月下の花

第41章 ゼット・ライトの謎


夕刻になり、ゼット・ライトが、ガラリア・ニャムヒーをふったというニュースが、年長の指導者たちの耳にも、とどいた。激怒した中年騎士が、ここにひとり。

会議室にいた、参謀ミズル・ズロムは、息子のセザルから、詳細を聞くと、怒りにまかせて抜刀し、剣をふり回し、テーブルをひとつ、たたき割ってしまった。セザルは、ドン引きした。

「ちょっ…お、落ちついたほうがいいさ、パパ。」

「だまらっしゃーい!セザル、おまえには教えてある。ガラリアは、それがしの養女に等しいのだ!小汚い機械屋が、騎士の子女に、恥をかかせたのだぞ!アメリア殿の娘御の名誉を、それがしは守る義務がある!こうなっては、ただでは済まさぬ。ゼット・ライトと、決闘あるのみ!」

セザル・ズロムの制止を聞き入れず、ミズル・ズロムは、ゼット・ライトはどこだと息をまき、2階会議室を出て、本館の1階、大ホールにおりていった。ざわざわと、人垣でいっぱいだ。ちょうどそこには、関係者各位がそろっており、このゴシップについて、議論を交わしていたのだ。

まずは、守備隊下士官、ユリア・オストークだ。ゼット・ライト糾弾派のトップである。ユリアは、参謀ミズル・ズロムが、階段をおりてくるのを見上げ、敬礼した。ミズルが、ユリアに質問した。

「オストーク下士官、ふとどきもののゼット・ライトは、いずこかッ!」

ユリアは、きびきびと返答した。

「ハッ、機械の館の、個室に籠城しております。現在、わたくしの部下47名が(←多い)、投降を呼びかけておりますが、出てくる気配はありません。」

あらぶるミズルは、命令した。

「てぬるい!扉など、打ちくだき、きゃつを引きずり出してまいれ。ここがよい、本館の大ホールに来いとな。」

ユリアは伝令を出した。セザル・ズロムは、ホールのすみに、小さくなって隠れた。今夜にかぎっては、パパと、ユリア嬢の剣幕が、怖くてしかたがなかった。

続いて登場したのは、トッド・ギネスであった。アメリカ人である彼は、ホールにいるおおぜいの、質問責めにあっていた。地上では、女性から誘っているのを、断ってもよいという風潮があるのか、と。トッドは、半ばおもしろがって、答えていた。

「ないない、そりゃない。据え膳くわぬは男の恥、って、ことわざがある。そりゃ、あんたがたの言うような、騎士階級の掟ではないけど、普通の男なら、そのシチュエーションで蹴るなんざ、ないねえ。俺っちにも、合点がいかねえよ。ゼット・ライトは、なにを考えてんだか。」

待てよ?ゼットと同じ、マサチューセッツ州の出身であるトッド・ギネスは、なにかを、思い出しそうになった。

第29章「ラース・ワウ大宴会」で、ゼット・ライトが、改めて自己紹介をしたさい、トッドには、既視感があったのだ。俺は、地上にいたころ、ゼット・ライトをどこかで、知っていたような気がしたんだ…?

(注:アメリカ合衆国東部、マサチューセッツ州にある港湾都市、ボストン市が、トッド・ギネスの出身地。ゼット・ライトは、同州の西部に位置する工業都市、スプリング・フィールド市が出身地で、母校のマサチューセッツ工科大学は、同州の学園都市、ケンブリッジ市にある。ケンブリッジ市と、ボストン市は、チャールズ川を南北にへだてて、隣接している。)

大ホールは、大理石の床に、赤いじゅうたんが敷きつめてあり、壁際には、いくつかベンチが置いてある。2階へは、正面に幅広い階段があり、ミズルがおりてきた階段の一段、一段にも、赤いじゅうたんが敷いてあった。

かたすみのベンチには、騎士団長バーン・バニングスが、へんてこな表情をして、腰かけていた。彼の顔は、お刺身の活き作りにされた魚のおかしらのようだった。目玉はでんぐりがえり、左右が、あさっての方向を向いており、くちはパッカリ開きっぱなしで、これぞまさに、死んだ魚のような顔、であった。

バーンにしてみたら、愛しのガラリアが、ゼット・ライトに、いいことをさせてやろうとした、それだけでまず、1回死んだ。次に、憎むべき恋敵となったゼット・ライトが、そんなうらやましいことを、拒絶した段で、また死んだ。

解せぬ…。バーンは、解せぬ…ばかりを、繰り返していた。死んだ魚の顔になってもまだ、この評定のゆくえを、ゼット・ライトの謎を、知りたかった。

すると、階段上から、ショット・ウェポンと、ミュージィ・ポウが、手をとり合い、しずしずとおりてきたので、みなが取り囲んだ。

まず、ドレス姿のミュージィ・ポウが、大ホールの群衆を見渡し、いやみな口調で、こう言った。

「おやおや、このように、さわぎがひろまっては、かわいそうにガラリアは、とうぶん、人前に顔は、出せぬであろうなあ。」

ガラリアの親友ユリアは、むっとして、ミュージィをにらみつけたが、騎士階級の最高位をめざすミュージィは、平民出の下士官など、鼻であしらった。さらに彼女は発言した。

「ねえ、ショット様。あなたさまは、地上人でありながら、バイストン・ウェル騎士道に、厳密にのっとり、わたくしの父に、婚約を申し出られました。そして、わたくしたちは、父の許可を受け、正式な婚約者として、こうして、堂々として、おられますの。ひきかえ、同じ地上人でも、あの肌の黒いゼット・ライトは、ショット様の慇懃さの、かけらもない、無礼者です。

なんと、ガラリアのあわれなことよ。騎士の娘が、作法にのっとって、花を贈ったとゆうに。男のほうから、いらぬと返されたとはなあ!ニャムヒー家のあととり娘は、かような醜女(しこめ)かと、語り草になろう。」

この演説を聞き、ユリア・オストークは、ますます怒り狂った。ミュージィの言いかたは、非常に差別的ではあるのだが、まったく正論であったからだ。

トッド・ギネスは、同国人のショット・ウェポンに、かけよった。ゼット・ライトの謎について、ショットの見解を聞きたかったのだ。

プラチナ・ブロンドのトッドと並ぶと、金髪でも、黄色みがかった髪を、うなじが隠れるほどに伸ばしたショット・ウェポンは、トッドの、マサチューセッツなまりを、しばらく聞き流していた。

「なあ、ショット。おまえさん、この件について、なにか心当たりがあるんじゃねえか?ゼット・ライトとのつきあいは、長いんだろ。」

ショット・ウェポンが、重々しく、そのくちを、開いた。

「そうだ。わたしは、知っている。ゼット・ライトが、ガラリアの申し出を、なにゆえ、拒絶したのかを。」

大ホールが、おおーっ!!という歓声で、わきたった。

ショット・ウェポンの言葉に、ゼット糾弾派のミズル・ズロムと、ユリア・オストークは、驚嘆してふりむき、注視した。トッドは、謎ときへの興味に、ピュウと、口笛をふいた。死んだ魚顔のバーン・バニングスでさえ、ベンチから立ち上がり、ショットの見解を聞こうとした。大ホールのすみに隠れていた、セザル・ズロムですら、真相を知りたくて、ショットの近くによってきた。

ゼット・ライト三部作、第39章「ゼット・ライト事件」第40章「ゼット・ライトの悲劇」、そしてこの第41章「ゼット・ライトの謎」が、いまここに、クライマックスをむかえようとしていた!

金髪のアメリカ人、ショット・ウェポンは、名探偵よろしく、大ホールにいた人々にむけて、解説をはじめた。

「ゼット・ライトは…。」

その瞬間だった。ラース・ワウ本館、1階大ホールの、玄関の扉が、ばたん!と、大きな音をたてて開かれ、守備隊下級兵47名に(←多い)、拉致されてきたゼット・ライトが、ころがるように、ホールの床に、投げ出されたのだ。

大柄だったはずの、ゼットの体は、今日一日で、ゴボウのようにやつれはて、褐色の肌は、ナスビのように青ざめていた。誰にも会いたくなくて、引きこもっていた自室から引きずり出され、糾弾会場に連行され、いま床にはいつくばって、彼はそれでも、自分の秘密を、自分以外の人間のくちから、バラされることは、拒否したのだった。

「おれが、自分で言うから、ショット!わけを話すから、みんな聞いてくれ!」

ミズル・ズロムが、しかりつけた。

「だから、はよう説明せいと、言っておる!」

大理石の床に、ひざまずき、ゼット・ライトは、のどをしぼり、こうさけんだ。




「おれは、結婚してるんだ!地上に、スプリング・フィールドに残してきた、ワイフがいるんだよ!」




…どれぐらいの沈黙が、続いただろうか…


静まりかえった大ホールに、居残っていたのは、真犯人ゼット・ライトと、同じアメリカ人のショット・ウェポン、トッド・ギネスと、情報収集家セザル・ズロム、だけだった。ほかの全員は、あきれはてて、とっくに帰ってしまっていた。時刻は、22時をまわっていた。

ユリア・オストークは、医務室で、寝逃げをしていた親友ガラリアのもとへ、この知らせを持ち帰った。瀕死のガラリアは、医務室のベッドから、うなりながら起き上がり、

「なんと、ゼット・ライトには、御正室が、いると…?そのかたの、お名前は、なんというのだ?」

ユリアが、疲れはてた顔で、聞きかじりを伝えた。

「ダフィー・ホープ・ライト。ダフィー殿と、いうのだそうです。」

かわいそうな半死人、ガラリアたんは、インコのように、くりかえした。

「ダフィーどの。」

ガラリアさま、そんな化粧くずれのすさまじいお顔で、どこに行かれるのですと、ユリアがとめるのも聞かず、朝、出たときと同じ乗馬服のまま、ガラリアは、大ホールに向かって行った。ユリアも後を追った。

大ホールでは、相も変わらず饒舌なトッド・ギネスが、ブランデーを飲みながら、アメリカ人同士の飲み会と化した会場で、語り明かしていた。

「おっどろいたぜ!東部でもっとも美しい黒人女性が、マサチューセッツ工科大にいるって、新聞にのっていた、あのダフィー・ホープが、あんたのワイフだったとはなァ!」

謎とき役を、真犯人に持っていかれて、いささか不満だったショット・ウェポンも、婚約者ミュージィにまで、「なんですの、その、くだらないオチは。わたくし、先に休ませていただきます。」と言われてしまい、星条旗集会に、居残るしかなかった。ショットは呼応した。

「聖戦士殿は、マサチューセッツ州ボストンにお住まいなので、ご存じのはずと思っていました。天才工学者、ダフィー・ホープの名は、州全土に、とどろいておりましたでしょう。」

ダフィー・ホープは、有名人だった。トッドは、地元新聞で読んで、ゼット・ライトではなく、その妻のほうを、知っていたのだ。マサチューセッツ工科大に、アフリカ系アメリカ人で、黒真珠(ブラック・パール)と呼ばれる、なみはずれた黒人美女がいると。

トッドは、妬けるぜこの色男と、ゼットをはやし、また、励ました。

「そうだったのか、ゼット…。ダフィー・ホープが、学生結婚したと報道されたときゃあ、驚いた。相手は、どんな男だよってな。思い出したよ。俺ァ、そんとき、あんたの名前を、新聞で読んだんだ。なにせ彼女は、天才工学者として有名だったし、黒人解放運動の、オピニオン・リーダーでもあった。その上、あの美貌だ。」

アメリカ人男性3人は、気がついていなかったが、大ホールに、くたびれた服装のガラリアと、つきそい看護婦のユリアが、到着しており、話しに聞き入っていた。セザル・ズロムは、青くなって、右往左往した。ガラリア・ニャムヒーは顔面蒼白、ゼット・ライトの黒人妻への賛辞を、呆然と聞いていた。

ショット・ウェポンも、ゼット・ライトの妻を、ほめていた。

「ダフィーには、シリコンバレーだけではなく、モデル業界や、ハリウッドからも、スカウトが来ていたと聞いたが?」

その夫は、ブランデーをかたむけて、やけ酒をあおった。

「ああ、ショット。ワイフは、背が高く、やせ型で、現役モデルばりのプロポーションをしてたから、モデルか、女優になれっていうスカウトが、それはもう、うるさかった。ダフィーはそれを、いやがってね。彼女の興味は、研究と、おれへの愛しかなかったんだ。おれたちが、修士課程に入ってすぐ、彼女から、結婚しようと言い出した。それで、式を挙げたんだ。」

「するってえと、結婚歴何年で…」

トッド・ギネスは、遠慮がちに尋ねた。思い出すのは、辛いはずだからだ。ゼットは、ハスキーボイスで話した。

「結婚して3年。幸せだった。ダフィーは、おれの最愛の妻だ。あの日、おれは、今夜は残業で遅くなると、妻にキスをして、アパートを出た。スプリング・フィールドの勤務先で、遅くまで仕事をしていた。ちょうど、いま時分ぐらいの時刻だった。とつぜん、タイムワープをしたか、ブラック・ホールにのみこまれたか…目を覚ましたときには、この城の、中庭にいた。」

オーラ・ロードがひらかれた夜、ゼット・ライトが、目をあけて、最初に見た、バイストン・ウェルの女性が、いま、大ホールにきていた。

うなだれたガラリアと、ゼットの、目と目が合った。

ユリアとセザルは、息をのんで、なりゆきを見守っていた。ショット・ウェポンとトッド・ギネスも、押し黙った。

静寂のなか、化粧くずれで、まだらになった顔の、ガラリア・ニャムヒーが、悲しみにうちひしがれて、こう言った。

「ゼット・ライト、よく、わかった…あなたは、ご内儀、ダフィーどのを…愛しておられるのだな。」

彼は、静かに、きっぱりと、返答した。

「そうです、ガラリアさん。おれの愛する女は、世界でただひとり、ダフィー・ホープ・ライトだけなんです。妻と結婚して、3年。だが、生き別れになって…。バイストン・ウェルで、あなたに出会い、惚れ続けて、3年。ずいぶん、迷いましたが…。もう2度と、会えないとしても、結婚している妻を、裏切ることはできなかった。

わかって下さい、ガラリアさん。本当に、ごめんなさい。」

ガラリアは、こくんとうなずき、とぼとぼと、ホールを出て行った。ユリアとセザルも、後に続いた。

ショット・ウェポンも、おひらきですな、と言い、寝室へ去った。トッド・ギネスは、ふあーあと、大あくびをして、三部作の主人公、ゼット・ライトの肩に、ぽんと手をのせた。

「お疲れさん。」

「ああ、トッド…。おやすみ。」

しかしトッド・ギネスは、最後に、こう付け足すのを、怠らなかった。

「さぞかし、辛かっただろうな。愛妻と引き裂かれた悲しみを、バイストン・ウェルでの新しい恋で、補填しようとした気持ちは、わかるぜ。

だけどな、ゼット・ライト。これだけは、言っておく。

バイストン・ウェルに来て3年も、結婚していることを、秘密にしていたのは、男として卑怯だ!そのせいで、ガラリアさんを泣かせたんだ!

けっきょくあんたには、打算があったんだ。妻の存在を隠し通して、あわよくば、ガラリアさんをものにできればっていうな。ちがうか?それでいて、いざとなったら怖じ気づくなんて。ガラリアさんが、どれだけ傷ついたと思う?既婚者だと、打ち明けておけば、こんな悲劇は、起こらなかったんだ。

ガラリアさんの性格からして、彼女は、あんたに正妻がいると知っていたら、けっして告白なんざ、してこなかっただろう。あんたは、それをわかってた!わかってて、だから隠した!

ゼット・ライト、あんたは、偽善者だ。」


そして、大ホールには、ゼット・ライトひとりが、残された。

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