月下の花

第40章 ゼット・ライトの悲劇


いま、そら耳が聞こえたようだ。

ピクニック用の敷きものから、しりぞき、草の上で、土下座をしている男がいる。顔を地面にふせて、平身低頭、謝罪の姿勢だ。

ガラリアは、意味がのみこめなかった。とうてい、ありえない返事だ。だって、ゼット・ライトは、私のことを、好きなはずだ。バイストン・ウェルの、お花の儀式の意味も、じゅうぶん知っていると、彼自身が、説明したばかりではないか。

そら耳にちがいないと決めつけ、ガラリアは、頭を上げない彼の肩に、手を置き、

「私、聞きちがいをしたようだ。ゼット、これ、ほら、お花。うけとってくれ。」

するとゼットは顔をあげた。泣いていた。大の男が、女の前で、ぼたぼた涙をこぼしている。

「ガラリアさん…。あなたの気持ち、うれしくて、うれしくて、おれは…。」

そうか、感動しすぎて、おかしくなっているのだな。うふっと笑ってガラリアは、もう我慢できない!感きわまった彼女は、うずくまるゼット・ライトをひっぱりおこし、彼の太い首に、抱きついた。ああ、あったかい、ゼットの胸板。

「ああん、ゼット。私も、うれしい。ずっとあなたを、好ましいと、思っていたのだよ。気がつかなかった?」

抱きついたガラリアは、彼のみぞおちに、乳房をグイグイおしつけ、あふん、あふん、とあえいだ。うれしくて、たまらなかった。このときガラリアは、ゼット・ライトに猛烈に惹かれていた。私に、こんなにいい彼氏ができる。うれしい!言葉に出して、彼に伝えたい。

「ゼット・ライト。私、好きなのだ…ほんとうに、好き。私の大事にしてきたものを、ぜんぶ、ささげます。」

言って、真っ赤になり、ほてった体を、彼の胸にまかせた。早く、いいことして。はやくぅー。ゼット・ライトは、抱きついてきた彼女の、むきだしの二の腕を、やんわり両手でつかんだ。ガラリアは歓喜で、乳首を硬くした。ふたりは、仲むつまじく、抱き合っているように見えた。だが、男のほうは、落涙しながらも、どこか冷め切った表情をしていた。彼は、ぼそりと告げた。

「そんなに、おれのことを…気がつきませんでした…いま、わかりました。」

わかってくれたのだあ。ううーん、もう、じらさないで、かわいいひと!早く、私を、あなたのお人形さんにして。ここで、おようふくの、ぬぎぬぎを、するの。そいでから、私は、あなたの、ミルクのみ人形になるの、ね?私のどこのおくちから、ミルクのみのみ、する?このおくち?それとも、こっちのおくち?

ガラリアは、わきあがる性欲に興奮していた。妄想たくましく、今後のめくるめく展開に、うっとりと甘えた。ゼット・ライトに抱いてもらえると、信じきっていた。そんな彼女を、腫れ物にさわるように扱い、男は、しかりつけるように言った。

「だが、いけません、ガラリア!」

ゼットは彼女の両腕を持ち、自分の体から、ぐいっと、ひきはなした。きょとんとしているガラリアを見つめ、はらはらと涙をこぼして、言った。

「それでもおれは、あなたのお花を、いただくわけには、いかないんです!本当に、すまないと思う。こんなに尽くしてくれて、おれは果報者だ。そして罰当たりだ。わかっているが、だめなんです!」

ようやく…鈍感なガラリアも、事態の重篤さが理解できてきた。

断られてる?なにを?だれが?

ガラリアの肩から手を離し、もう、けしてあなたの肌には触れませんとでも言いたげにしりぞき、彼女の足もとで、ふたたび土下座したゼット・ライトは、ああ、と、うなり声をあげて、こうべを垂れた。

「どうか、許してください。ガラリアさん。」

許す?…この地上人…自分が、どんな重罪をおかしているのか、わかっているのか…?ガラリアの誇りが、恥をかかされた怒りが、人生はじめての、お花を渡す儀式を、ふみにじられた怒りが、怒髪天をついた。

青いショートヘアを燃えあがらせた女は、わなわなふるえだした。

「私のことを、きらいなのか…?」

「とんでもない!」

理解できない。ガラリアは、もはや言葉を選んでいる余裕など、なくしていた。ガラリアは、土下座する男を、見下ろして、怒りに満ちて言った。

「うそだ!きらいなのだ。女のほうから、抱いてくれと、お願いしているのに、断るなど、ありえない!ゼット、あなたは、バイストン・ウェルの騎士階級の女に、いちばんやってはいけない、無礼をはたらいているのが、わかっていないのだ!」

「ちがうんです、ガラリアさん。おれだって、あなたを抱きたい!」

声をあげて泣くゼット・ライトは、草っぱをむしり、頭髪もむしり、大地にこぶしをふりおろし、土くれにまみれた。そして激しく嗚咽しながら、こう言った。

「おれは、あなたのことを、はじめて出会ったときから、惚れていた。欲していた。

抱きたいか?ああ、今すぐ、むしゃぶりつきたい!おれは健康な男だ。惚れぬいたあなたが、お花をくれて、ほしくないはずがない。

だけど、できないんだ!ああ!どうか、許してくれ、ガラリアさん!」

もうガラリアには、わけがわからなくなった。目の前には、地面につっぷして、わんわん泣いている、へんな男がいる。そんなことより、自分は、どうだ。朝からお風呂に入り、陰毛にリンスをして、乳首に蜂蜜をぬり、からだじゅうのすべての穴を、彼にささげるつもりで、出陣してきたのに。

厳然たる事実が、眼前にあるだけだった。

私が、この私が、ゼット・ライトに、ふられたのだと!!

「うわああああーん!」

ガラリア・ニャムヒー21歳は、その場で泣き出した。両手の指先を、両目の目尻につけて、ギャンギャン泣くさまは、ほぼ、4歳児童の挙動だった。

「びええええーん!」

そして彼女は、自分を袖にした男を、弁当箱ごとおきざりにして、馬にとび乗り、泣きわめきながら、ラース・ワウへ逃げ帰ってしまった。



「ユリア!ユリア!ユリアはどこだーッ!えーんえーん、ユリアぁー!」

城内、守備隊宿舎まで、馬で乗りつけたガラリアは、人目もはばからず、ギャンギャン泣きっぱなしだった。呼ばれて出てきた、黄緑色の髪のユリアは、信じられないものを見た。濃紺のマスカラが、ダクダクにほほに流れおちて、号泣している親友の姿を。

「いったい、どっ、どうされたのです、ガラリアさま?!」

なんだなんだと、周囲には、おおぜいの下士官や、下級兵たちが、集まってきていた。なにせ、異常事態だ。勇猛果敢で知られるドレイク軍副団長、個性的な美人と評判の、ガラリア・ニャムヒー21歳が、馬上から転げ落ち、ユリアにだきつき、わあわあ泣いているのだから。

ガラリアは、大声で言った。

「ユリア、ぜっ、ゼット・ライトが、あの、男が…私のお花を、うけとらぬと言うのだ!!」

群衆に、どよめきが起きた。兵士たちは、聞いたか、どういうことだ、信じられない、もったいないと、くちぐちに言った。

「ユリアー、ユリアー、ひどいのだ。私、ひっく、いっしょうけんめい、おしゃれして、お弁当作って、ひっく、くちなしの花を渡したのに、うけとれません、できませんの、一点ばりなのだ。よりによって、あのゼット・ライトが、こんなひどい仕打ちをするなんて!こっ、こんな侮辱をうけたのはー、初めてなのだぁー。びええええーん!」

その時の、ユリア・オストークの怒りようは、ラース・ワウの物見やぐらからも、観察できたそうだ。

「なんですって?!ゼット・ライトが、ガラリアさまのお花を、断ったですって?!言語道断!無礼千万!ゆゆゆ、許せません、了見しだいでは殺します。いいえッ!言い訳など、聞く耳持ちません。たれかある!ふとどきものを、ひったていッ!ガラリアさまを侮辱した男を、わたくしが、公開処刑にいたします!」

見守る守備隊兵士のなかには、セザル・ズロムもいた。彼にも、意味がわからなかった。ただ友人として、歩み出て、抱き合って泣いている女性2人に、おそるおそる声をかけてみた。

「あのさ…ゼット・ライトにかぎって、バイストン・ウェルの作法を知らないはずがないし、だからこそさ、断ってきたのは、僕もさ、解せないさ。なにかわけがあって…」

幼稚園児並みのギャン泣きを、ひっきりなしに続けているガラリアは、しゃくりあげ、セザルぅーセザルぅーと嗚咽するのみ。キッと眉をつり上げたのはユリアであった。

「理由など、どうでもよい。セザルッ!重罪人ゼット・ライトを、連行しておいで!」

剣幕に押され、セザルは急いで、機械の館のあるじを、さがしに走った。

ガラリアが、守備隊宿舎でユリアに泣きついたのが、午後1時ちょうどだった。午後1時45分には、ラース・ワウ城内の全部署に、このビッグ・ニュースが報じられた。

『副団長にして守備隊長、ガラリア・ニャムヒー嬢、機械の館のあるじ、ゼット・ライト氏に花をささげるも、ゼット氏はこれを拒絶!』

『地上人だからか?不可解な、ゼット・ライト氏の行動!』

『騎士女性として、最大の恥をかかされたガラリア・ニャムヒー嬢、悲嘆のあまり失神す!医務室で看護にあたる、ユリア・オストーク嬢は、同紙インタビューにこたえ、ゼット・ライト氏を糾弾すると宣言!』

バイストン・ウェルに、東スポがあったら、ざっとこんな大見出しが並んだことだろう。冗談ヌキで、19世紀末から、20世紀初頭の、欧米の新聞や雑誌には、社交欄という記事分類があり、地元の名士など、身分の高い男女の恋模様が、報道されていた。21世紀現代では、芸能人のゴシップ記事が、これに相当するだろう。

昼飯を食べたあと、機械の館にブラリやってきたトッド・ギネスは、興奮した工員たちから、ニュースを聞き、仰天した。

「なんだってぇ?ガラリアさんのほうから、ベッドに誘ったってぇ?そいつを断った。あのゼット・ライトが!やっこさん、頭がいかれちまったんじゃねえのか。」

あんな色っぽい女が、しなだれかかってきたらよう、俺なら、その場で本番突入、すぐに30回は、いかせてやる。気がおかしくなるまで突き回して、快感にむせび泣かせてやるってえのに。ゼットの野郎、ガラリアにはベタ惚れのくせしやがって、なにを、もったいつけてんだ?

そこへ、セザル・ズロムが、汗をかき、走ってきた。すでに、噂に色めきたっている、機械の館の工員たちに、あるじはどこかと尋ねると、

「えっ、まじ?ゼット・ライトは、今、寝室にとじこもってるって?ガラリア様のお弁当かごは、廊下に出してあるから、どうぞお持ち帰りくださいって、ことづてされたって?」

セザルとしては、ゼットを、そってしておいてあげたかったが、鬼神と化したユリアの厳命を受けた身、業務上やむをえず、機械の館、大きな窓のよろい戸を閉め切った、ゼットの部屋の扉を、ノックした。内側から施錠されているし、出てこないし、返事もない。セザルは、ガラリア弁当セットを、ラース・ワウ本館の医務室に持って行った。

ガラリアは、ショックのあまり、本当に失神したので、医務室で寝かされていた。鬼神ユリアが、ガラリア弁当セットを受け取り、セザルの報告を聞いた。ユリアは、ドスのきいた声で、うなり声をあげた。

「ふざけたまねを…あの男…血祭りにあげてさしあげる…」

まじ怖いさ。

バーン・バニングス率いる、警備隊兵士の間でも、午後は、この話題で持ちきりだった。由緒ある騎士階級の男たちには、地上人ゼットめ、けしからん、おれが斬って捨ててやると、かっこつけるものもいた。

とうぜん、このニュースは、騎士団長バーン・バニングスの耳にも入った。下士官が立ち話をしているのを、耳にしたバーンは、2度、聞き返した。

「…それは、本当か?」

報告したバーンの部下は、警備隊のむくつけき猛者(もさ)だったので、しょせんよそものである地上人ふぜいが、われわれ騎士階級の女性を、愚弄したのですと、一席ぶった。

バーンの心境は、複雑怪奇をきわめた。ガラリア・ニャムヒーにベタ惚れしている男として、ゼット・ライトより、はるかに年季がはいっているバーンは、しばし呆然とした。激しく、嫉妬もした。ガラリアのふしだらさに、立腹もした。しかし、結果的には、バーンの望む状態になったのだ。わたしのガラリアの、貞操は守られた。

しかし、解せぬ…。なぜに、あの地上人は、かような侮辱を、ガラリアにあたえたのだ?彼女を愛しているわたしとしては、手を出してくれなくて、安心したが、いっぽう騎士道精神でいえば、ガラリアを傷つけたゼット・ライトを、許すことも、できかねる。

真偽を問いたい。いったいなぜ、ゼット・ライトは、ガラリア・ニャムヒーを、ふったのか?!

ラース・ワウ城内の、全員が一致して、この疑問をいだいた。

ゼット・ライトの謎。




<読者への挑戦状>

ハロー、ショット・ウェポンです。わたしは、ゼット・ライトが、ガラリアのお花を、受け取らなかった理由を、知っています。

読者のみなさんは、どんな想像をしているでしょうか?ヒントを、さしあげましょう。

1)ゼット・ライトは、アメリカ人です。
2)わたしショット・ウェポンは、ゼット・ライトと同じ、アメリカ人です。
3)ゼット・ライトは、まじめな性格です。
4)わたしショット・ウェポンは、ゼット・ライトの経歴を、熟知しています。

謎ときは、次の章です。どうぞ、お楽しみに。それではみなさん、ハバナイスディ!

第40章更新後書き

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