月下の花

第46章 トッド・ギネス参戦


夜になり、本館の玄関前にやってきた、ガラリアとトッドは、お互いの視線を、出会わせた。ガラリアが、階段の二段下にいたので、垂れ目と三白眼で、じっと見上げられるかたちになったトッド・ギネスは、恋心の切なさが、いっそう高まった。彼女の白目に、モス・グリーンの瞳、垂れ目をふちどる睫毛は濃く、長く、カールしている。特にガラリアの目元に、色気を増しているのが、下睫毛の濃さであった。三白眼の下部を、丸みをおびた三角形に囲む下睫毛は、上目遣いの彼女のまなざしを、より扇情的に演出していた。トッドは、彼女の色香に、みとれた。

2人は、各部署に、番兵がぬかりなく配備されているかを、点検し終わったところである。ガラリアは、トッドに先に、仮眠をとるようすすめた。2人は、ラース・ワウの見張り番をしなくてはならないから、仮眠も交代制なのだ。

トッド・ギネスは、ガラリアのそばを離れたくなかったが、自分が先に仮眠に行かなければ、軍務熱心なガラリアを、休ませることはできないと考えた。

「それじゃ、0時前には、ここに戻るから。いや、23時前には戻る。無理しないで待っててくれよ、ガラリアさん。」

後ろ髪をひかれる思いで、ガラリアを残し、本館3階にある、寝室にひきあげた。

聖戦士トッド・ギネスの寝室は、入り口手前の廊下に、衛兵が常時2人、立っている。聖戦士は剣客とはいえ、ショウ・ザマが出奔したように、トッド・ギネスも、いつ裏切るかしれないという、城側の思惑が、よくわかる。寝室のぬしには、ひじょうに不快な措置だった。部屋に鍵はかかっておらず、トッドは衛兵に、ごくろうさんと声をかけ、ドアを開け、寝室に入った。

聖戦士用の寝室は、さして広くはないが、こざっぱりとしている。大きな窓を、足もとに臨む位置に、白いシーツで覆われた、寝心地のよいベッドが置いてあり、窓辺には書き物机、小さな食卓と椅子、木製の食器棚には、トッドが好きなブランデーと、グラスが、備えてある。

そして、彼のベッドのわきには、絹糸のような金髪を、腰まで長くのばした、幼い少女がひとり、白い枕をかかえて、白いネグリジェを着て、立ちつくしていた。華奢な体に、無垢な衣装がまとわりつき、少女ならではの、なまめかしい色香に満ちている。その女の子は、部屋に帰ってきた、プラチナ・ブロンドの、顔立ちの整った青年を見るや、

「おにいちゃん!」

うれしそうに、青年に抱きついた。少女の背丈は、男の腹部までしかない。トッド・ギネスは、きわめて優しい声色で、少女の頭をなでて、こう言った。

「ごめんな。今夜は、スーちゃんといっしょに、おねんねは、できないんだ。おうちに帰って、おやすみ。」

14歳か、それ以下の年齢に見える少女は、どうして?と、もの問いたげだったが、子供であっても彼女は、自分が、しょせん妾(めかけ)の身分であることを、自覚させられていた。ラース・ワウにある娼館経由で、貧民街に住むスーの母親のもとへ、女衒(ぜげん)がやってきて、娘を売らないかと、もちかけられた。聖戦士トッド・ギネスの注文、14歳前後の美しい処女に出された銭は、大金だった。スーは、数日前の夜、聖戦士の寝室に、とどけられた。

スーは、こわくて、気持ちのわるい、おじさんに犯されると思い、恐怖にふるえていた。しかし、あらわれたのは、想像していた男性像とは、まるでちがった。若くて、かっこいい、おにいちゃんだった。トッド・ギネスという23歳の青年は、じっさい、とびぬけた美男子ではないが、笑顔のまぶしい好男子であった。スーは、こんなすてきなおにいちゃんが、わたしのいいひとなのかと、歓喜にわきたった。

けぶるようなプラチナ・ブロンドが、天然の巻き毛で、なおさら美しさを増した頭髪。巻き毛を短めに刈り込んでいるのは、米軍スタイルだ。もみあげは長く、ひげはきれいにそっている。トッドの肌は、生粋の白人らしい、桃色だ。感情が高ぶると、とたんに赤くなる。彼の目は、大きめで、瞳は青い。そして、彼が愛したガラリアとよく似た、垂れ目であった。ガラリアと似ていたのは、下睫毛が濃いところも、そうだった。

何にも増して、トッド・ギネス青年の魅力は、声と、しゃべりかただ。音域は、意外と高くなく、男らしい野太さがあり、それでいて、甲高いトーンを、文脈のあちこちにちりばめて、彼の話しを聞く者を、誰彼かまわず魅了した。そして、トッドの舌は、ちょっと、ろれつの回りきらない癖があり、新しく習う言葉をくちにしたさい、きちんと言えてないことがあり、そんなときにまた、「おかしなひとね!」と、聞く者を喜ばせた。

軽妙な語り口は、心地よく響き、おしゃべりがすぎるようで、そうではない。知識人である彼は、しゃべっていいことと、いけないことの区別を、よく知っていた。彼と出会った最初、この男は、おしゃべりで、軽薄だという印象を持つのだが、それはトッド一流の、相手を油断させるための作戦だった。トッド・ギネスの語りを聞いていると、一日中でも飽きない。話題は豊富で、相手に合わせて、快い話しなら、なんでもしゃべった。話し相手を、楽しませるテクニックは、彼の努力の結実であった。

トッド・ギネスは、女好きで、性欲は旺盛で、きわめて絶倫であった。バイストン・ウェルに落ちた、その晩をのぞき、寝室に女を欠かしたことは、一夜もなかった。さいしょは娼婦たちを、毎晩、1人ないし2人、呼び込んで、彼女たちを、トッド・ギネスさまの虜にしてしまった。トッド・ギネスは、体質的に絶倫な上に、とびぬけて床上手であった。彼に抱かれる女たちは、例外なく、彼に惚れて、ぬれきった。そんな女殺しは、自分の手管を、じゅうぶんに自負していた。

そんなトッドは、どうでもいい女を口説く言葉、捨てる言葉、別れかたが、たいへん上手だった。今夜もトッドは、もはや、うざったい子供にしか見えなくなった少女、スーを、お役御免にする仕事を、短時間で済ませた。少女が、くちずけをねだる寸前に、トッドは甘いキスで発言するくちをふさぎ、金髪をほほに抱きよせ、

「今夜はね、ちゃーんと、お着がえをして、お母さんのおうちに、帰るんだぜ。夜風で風邪をひくと、いけないからな。このお城はね、敵に攻撃されるかもしれない。危ないところに、スーちゃんを寝かせることは、できないからなんだよ。わかったかい。いい子だ。」

そうして、トッドはスーを、室外へ追い出して、衛兵にウィンクして合図し、2度と、スーを抱くことはなかった。

男という生き物には、さまざまな種類があるが、トッド・ギネスは、宗教に殉ずる独身男性であり、知的好奇心にあふれた教養人であり、そして、性的には、きわめて、普通の男であった。欲望のはけ口として利用する女は、それはそれとして、必要とした。友人付き合いをする女には、たいへん紳士的に接した。また、キリスト教が教える、汝の隣人を愛せ、には、純粋にしたがって生きてきた。

ただ、トッド・ギネスが、稀有な男であったのは、本日にいたるまで、1人の女に、本気で恋をしたことがなかったという、ただ1点にあった。彼の運命を、決めてしまった女の名は、ガラリア・ニャムヒーであった。ボストンの名家に生まれ、才気に恵まれ、米軍のパイロット候補生として、活躍が期待されていた米国青年の、初恋の相手は、バイストン・ウェルの騎士女性だった。初恋。そうだ、これが俺の初恋だと、トッドは悦びと悲しみに満ちて、つぶやいた。

彼は服を脱ぎ、胸毛の一本も生えていない、桃色の胸板を、白いシーツに横たえた。久しぶりに、独り寝のベッドだ。いそいで、はち切れそうに勃起していた男根をとりだし、マスターベーションをはじめた。思い描くのは、ガラリアのことだけだ。彼女との出会い、今日までに、彼女と過ごしてきた出来事、彼女の姿、彼女の言動を思い出し、

「こんなに俺を興奮させる女が、ほかにいるものか!」

ベッドで、トッド・ギネスは、荒々しく息をはき続けた。ガラリアが鎧甲(よろいかぶと)の下に隠している、真っ白な素肌と、真っ白な思想とを、いとおしく思った。さっき、いちばん彼を、欲情させた、彼女のことば、「私のお慕いする殿方」を、くりかえし、思い出さずにはいられなかった。ガラリアの声は、目を閉じて聴くと、幼い少女の声に聞こえる。

…本物の幼女は、米国では違法になるから、バイストン・ウェルでの特権だと思い、ためしに味わってみたが、なんてこたぁなかった。前戯をしているあいだは、退屈しなかったが、はててみたら、つまらない餓鬼だった。

あんな女どもなんか、比較にならない。誰とも、比較なんかできない。

ガラリア、俺の見つけた彼女は、不思議な幼児性を保ったまま、女体の起伏だけを発達させ、その上、その裸体に、軍装をまとっているんだ。私は騎士だと、そう言った。そのタドタドしい声とは、まったくアンバランスな、毅然とした態度で、ガラリアは、言い切った。「私がお慕いする殿方は」、と。

「ああ…、たまらねえ。あの声、あの唇!言うな、ガラリア、その先を、言わないでくれ。」

きっと彼女の舌は、短くて、ちろちろと動くその舌で、すべき行為とは、キスと、フェラチオだ。トッドの、きれいにむけている亀頭を、ガラリアの赤い唇におしあて、その男の名を、言わせないように、ねじりこんだ。想像の中で、女戦士は、しっとりと笑って、彼のぬれた男根を受け入れ、小さな、おくちにいっぱい、ほおばった。

「ああ…なんてことだ。ガラリア、ガラリア、ガラリア!俺の女だ!俺の恋人だ、彼女は、俺のもの…ウッ!」

驚くべきことに、絶倫の彼が、ガラリア・ニャムヒーにフェラチオをさせた場面を、思い浮かべた刹那、射精にいたった。こんなに早く、いっちまうなんて!

「ああ、ちくしょう!こんなに苦しい気持ちは、はじめてだ。いったい、どうしたらいいんだ…ガラリアは俺の、運命の恋人だ。だが、彼女の気持ちは…。」

ベッドに寝転んで、全裸のトッド・ギネスは、思慮深く、考えをめぐらせた。ガラリアは、俺の初恋の相手だ。彼女を、自分のものにしたい!ぜったいに、譲れない!これは彼にとって、神があたえたもうた命題だった。生命をかけて、挑まなければならない、戦いであった。

悩める青年は、睡魔におそわれ、かくんと、眠りに落ちた。目覚めたら、すぐ、彼女をむかえに行こう…ガラリア…。

ガラリア、俺はきみを…愛している…!!


かくして、ここに、トッド・ギネスが、参戦した。本編の主人公、ガラリア・ニャムヒーを奪い合う、男たちの戦争に。

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