月下の花

第45章 男が女を愛するとき


ラース・ワウの頂上、物見やぐらにいたガラリアとトッドのもとへ、階段をかけあがってきた下級兵が、息せききって、報告した。

「申し上げます。姫様が、お部屋を抜け出し、行方不明になったとのこと!お館様と奥方様から、リムル様をお探しするよう、お申し付けであります。」

聞き終わるより早く、ガラリアもトッドも、螺旋階段をかけおりていた。塔の下、本館の屋上に到達すると、城内は騒然としており、兵士はもちろんのこと、女中や下男たちも総出で、ひめさまー、ひめさまー、と呼びかけている。

廊下の向こうからは、ドレイク・ルフトとルーザ・ルフト夫妻が、はよう探せと、怒声をあげているのが聞こえた。これは変事であり、同時に好機だ。

「ガラリアさん、姫君をめっけて、手柄を立てるチャンスだぜ。」

「言うまでもない。トッド、こっちだ!姫様が、目をつけるであろう場所の見当はつく。厩舎に行くぞ!リムル姫は、乗馬がおできになるから、城外へ逃げるなら、馬を使おうとするはず!」

城内に厩舎はいくつもあるが、かつてリムルに乗馬を教えていたガラリア先生には、世間の狭い姫君が、どこにいる馬を選びたがるか、予想がついた。韋駄天の走りで、目星をつけた厩舎に着いたガラリアは、トッドに静かにするよう、目で合図し、気配を消して、裏の木戸から、そうっと中をのぞいた。

はたして、リムル・ルフトはそこにおり、しめしめ、誰もこの場所に気がついていないと、したり顔で、黒馬のたずなを、とろうとしている。

ガラリアに、うながされるより先に、トッドは、反対側の出入り口のほうにまわった。これで、はさみうち。リムルは、どちらの出口から出ようとしても、つかまってしまう。ガラリアが、凜とした声で、警告した。

「リムルさま。あなたは、包囲されている。無駄な抵抗はやめて、私たちといっしょに、お帰り下さい。」

またあのガラリアが、わたしの邪魔をしたわ!

トッドとガラリアの両名は、馬のにおいでむせかえる、厩舎のなかにふみ込んで、リムルの左右をかためている。脱走計画が頓挫したと、さとったリムルは、烈火のごとく怒り、ニー・ギブンのもとへ行かれない我が身を呪った。そのうらみをすべて、ガラリアにぶつけた。

「あなたなのね、ガラリア。いつも、お仕事ご熱心だこと!今日もお手柄ね、わたしをつかまえることができて。」

子供の愚痴などに、傾ける耳を持たないガラリアは、リムルの腕をきつくつかみ、逃がすまいとしたが、もう逃げられないとわかっているリムルは、八つ当たりをはじめた。

「痛いわね、お離しなさい、粗暴な女!あなたは、そんなんだから、いいひとができないのよ!」

は?なにを言い出すのだこのガキ、という顔で、ガラリアは、リムルを背中から羽交い締めにし、相方に頼んだ。

「トッド、守備隊の下級兵を、呼び集めてくれ。早々に姫様を、お部屋へお連れする。ただし、我が守備隊が、その任をうけもつ。」

トッドは女2人を視界から消さない程度に、厩舎内から外へと後ずさり、おーい、ここだ、姫君をみつけたぞと、通りかかる兵士を呼び集めた。リムルは、自分の言葉に、まったく耳を貸さないガラリアが憎くて、たまらない。なんとか怒らせてやろうと、わめきだした。

「なによ、ガラリア、えらそうに。あなたなんかー!ゼット・ライトに、ふられたくせに!恥をかいたくせに!あんなぶさいくな、地上人に告白して、お花を返されたくせに!」

首を絞めて、殺してやろうかと思った。ガラリアは、またしても、そのネタでののしられ、たいそう腹を立てて、リムルに言い返した。それで、だ。ガラリアの言い返した言葉に、仰天したのは、リムルではなくて、トッド・ギネスのほうであった。

毅然として、ガラリアはこう言い放ったのだ。

「私のことは、どうとでもお言いなさい。ただし、ゼット殿への悪口(あっこう)は、たとえ姫様といえど、許しませぬ。」

トッド・ギネスはこの時、さっき物見やぐらで感じた、胸をさされるような痛みを、ふたたび感じた。うっ、まただ。胸が痛い。俺、どうしちまったんだろう?

そして社会性がなく、男性経験もない、文字どおりの子供であるリムルは、ガラリアが、動じずに、自分をふった男を、どうして立てたのが、わからなかった。

「なによ、ゼット・ライトみたいな、ぶ男!その上、バイストン・ウェルの作法も守らない、無礼者じゃない。あんな男に、お花をささげたガラリア、あなたは、てんでこっけいだわ!」

じたばたするリムルをかかえこむガラリアは、こんどは激高して言った。

「ゼット殿は、高潔な殿方です!リムル様、あなたに、あのおかたを、そんなふうにののしる権利はない。ゼット・ライト殿には、地上に美しいご内儀がおられ、愛し愛されていたとのこと。ご内儀からも、そして私からも、かように慕われるゼット殿は、男ぶりがよいのです。あなたは、男女の機微もわからぬ、お子様なのです!」

トッド・ギネスは、心の底から驚愕した。なんだって、「高潔な殿方」だって?!なんてへりくだった表現をするんだ、この勇ましい女戦士が…。しかも自分をあんなに傷つけた男を、衆人の前で、堂々とかばうとは、どういうことだ。

そうか、彼女の価値観は、現代アメリカ人の俺が考えていた、「男勝りな女」などという範疇とは、ぜんぜんちがうんだ…そして、なんだろう、俺のこの気持ちは…。さっきから、ますます、胸がキリキリ痛む…。ガラリアが、ゼット・ライトを立てれば立てるほど、俺は苦しい。

馬くさい厩舎の中で、藁のけむりをたてながら、女2人はくんずほぐれつ。リムルは、ガラリアの腕のなかで、ばたばたもがき、ガラリアは、ぶん殴りたいのを我慢しながら、リムルを組み伏せた。

ガラリアは、らちもないことを言い合って、時間をつぶす気はなかったので、暴れるリムルを引きずって、やっと厩舎の外へ出た。そこはお城をはずれた裏庭で、城外への抜け道に近かった。

裏庭に集結していた守備隊の部下たちは、女同士の言い合いが、あまりにも、かしましいので、どうしたものかと、顔を見合わせていた。

リムルは、まだまだ黙ってはいない。ゼットへの悪口が封じられたなら、つぎは、じゃあ、ガラリアへだ。

「なによ、わたしがお子様なら、あなたは、いき遅れです!ミュージィ・ポウが言ってたわ。ガラリア・ニャムヒーの相手をするような男は、とうぶんあらわれないでしょうって!ゼット・ライトのおさがりにもなれなかった、あわれな醜女(しこめ)だって!みんな言ってるわ!」

すると、ガラリアは、決定的なことを言ってのけた。みなの前で、威風堂々と。

「醜女でけっこう!私は、騎士であります。騎士女性の誇りにかけて、いったんささげたお花は、まだ、あのおかたのものです。私のお慕いする殿方は、ゼット・ライト殿だと公言したからには、世間からどのように言われようとも、お慕いし続けるのみです。わかるまい、リムル様、あなたには、わかるまい!いちど袖にされたぐらいで、女の操立て(みさおだて)は、終わらぬことを!」

この言いようを聞いて、トッド・ギネスは、身も心も、うちのめされた。「私のお慕いする殿方は、ゼット・ライト殿だ。」「女の操立て」…なんて、なんて、なんて切ないことを言うんだ!

トッドのこの時の感情は、美しいものをみつけた感動であり、激しい欲情をかきたてるものであった。これぞ、激情と呼ぶべき!軍服に身をつつんだガラリアは、敵軍と戦うばかりではない。甲冑をまとったそのままの姿で、「殿方」の足もとにひれふすのだ。そして、「私のお慕いする殿方」に、貞操をささげるのだ…。あの軍靴をはいた足を、おしげもなく開いて…

トッドは、隣人なる女に、みとれて、呆然と立っていた。そして理知の力で、自分が立たされた場所が、なんであるのかを、自覚した。

俺は、こんなにもいい女に、今まで出会ったことがない!

俺は、こんなにまでひとりの女に、惹きつけられたことはない!

こんなにも気高い女に、こんなふうに、まっすぐに惚れられたら…男冥利につきるとは、このことだ。だが、彼女の、「お慕いする殿方」は、俺ではない。

知性が勝るトッド・ギネスには、これ以上の自問自答は、不必要だった。彼は、とうとうこの日、自分の運命を、さとってしまったのだ。

そばにいる地上人男性に、自分がどれほどの衝撃を与えたかなど、露とも知らず、言い切ってガラリアは、スッキリとしたのか、リムルに反撃をくわえた。

「ドレイク様のご心痛もわからず、敵の男にうつつをぬかしているあなたには、とうていわからぬことでしょう。婚約者のバーンにも、相手にされていないかたには、わからぬことでしょう。バーン・バニングスの気苦労も、ラース・ワウでは評判ですぞ。敵方に情報漏洩するしか脳のない、厄介な娘御に、かかわりあいになるのは御免だと。」

「バーン・バニングスなんて、わたしのほうから、願いさげよ!」

「ほうほう、それでなんです。誰も、相手にしてくれないから?それでこんどは脱走か。笑わせないで下さい。守備隊兵士!姫様をお連れしろ。」

裏庭に、ルーザ・ルフトや奥女中たちも、息をきらせて、到着していた。暴れるリムルを、母親の手に渡すと、ガラリアはほっと安心して、汗をぬぐった。

そして、ガックリとうなだれた。任務をはたして、喧騒から逃れてきたが、涼しい木陰に入ると、花壇を囲う赤煉瓦に座り込んだ。ひざを立てて、腰をおろし、ハアッと大きく、息を吐いて、肩より低くをこうべを落とした。

なんだろう、この脱力感。なんだろう、この無力感。もっと怒っていいぞ私。だけど、昨日、ミズル・ズロムから注意をうけた、「内密で済んだことを、おおやけにしてしまった」重さが、よくわかった。リムルにまで、知れわたって…!ミュージィ・ポウが、あることないこと、吹聴して…!まったく、言われたとおりだ。気をつけなければ、ならぬな。今後は、恋の密事は、誰にも知られぬよう、慎重におこなわねば。

「ガラリアさん、疲れたね。冷たいものでも飲もうぜ。」

トッド・ギネス殿は、相変わらず陽気で、親切だな、と、そんなふうに、そんなふうに、ガラリアは軽く感じて、彼がさしだした、冷たいグラスを受け取り、ぐいっと飲み干した。レモネードだった。ちょうど、甘酸っぱい飲み物が、ほしいと思っていたのだ。

ミの国戦役の前線に出られずに、イライラしていたガラリアは、すっかり機嫌を直して、レモネードをくれた地上人に、笑顔をむけた。

「おいしい。ありがとう、聖戦士どの。」

ガラリアの笑顔に、木陰にちらちらさしこむ陽光があたり、ほほには汗が、きらきら光っていた。水晶のつぶのようだ。彼女のほころんだ口元を見たら、男は、そのすべての労が、むくいられる。彼女が、笑顔を俺にくれた。なんて、嬉しいことだろう!俺は、彼女が、汗をかいて、のどが渇いているだろうと考えて、彼女が、いちばん喜んでくれそうな飲み物はなにか、一生懸命考えて、大急ぎで、探してもってきた。冷たいレモネードをあげた。それが成功した。いらだっていた彼女が、俺にほほえんでくれたじゃないか。

たったこれだけのことが、涙がこぼれるほど、嬉しい。幸福…そうか、これが、生きることの幸福なのか。

ガラリア…。トッドは、胸のなかで、彼女の名を呼び、彼女の横顔を見つめた。

21歳。俺より2つ年下。出会った最初は、なんとも思っていなかった。色っぽい系の女だと、やりたいと、ただそんなふうに、俺がどの女を見ても、同じように思うように、彼女を見ていた。

だが、もう、ちがう。世界中でたったひとり、彼女だけは、他の女とは、ちがう。ガラリアを見よ。

ガラリア・ニャムヒーは、青い髪、赤い唇、白い肌。そして彼女の、モス・グリーンの瞳、は、どこを見ているのか?

俺じゃない。彼女は、俺以外の男に、惚れている。いま惚れている男は、ゼット・ライトだ。だけど、俺にはわかる。ガラリアが、本当に愛しているのは、バーン・バニングスだ。

なんにせよ、俺じゃない。ガラリアが見ているのは、俺じゃない。だが。俺は、

俺はガラリアを愛した!恋…そうか、これが、これが、恋だ!

今日、俺の中で生まれた、この感情。俺にとって、まったく新しい感情。これが、恋愛感情だったのだ。男が女を愛するときだ!なんてことだ。俺は、この歳になるまで、ほんとうの恋愛対象に、出会ったことが、なかったんだ。

いま、わかった。俺は今まで、魂から女を愛したことは、一度もなかったのだ。星の数ほど、女は抱いた。本気で惚れた女だって、何人か、いたかもしれない。ボストンのハイスクールで、付き合ってたあの子や、入隊した基地で、知り合ったあの子。今にして思えば、ゲームを楽しんでいただけだ。女を、自分のものにするための、駆け引き。支配欲。そして、ただの性欲だ。

明らかにちがう。俺は、ガラリアが喜ぶことなら、なんでもしようと思う。ガラリアが、苦しんでいたなら、俺の命をかけて、助けようと思う。ああ、胸がしめつけられ、そして張り裂けそうだ。

俺は、うまれてはじめて、ひとりの女を愛した!俺の人生で、ただひとり、愛する女は、ガラリア・ニャムヒーだったのだ。


バイストン・ウェルに落ちてきた夜、俺はこうなる運命にあったのだ。おお、神よ!!

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