおおっている。余人から離れると、セザルは持ち前の機転で、周囲に耳を配った。大丈夫、誰もいない。トッド・ギネスが、思いつめた表情をしているので、本人が話し始めるのを、待っていた。

「セザル、あのな…とつぜん、こんなことを頼むのは、戦時に不謹慎かもしれんし、恐縮だが…おまえにしか、頼めないことなんだ。」

「なんにも、ご遠慮にはおよばないさ、聖戦士どの。なんとなく、相談事があるんじゃないかと、思ったさ。どうか、頭を下げるのは、やめてほしいさ。僕にできることなら、なんでも。」

即答するのに、いっさい躊躇しないセザルだ。セザルは、トッド・ギネスだけは、敵に回してはいけないと、初対面時から、自分に言い聞かせていた。トッドは、セザルがこれまで出会ってきたどんな男よりも、理知のある男だった。そして、味方にすれば、こんなに心強い男もいないだろう。セザル・ズロムも、トッド・ギネスも、双方、打算もあり、人物像もあって、信頼の持てる友人となっていた。

アメリカ人男性は、落ち着きを取り戻し、とうとうと話した。

「俺は、地上人だし、バイストン・ウェルの騎士道精神や、風俗には、まだ、うといところがある。教えてほしいんだが…。」

トッドが、やや顔を紅潮させ、戦争とは関係のない話題なので、恥じていることが、手にとるように想像できたセザルだったが、利口な彼は、トッドが先を言うまで、真剣な表情のまま、待った。

「数日前のさわぎの、ゼット・ライトの、あれな。騎士女性が、男に花を渡すと、どうなるかっていう。あの儀式の意味は、あんとき、聞いたけど、よくわかんねえのが、そのあと、どうなるかってことだ。」

ここまで聞いただけで、セザルにはピンときた。照れてしまっているトッドを助けるために、話題に具体性を持たせた。

「ガラリア嬢のケースは、特殊なのさ。バイストン・ウェルの男なら、受け取って、やっちゃうさ。たとえ結婚してたってさ。だってその関係は、密通で、正式な関係じゃないからさ。男の浮気なんて、どこにでもある話しでしょ?僕は逆に、ゼット・ライト氏が、婚姻を理由に、ガラリア嬢の告白を、断った気持ちが、よくわかんないさ。」

バイストン・ウェル人の質問に対して、こんどは地上人が答えた。

「ゼットの野郎はかたすぎるが、それは、俺たちの宗教観が、からんでるんだ。結婚は、神に誓うものだ。ゼット・ライトは、それを隠してたことに、うしろめたさがあったんだろう。かみさんに対しても、ガラリアさんに対しても。特にガラリアさんは、遊び半分で、そんなことをする女性じゃない。だからゼットは、彼女を受け入れるでもなく、彼女に、うそをついていたことを謝るでもなく、中途半端な反応をするから、彼女を…よくも、彼女の気持ちを、もてあそびやがって!みんなに糾弾されなかったら、あの下衆野郎、吐かなかったんじゃねえかな、結婚してることは。」

おやおや。セザルは、トッドの辛辣さに、驚いた。言い方に、トゲがあるったらない。なるほど、聖戦士殿は、もしかして、ガラリア嬢を好きになっちゃったみたいさ?だから、ゼット・ライトが憎いさ?栗色の長髪をうねらせ、青い瞳をかがやかせて、トッドよりも背が高い美少年は、内心、おもしろくなってきたさと思っていた。

「それで、聖戦士トッド・ギネス。わからない点は、そのあと、というと?」

「昨日な、ガラリアさんが…、ラース・ワウでな…おおぜいの前で、言ったんだよ。リムル姫に、ふられた女のくせにって、ののしられて、カッとなったのかもしれんが…。」

もはや、トッド・ギネスは、らしくもなく、首まで赤くして、あたまをかき、かぶりをふっていた。セザルには隠し立てせず、相談にのってもらいたい。

「彼女、こう言ったんだ。花をささげた男に、操立て(みさおだて)をするって。」

「ふええ。操立てするって?ゆっちゃったさ。すごいさ、ガラリア嬢。」

すると温厚さを、なんとか保っていたトッドが、ほうけた顔のセザルに、食ってかかった。嫉妬で、気が狂いそうだったのだ。

「どういう意味なんだよ!俺にはわからねえ、あんなひどい男を、お、お慕いし続けるんだってよ!宣言しちまいやがった、ガラリアは。とっとと忘れちまえばいいのに、なんであんな男がいいんだ!」

言ってしまって、後悔するか、とも思ったがトッドは、意外にそうでもねえな、と感じた。悩みは、かかえこまないほうがいい。セザルは、金髪のおにいさんの両肩をポンポンたたいて、なだめた。

「冷静になってほしいさ。いい?ちょっと、きついこと言うのさ。たった数日で、好きだったひとを、あきらめきれるわけがないさ。しかも、あなたとは、付き合いたくないって言われたんならまだしも、そうじゃないのさ。ガラリア嬢は特に、思い込みが激しいのさ。トッド・ギネス殿、はっきり言うけど、特定の男に惚れちゃってる女性の気持ちを、動かそうとするには、そうとうな努力が必要で…」

「んなこたあ、わかってるよ!」

怒鳴って、すぐ、悪かったと謝り、金髪を刈り込んだ頭を、うなだれたトッド・ギネス。

セザル・ズロムは、トッドの力になってやりたかった。誰よりも理性的だったトッドが、激情にかられ、おかしくなってしまっている。ガラリアに恋をしてしまったことを、もはや隠さず、5歳も年下の僕の前で、激白している。彼も、感情が激しいひとだったのさ。いらだつ地上人を見やり、おにいさんの両肩に、両手を、置き直して、声をひそめ、驚くべき提案をさずけた。

「ひとつ、方法があるのさ。たぶん、地上人の世界には、ない方法なんだけど。やってみる?聖戦士どの。辛い道だよ。でも、ガラリア嬢には、あなたが真剣だってことは、確実に伝わる方法さ。」

プラチナ・ブロンドが、こうべをふりあげた。ブルーの両眼は見開き、光明を見た。

「なんだって?!せ、セザル。さすが、俺が見込んだバイストン・ウェルの男だ。どんな方法だい。教えてくれ!」

ここはミの国、最前線の基地。深い杉林が、藍色の湖をふちどり、対岸へとつづく。彼方に、レッド・バーの砦が、小さく見える。強敵、ミの国と対陣し、栗色の長髪の、セザル・ズロムは、砦を背中に、すらりとした体格で、両腕を組み、ニヤリとトッドを、見つめて言った。



「ガラリア嬢の後見人に、婚約を申し込むのさ。」

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