「月下の花」

第7章 ラース・ワウのふたりの少女


 夕刻のラース・ワウ、大食堂で食事をとる者、交代で警護に就く者、騎士や、召使いや、ミ・フェラリオたち、大勢の者達が、それぞれの場所で、それぞれの時間を過ごしていた。クの国境での軍事演習から、はや1年近く、経っていた。もうすぐ、ガラリアの18歳の誕生日が来る。1年前の誕生日に、アトラスがくれた口紅と香水を、ガラリアは毎日つけている。

 ガラリアとアトラスは、あれ以来、月に一度か二度は、国境の別荘で逢瀬を重ねていたが、会えない間の、淋しさ、もどかしさ、そして、抱かれる度に、感度を増してきた少女の肉体が、日に日に強く彼を求めた。会いたい、抱かれたい、と。

愛しさと、苦しみとが、同じ感情―恋―に基づくことを、17歳のガラリアの心身が教えていた。

 今夜も、ガラリアは、自室の文机に向かい、アトラスへの手紙を書いていた。彼女愛用の便箋は、彼女が一番好きな色、ピンク色で、その紙に似合うようにと、インクは濃い青色を使っていた。ガラリアは、日課になっている、彼氏への文(ふみ)を、軽快に書いた。ピンク色の便箋に、白い羽ペンが踊るように走る。さて、ガラリアの書く文字には、際立った特徴があった。

ど下手くそなのだ。所々読めないくらい、どうしようもなく、ど下手くそなのだ。本人は、きちんとした楷書体を書いているつもりなのだが、文字のハネや点といった基本が、根底から成っておらず、恐ろしくいびつで、ひとつも愛敬がない。一見したら、知性のカケラも感じさせない、ものすごく汚い文字なのだ。書きながら興奮したりすると、ぐちゃぐちゃになり、目も当てられないシロモノになる。その筆跡を見る者全てに「これ書いた奴に、書道のなんたるかを、小一時間説教したい」と思わせるほどの、ガラリアは悪筆であった。およそ、悪筆であることにおいて、ガラリアはラース・ワウのナンバーワンであり、ナンバーツーは、小汚い筆記体を誇る、バーンであることを知らぬのは、本人2人だけであった。

騎士団長、兼、士官学校取り締まり役のミズル・ズロムは、ガラリアと、バーン・バニングスの報告書を見る度に、

「…なんでこの2人が、士官学校の主席卒なのだろう…学校の科目に、書き方の時間を加えた方がよいな…」

と思い、ため息をついていた。

 その、ガラリアからの手紙を、遠い場所で落手しているアトラスは、

「ガラリアは…美人だし、ソプラノの美声であるし、喋り方は、敬語とタメ口の区別がちゃんとできてるよい子だし、綴る文章もさほどまずくない。しかし、このど下手くそな文字だけは、なんとかならぬのか。天はニ物を与えずとは、よく言ったものだ。日ペンの美子ちゃんのお世話になった方がよいのではないか。テキストはバインダー式で使いやすいぞよ」

と思い、ため息をついていた。

 そんなこととは露知らず、ガラリアは、恋人へのほとばしる情熱で、書きなぐった。

<注:手紙文中、■は、ガラリアが、書き損じて塗りつぶした部分>


『遠いアトラスへ!

今日、私は姫様のお供をした。リムル様が馬に乗りたいとせがまれ、お館様が、私に、馬術を指南せよと命じられたのだ。少女のおもりは女の私がよいとお考えなのかな。しかし、私は、教師には向いていないようだ。姫様は、手綱■の持ち方にせよ、あぶみの踏み方にせよ、私の説明が理解できぬのか、聞いてないのか、とにかく上手くいかなかった。姫様は、ご自分から馬に乗りたいと■仰ったのに、なにか不機嫌で、一通り基本をお教えしたら、もういいわ、後は自分で乗ります、とか言って、行ってしまおうとなさるから、私は赤毛で後を追った。万一、落馬でも■なさって、怪我をされたら、私の責任だものな■。

アトラスはケミ城でどうしている?少しは手紙で、私とのこと以外について、書いたらどうだ。私の花の具合がどうとか、そんなことばっかり書いて。イヤではないのだよ、■でも、私と離れたアトラスの日常も、もっと知りたいのだ。

先月会ってから、月のものはちゃんと、今週来たから、そんなに心配しなくていい。アトラスって、手紙でいつも、月のもの■のことを気にするのだな。次の逢瀬の時は重ならないから、安心してくれ。新しいキャミソールを買ったから、見せたいな。アトラスは、濃いピンクのレースは好きでない?大人っぽいのを思い切って買ってしまったのだが』

とここまで書いて、ガラリアは、ポッと頬を染めた。会っている時も、手紙でも、彼と話すと、メインテーマが褥系になってしまう。剣とか花とか、入れるとか出すとか、そんなことを、正規の郵送で送っている自分が、最初は恥ずかしかったのに、最近は、嬉しくて調子にのってないか?と思った。

「でも、いいか。私の手紙より、クの親衛隊長の文面の方が、百倍いやらしいものな」

思い直し、またガラリアは、ど下手くそな字で、会えなくて火照った体の訴えを、文章に、行間に、塗りつぶした■にこめて、書き続けた。




 12歳のリムルは、母親と2人のテーブルで、夕食をとりながら、ふてくされていた。ルーザはサラダを食べながら、娘に問い掛けていた。

「今日は馬に乗ったそうですね、リムル。どうだったのです。領主の娘としては、そろそろきちんと馬術をたしなむのもよいであろう。身分ある娘は、民衆の前に立つ時には、常に馬上から、見下ろすものですからね」

「…お母様…」

「なんです、そのふくれっつらは。上手に乗れなかったのですか」

「どうして、わたしの馬の先生が、ガラリアなの」

ガラリア?ルーザは、宿敵アトラスの恋人が城内に在ることは知っていたが、隣国の騎兵の小娘に手をつけたぐらい、珍しくもないので、ガラリアの名前くらいしか、認知していなかった。

「そなたが乗馬をしたいと言い出したのではないですか。誰が先生であろうと、習い事はちゃんとするものです」

リムルは、青い目を母親から反らし、窓外を見て、いまいましげに、吐き捨てた。

「わたし、あの人、いやです。他の人にして!」

「なにがいやなのです」

「だって…だって…いやだから…」

ふん、とルーザは鼻で笑った。母親は、幼児(おさなご)の、わけのわからないわがままに付き合っている気は、なかった。リムルの馬術講師に、ガラリアは適任でないから、他の者をと手配することさえ、面倒だった。ルーザの興味は、ただひたすら、己が権勢欲であったから。昨今の心配事は、クの国の、愛人ビショットが政権を取れるかどうかだ。兄王を廃して王位につくぞと、わたしに豪語しておきながら、何をまごついておるのか。引き替え、まだ12歳ぽっちの娘などは、将来、婿取りのために使える女に、育てておきさえすればよい。

「お父上が決めた者ですよ、リムル。お前は、勉強と習い事だけしておれば、よいのです!」

少女リムルは、この母親に、自分の考えている事を訴えても、無駄だと諦めた。




 食後、リムルは、自室に駆け込んだ。女召使いが付いて来て、ベッドを整えようとするのを、

「そんなこと、自分でやるから、いいわ、出ていきなさい!一人にしてよ!」

と怒鳴って追い出した。その乱れたシーツに横たわり、少女は舌打ちした。

 ガラリアなんて、なんなのよ、あの人。女戦士ですって。騎兵ですって。少し大人だと思って、先生ぶって、きらいよ!背が高いわ、胸が大きいわ、17歳で、それで?…外国に恋人がいるんですって!会食の時、すましてわたしに挨拶していたあの男の人でしょ。それで、あんな口紅を、普段からしているの?今日、男の兵たちが、わたしとガラリアを見比べて、姫のわたしより、ガラリアの唇や体を見ていたわ!なによぅ!ガラリアったら、20歳くらいの男たちと、タメ口きいて、仲良さそうに笑って話してさ。

 リムルは、悔しかった。ガラリアの何もかもが、羨ましかった。子供の自分より、「大人の体」の女性であること。男性が彼女を、「そういう目」で見ること。友達すらおらず、両親の監視下で、身動きがとれない自分に比べ、ガラリアの自由なこと。

「わたしなんて、おこづかいでお買い物することすら、許されてないのよ!ニカのポシェットが欲しいと言ったら、だめですって。お父様はいいと言ったのに、お母様が、あんな下々の者が持つものは、だめですって…それなのに、ガラリアは、お給料で好きな物が買えるのよ!」

ニカとは、肩掛けかばん型の、生き物である。コモンが見ている間は、じっとしてかばんの役割をはたすのだが、たまに自由意志で、飛び回る。大きさは、丁度、女性の小物を持ち運びするのに最適な、ポシェット大だ。

ニカを持つことが、アの国の少女の間で、当時流行していた。ガラリアも、ニカのポシェットを愛用していた。リムルは、今日の昼間、気にくわないガラリアが、赤毛の馬の鞍に引っ掛けたニカから、口紅を取り出して、化粧直しをしていたのを見た…以前、お母様の口紅をこっそりつけていたら、見つかって叱られたわ。子供のくせにって。

それら全てが、憎らしい!赤い唇がきれいね、友達も恋人もいるのね、馬の扱いが上手なのね、ニカを持っているのね!

ガラリアなんか、大きらい!

リムル12歳の、この、実に子供らしい嫉妬は、一重にガラリアに向けられた。クラヴサン教師のミュージィは、リムルから見て歳が離れすぎていたし、思春期以前の幼児期から「先生」として会っていたため、除外。女召使いたちは、母親より年寄りだから、これは論外。城付きの娼婦たちは、そもそも男たち相手に雇われた下賎な身分だから、埒外。

身近な女騎士、ガラリア。17歳のガラリア。彼女こそが、リムルにとって羨望の的であった。




 姫様に、そこまで毛嫌いされているとは、知らないガラリアは、次の日も、リムルの乗った馬と、愛馬を並走させ、馬術の講義をしていた。

「ですから、姫様。あぶみを強く踏みすぎると、馬は痛さで驚き、疾走してしまいます。そうなると、騎手の言うことを聞かなくなります。慣れた馬と騎手同士であれば、調節できるのですが、姫様にはまだ、あぶみは足を置くだけにされるがよろしいかと」

リムルは、しばらく、むすっと黙って聞いていたが、尖らせた口でつぶやいた。

「…わたしには、まだですって?」

「はい、姫様には、まだ危ないと、思われます」

「それは、わたしがまだ、子供だからって、言いたいの」

「は?いえ、馬術の段階を、申し上げているのです」

「ふーん、そう!あなたはさぞかし、上手なのでしょうね。大人ですものね。女騎兵ですものねっ」

「戦士の心得ですので…」

鈍感なガラリアも、姫様が、なにか自分に敵意剥き出しな雰囲気に、気がついたが、かといって、優しく、教え諭すことができるほど、ガラリアも、「大人」ではなかった。なんだこのガキ、私はお館様に命じられたから、一生懸命やっているのに。私だって、好きであなたのお相手をしているのではないのだぞ。バーンみたいに、前線に行って活躍したいのに、こんな子供のおもりなぞ、まっぴらだ。ガラリアも、リムルがいまいましくなってきた。

「…では、姫様。あぶみは踏まないように、私の馬の、後方について、速めに歩いてみましょう。」

「なんで、わたしがあなたの後ろなのよぅ」

「姫様は、お勉強中だからですッ!申し上げる通りに、なさいませッ」

「あ、なに、その言い方!わたしに指図する気なのっ」

「私は教授係りですのでッ!お教えするが、責務でありますッ」

ガラリアの悪いクセが出た。言葉遣いはできていても、顔と声色に、感情がにじみ出てしまうのである。馬上の、2人の少女は、ほとんどケンカごしで言い合いを始めた。紫色の髪を振り乱し、幼いリムルの方から、激昂した。

「わたしはねぇ、あなたなんかに、習いたくないのよ!なによ、威張って!」

「い、威張ってはおりませぬ、馬は危険を伴うのですッ!姫様の御身を守るのが、私の仕事でありますからッ」

「だから、わたしはあなたが、イヤなのよ!」

「なにがイヤなのですかぁッ!このラース・ワウで、馬術で私の右に出る者はおりませぬがッ」

「…(なにがイヤって聞かれて、言えないからイヤなのよ)うそよ、もっと上手な人、他にいるわよぉあなたでなくてもぉ」

これは、ガラリアには痛かった。姫様が、ガラリアは下手だ、他の者の方が上手い、と皆に言ったら、立場がなくなってしまう。ふう、子供相手にキレかかった私が悪かった。ここは、穏便に済ませるがいいな。青い髪の女騎士は、息をつき、打って変わって、落ち着いた口調で、そう、恋人アトラスの静かな口調を思い出し、彼のように寛容な姿勢を、心掛けようとした。

「姫様、ガラリアに出来うることは、致します。不備がありましたら、なんなりとご命令下さい…ご立派に乗りこなせば、お館様も、ルーザ様も、お喜びになります。この馬は姫様にきっと、なつきましょうぞ。」

リムルは、こんなふうに、態度を改められる「大人」なガラリアに、より激しく嫉妬したが、馬に乗りたい気持ちと、両親にうるさく言われないようにしたい気持ちで、今日一日は、ガラリアに対して、我慢してやろうと、思った。赤毛の鞍にぶら下がっている、ニカのポシェットを、羨ましく眺めながら。




 警備隊長バーンは、今日は、ギブン領との境界線に来ていた。イヌチャン・マウンテンを遠方に臨み、見慣れた山際の曲線を視線でなぞった。バーンの背後には、警備隊員一個師団と、コモンには見えないどこかに、ガロウ・ランの、ニグ・ロウがいた。ニグ・ロウは、バーン・バニングス専属の密偵であるから、バーンが行く所には、常について来ていたが、それを知る者は、雇い主バーンだけだった。

 バーンは、森林の澄んだ空気を胸に吸い込み、また吐き、最近の出来事を反芻した。

 相変わらず、アトラスは水色の便箋で、わたしに手紙をよこす。ガラリアへの手紙がある時には、必ずわたしへの手紙も、あるのだ。その内容が、最近、少々、穏便に済まされなくなってきた。最新の手紙は、こうだった。


『親愛なる騎士、バーン・バニングス殿

元気でおられるか。それがしは、昨今、心配事が多い。我が国王陛下をお守りする為、陛下のお食事のお毒見役は、専らそれがしが行っている。陛下は相変わらず度々、頭痛を訴えられ、医師に見せても過労であろうとしか言わぬ。陛下は元々、屈強とは言えぬものの、玉座にあられて実務をされる分には、壮健であったのに、ここ1年程、このような状態が続いており、心配でならぬ。それがしは、陛下の毎食のお毒見と、国防とに奔走している。昼食後、ミの国境まで行き、夕食にはケミ城に戻るといった生活だ。頭痛こそせぬが、陛下を按じ、そして遠き貴殿と、ガラリアを按じ、心痛むばかりだ。

このような国政の内密を貴殿に伝えるは、それがしが貴殿を、隣国の騎士としてだけでなく、友として信頼しているからだ。

であるから、この手紙に書くことは、貴殿の胸中に収めて欲しい。ガラリアには、心配をかけたくないのだ。

先月、別荘から、それがしがガラリアを連れて行った時、国境で、警備隊の貴殿が迎えてくれた。あの時のバーン殿を、忘れられない。馬上から、我ら二人を、寂しげな瞳で、見つめていた此方を。

それがしは同じ女性を愛する故、貴殿の気持ちも、わかるつもりだ。彼女は戦士だ。それがしも貴殿も、戦士であるから、いつか誰かを、失うかもしれぬ。クのそれがしは、遠方故に、出会った時に彼女を、逃す事を、怖れ、焦ったのかもしれない。だが貴殿は、長年彼女と共にあり、これからも共に戦う仲だ。だからこそ貴殿は』

ここまで読んで、アトラスの紺色の筆跡は、バーンの落涙で濡れ、インクで書かれた文字の端がにじんだ。今、イヌチャン・マウンテンを眺めながら、思い出すと、バーンは手綱を持つ手が震えるのを、部下に悟られないように隠し、思った。

「なにを弱気になっているのだ、アトラス!王の容態がなんだと言うのだ。仮に王が逝去したとして、王弟ビショットの配下になるのがいやなら、お前は我が軍に来ればいいではないか…わたしと、ガラリアと共に戦えばいいではないか…アトラスは、君主にそこまで忠誠を誓うか。だとしたら、わたしは、ドレイク様に、彼が国王に持つほどの、忠誠心があるだろうか…わからぬ。父の代からのお役目、ルフト家大事で、今日まで生きてきた。そして父よりも大きな名声、わたしの騎士としての誇りが欲しくて。それさえあれば満足だったが…アトラス…ガラリア…」

バーンには、こうした逡巡が、邪魔だった。友人だとか、恋だとかを深く考えることは、騎士の自分には不必要だと考えた。しかしどんなに頑張っても、人は、自分の内省の苦しみから逃れることはできないのだ。バーンは、目をかっと見開いて、ギブン家の領地を、はるかに見つめ、心中で叫んだ。

「敵が誰であろうとも、それがわたしの敵であれば、戦うのみ!わたしに命ずる者は、わたしだけだ!騎士の本懐を求める、それがわたしの生き方なのだ」

そして、バーンはまたうつむき、唱えるようにつぶやいた。

「決して、わたしを甘く見るな、アトラス…ガラリアに、ふさわしくない男になったら、わたしは…許さぬから…弱気なお前など、見たくないぞ…」

バーン・バニングスの、この、アトラスへの友情と、ガラリアへの<抑えつけ、秘めている>気持ちと、騎士の生き様との、葛藤。19歳の青年には、重すぎた。バーンに、手紙で情を訴えることで、この重荷を背負わしてしまうことは、アトラスとて重々わかっていたが、それでもバーンを頼りたかったのは、アトラスもバーンを、友として愛しているからに他ならない。

 情に厚くなろうとすればするほど、つまり幸せを求めようとするほど、人は、心象の苦しみに耐えなければならなくなるのだ。




 ラース・ワウの執務室で、領主ドレイク・ルフトは、ミズルと、その他、初老の側近たち数名と机を囲んでいた。机上には、バイストン・ウェル全図と、警備隊長バーンからの報告書等、たくさんの書類が並べられている。騎士団長ミズルが静かに話した。

「クの国との軍事同盟は、先々を鑑みますと、はずせませんな。クの東方に国境を接する、ミの国の王ピネガン・ハンムと、ミの隣国ラウの国王フォイゾン・ゴウとは姻戚であります。両国は、表面的には断交しておりますが…我が軍が侵攻しますれば、手を結んで対抗してくるであろうことは、視野に入れなければなりませぬ。ミとラウへの牽制の為、我が領との堺にあるクの国とは、強固な連携が肝要かと存じます。」

別の側近が、老いた声で言った。

「しかし、ミズル殿。ピネガンは、フォイゾンの娘御を、密通にて奪った者、故に父フォイゾン王は、ピネガンとは離反しておると聞く。この両国が協力することなどありましょうか?駆け落ちした娘を…」

と言いかけて、老いた側近は口篭もった。ドレイクは、妻ルーザと、同様の駆け落ちをした男であったから。ドレイクは低く笑って言った。

「ふ、ふ。わしが、かつてルーザをクの国から奪ったと言って、そのクの国が何故、わしと同盟関係にあると思うか、その方。ルーザは王族ではないが、あのアトラスとも遠戚にある名家の娘であった。だが、ハッタ王もアトラスも、わしに敬意を表す。何故か。ミズル、言え」

「はっ、それは、一重にお館様のお力。我が軍の脅威、故で御座います。」

ドレイクは満足げに、顎を上げて演説した。

「乱世にあっては、婚姻、血縁、そのような、個人の感情よりも、国益が優先であるからよ。もしラウの国王フォイゾンが、娘とピネガンを、父親の感情だけで許さぬのならば、それは王としては愚だ。古き、愚だ。それは、滅びゆくものよ。見よ」

と、領主は地図を指差し、話し続けた。

「我が領地の北東に、クの国。ミの国と我が領地の間に、ギブン領がある。ロムン・ギブンは、宗主アの王、フラオン・エルフに忠誠を誓っておる。代々仕えてきたからというだけで。あの愚王に。先祖から、受け継いだだけの王位が、なんだというのだ?それに忠実に従うギブンも、愚に他ならぬ。フラオンは、外交に無知、内政に無知、事実上国防を担っておるのはわしである。まずは、クの国に隣接するギブン家を潰し、フラオンを廃するために、そしてミも、ラウも制圧するためには…」

ドレイクは、ここで言葉を切り、特にミズルを注視して言った。ちなみに、ドレイクが、宗主国王を尊称で呼ばないのは、この執務室では、長年当たり前になっていた。

「クの国は、我らの遠大な計画に、組みする者が、王位にあらなければ、ならぬ。ハッタ王と、アトラスは、国境を広げる事には興味がないようであるな?」

ミズルは、眉間にしわを寄せはしたが、それは政略を考えているのだ、とドレイク以外の者は思っていた。

「…そのようであります、お館様。特に、ハッタ王は、文弱であり、弟君に譲位してもよいとすら、言っているのを、親衛隊長アトラスが、はばんでいるとの噂。噂でありますが」

ミズルは言いながら、ドレイクの言う<個人の感情より国益に重きを>を、噛みしめていた。その時、執務室のドアが叩かれた。衛兵が、扉の向こうで言上した。

「お館様、警備隊長バーン様が、緊急の報告、とのことです」

「通せ!」

ドレイクの許可と同時に、ドアが開かれ、甲冑姿のバーン・バニングスがかつかつと入って来た。手には、赤紫色のリボンで丸めた書簡がある。バーンは、老獪な上官たちに向かい、若者らしい涼やかな声で言った。

「お館様、我が軍が外国に差し向けている密使からの、急報を、ギブン領の国境にて、それがしが受け取りまして御座います」

と、バ―ンは書簡をドレイクに手渡した。バーンは既に、その内容を密使から聞いており、すぐ言上すべきことだったので、ドレイクが書簡を広げる前に、皆に向かい、言った。

「ナの国王、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナ王、崩御とのこと!」

「なにっ!あの、ナの国の王が、死んだか!」

執務室の全員が、どよめいた。ナの国は、広い多島海をはさんだ遠い国だが、王家の善政によって強大な国力を誇っていた。いずれバイストン・ウェル全土を手中にと計画している、ドレイクたちには、賢王と名高いラパーナ王崩御は、思いがけない朗報であった。

ドレイクは、書簡を読み、密使の詳しい報告を知り、ハ、ハ、ハ、と声をたて笑った。

「聞けい、皆の者。ラパーナ王、なにが賢王か、自分の死後には、まだ幼い王女、娘を女王にせよと遺言したそうだ!摂政も置かずにだ!たとい一人娘であれ、自分の余命を知るならば、有望な若者をでも、後継に育てておけばよかろうに、ふん、愚かな!」

ミズルは、冷静に、状況を聞き出そうとした。

「その姫御…シーラとかいう王女は、確かリムル様と同じくらいの年齢では?そのような子供であっては、王位に置くだけでしょう。実質上は側近が国を動かすのではないでしょうか」

ドレイクは、喜びのあまり椅子から立ち上がっていたが、また座りなおし、

「君主が、玉座に座っておるだけの飾り物である国は、下から、他国から、つけ込まれるものよ。このアの国然り、クの国もそうであろう!」

クの国、と聞いて、バーンは、脳裏にアトラスの顔が浮び、驚愕した。ドレイク様は、あのアトラスが、忠誠を誓っている、クの国王を…どうなさるおつもりなのだ?!そのバーンに、ドレイクは、

「ご苦労であった、下がってよい」

とだけ言った。




 ケミ城のアトラスは、ひとり、広い食堂にいた。ここは、国王が食事をとる部屋で、親衛隊長は、長い長いテーブルの端に座り、白いテーブルクロスの上に置かれた、銀の杯を手にしていた。

「銀製の食器は、毒入りのものを入れると、色がにごると言う。陛下が口にされるものは、わたしか、わたしが留守居であれば、親衛隊の腹心の部下がお毒見をしているし、我らは体調に変わりはない。では、陛下が度々頭痛で寝込まれるのは、医師の言うように、単なる過労なのか。それにしては、日に日に、お顔色が悪くなられるし、こうも長く患われることはなかったのに…」

アトラスの心配事は、尽きなかった。王弟ビショットは、以前に、国境で撃退して以来、動きを見せていない。領民への暴政は、相変わらずだったが、兄王やアトラスに対して、叛意を示すような行動はしなくなった。それと、王陛下の容態とが、なにかひっかかるのだった。部下たちは、

「隊長は、考えすぎではないでしょうか。国王陛下は重病というほどではないですし、長き日にちが経ちましたが、王弟殿下はすっかり、おとなしくなられたし、まずまず平穏な情勢でありましょう」

と言うが、わたしには、ビショットが、静かすぎるのが、気にかかるのだ。と、アトラスは椅子から立ち上がり、城内にある私室へ向かった。途中、廊下で部下たちに会うと、一人一人に

「気を抜くでないぞ。最近、平穏無事と思って、たるんでおるのではないか」

と、注意をうながした。豪奢な部屋に入り、緑色のビロードのソファーに横になって、今日届いた、ガラリアからの手紙の封を切った。ピンク色の封筒と便箋。青色のインクで書かれた、ど下手くそな恋人の字。ごしごしと塗りつぶした■がいっぱい。いとおしい彼女の、白魚の手指が、色っぽい垂れ目が、赤い唇が、浮ぶ。

「そうか、リムル姫に馬を教えているのか。それは、彼女には向かぬであろう。ガラリアは、師範とか指導とかいう仕事は苦手さ。あの子は、勝気に見えて、実はすごく甘えんぼ、なのだ。父親なしで育ち、孤独であったほど、いつも誰かに寄りすがっていたいのだ、本当はね。それをわかる男は、少ないのだ。彼女の見栄えに惹かれても、ガラリアの寂しさまで、心の奥底まで知って、いとおしむ男は、わたしだけだ…あの白い肌を抱ける男は、わたしだけ。

…そうさ、バーンは、彼女を愛してはいるが、体に触れたとたんに、彼女が見せる、あの強力な魅力は、知らないのだ!男の言う事なぞ、ひとつも聞かぬような素振りをしているくせに、極端に感じやすくて、キスしただけで、あの見事に鍛え上げられた体が、へたぁと力が抜けて、なすがままになってしまう。あのたまらない、落差!あの手強い女戦士が、きつい目線が、触れたらすぐ、頬を赤らめ、瞳をうるませ、泣きそうな顔になって、

お願い、抱いて。

と、すがりついてくる、あの変貌ぶり、あの落差だ!わたしに、だけ、見せる、淫靡なガラリアの、なんとかわいいことよ!

…知らなくて、いい、バーン・バニングス。毎日彼女に会えるだけで、君は幸せと思いたまえ。彼女は、誰にも渡さぬ。一度抱いてしまったら、二度と手放せなくなる、ガラリアの魔性に、さいなまれる男は、わたしだけなのだ!

ああ…ガラリア。会いたい。どうしてわたしたちは、こんなに遠く離れているのだろう。毎日、君を抱いて眠りたいのに。そんな生活が、叶う日が来るだろうか」

ガラリアの姿態を想像し、興奮し始めたアトラスは、ズボンの上から、自分の剣を、強くまさぐりながら、切なく吐息をもらして、ふたりの将来を考えた。

「彼女がもう少し出世したら、ドレイク閣下に、正式な婚姻の了承を得よう。そして、わたしの領地を彼女に分割するのだ。ガラリアは、ニャムヒー家の領地を持ち、暮らすのは、わたしと共に…子供ができたら、彼女の姓を名乗らせて…ガラリアは承知してくれるかな?彼女が自力で、ある程度の地位を獲得し、ニャムヒーの家名を再興できる形にすれば、わたしと結婚してくれるだろうか…あぁ…ガラリア」

アトラスは、本格的に、剣を磨くため、ズボンも下着も靴も、すっかり脱いだ。上半身は着衣のまま、下だけハダカの、いい歳こいたオトコが、ソファーにだらしなく仰向けで寝ている、しかも剣がボチューンっと立ってます、そのボチューンな剣を、陶芸職人の手つきで撫で回しています、顔はあへあへとニヤけてます、いやはや、素晴らしく見たくないですな。

「ああ、ガラリア、ガラリアのおっぱい、ガラリアのあそこ、ハァハァ、挿入ソーニュー、花の内側がヌルヌル〜、締まる、ヨイ、突く、引く、突く、引く、ヌルヌル〜」

陶芸職人はつぶやきながら、極めて間抜けなツラであえぎ続ける。

「あぁ、なっ…わたしの、ヌルヌル〜のお花…なっ…わたしとガラリアの、子供、作る…コドモつくる…あぁぁ、なっ」

「なっ」ってなんでしょうか。アトラスは、ガラリアの股に、騎乗位で挿入してるつもりで、ヘコヘコ腰を突き上げ、クニクニと手を動かし続け、

「ハァハァ…ああ、イイ、したい、したいしたいしたいー!ハメたい、出したい…あぁ、なっ、なっ」

だから「なっ」ってなんなのでつか。アトラスは、机上にある手拭き用、紙ナプキンの配備を横目で確認して、大声でイッた。

「んぁぁぁぁーーーッ、なっ、なっ、ななな 中出し したぁぁぁぁいいいいーーーー!ウァッ」

と叫ぶと同時に、剣磨きの達人は、瞬時にナプキンをつかみ、白いのは飛び散らずに、紙ナプキンの中に出された。白い紙で、イッた後の剣をふきふきしながら、仰向けのアトラスは、剣磨き後はいつも、なんだか無性にむなしくなるのは、なんでかなーと思い、遠い遠い目で天井を見つめ、心中で叫んだ。

わたしは、あの魅力的な少女に、中出ししたいのだ。騎士階級同士であるから、ポロポーズの花を贈って、正式に婚姻しなければ、嫡子を作る気でなければ、あの最高に気持ちヨイ、中出しは、できぬのだ。特に我が恋人は第一線の戦士だ。結婚してくれるまで、中出しは我慢せねばならぬ。でもしたい。ものすごく、したい。この世で一番、恋焦がれている女性のあそこの奥深くに、己が愚息をハメたまま、白いのを放出する。全ての男の夢だ!男子の本懐だ!賢明なる、読者諸兄よ、このわたしの切ない気持ち、わかってくれたまえ。わたしと一緒に、この歌を歌ってくれたまえ!

◆挿入歌 「白いのとぶ」◆

作詞:アトラスさん 日本語訳詞:筆者
作曲:とある有名なアニメ主題歌のフシで歌うとなんとか合います

(前奏

♪ちゃらららっちゃららら らっ んばらばら ちゃーらぁー

 ちゃーらーら らーらら ちゃーららー んばばら んばっばー

 ちゃーらーら らーーらら ちゃーらっらー んばばたらら)

 「オゥラァーーーーッ」

♪彼女のーまーたがー 開かぁれたぁッ(ぱっぱっぱ ぱっぱ ちゃーらー)

きらめくあそこ おーれーをーうつぅー(んぱぱら んぱぱら んぱぱら ぱーらー)

白ぉーい遺伝子ぃー たくわぁえてー(ぱー らーららー ちゃーらー)

開いた花に 剣をー突くぅー(んぱぱぱ んぱぱぱ どんどん)

怖れるなッ (んばったらー) 俺の早漏ぉ

悲しむなッ (たららー) 俺の愚息ぅー

あーえーぐーかぁのぉじょがぁー なーかーにーだーしぃてとー(だららっ)

夢がかなぁってー 涙にむせぶーゥ オウオウオウッ(たららぁっ)

君のあそーこがーぁーー (ぱぱら ぱらっらー)

締めつけたときぃーーーーーーーー (ぱぱら らぱっぱー)

ほーら イイかい? 出したいんっ

ほーら イクかい? 出したいんーー

イクッ!イクッ!いくぅーーーーー (ちゃちゃちゃちゃちゃっ)

俺はせいーしーーーーーーーーーーーーー♪ (ざかざんっ♪)

 こんな歌を心中で斉唱してしまったアトラスは、本番ヤリたい欲求が抑えられなくなったと見えて、早速、ガラリアへの返信をしたため、次の逢瀬の段取りを決めた。水色の封筒が、また、ラース・ワウへと届くのだった。




 ガラリアは、さっき、クの使者から落手した、彼氏からの、熱情的な手紙を胸にし、白い頬をほんのり朱鷺色に染めて、中庭を歩いていた。文面にあった、彼の言葉の嬉しいこと、今回は殊更だ。

『ガラリア、明日の夜会えるね。そして朝が明ける明後日は、君の18歳のお誕生日だね!ラース・ワウで、初めて君を抱いた夜から丁度1年経つわけだ。この度も、贈り物を考えているから、楽しみにしていておくれ。』

 忘れたことはないさ、私は17歳の朝を迎えた日に、「女」になったのだもの!あぁ、私の、ただひとりの人、アトラス。と、ガラリアの内省が、幸福に浸っていたその時。石塀の曲がり角で、バーンに出くわした。ガラリアの、ピンク色の制服の胸元には、水色の封筒が。そしてバーンの手にも、同じ色の封筒があった。二つとも、既に蝋印の封が切ってある。幼馴染みのふたりは、一瞬、目と目を合わせたが、ガラリアは、わざと

「ふんっ」

と鼻息をもらして、無視して行き過ぎようとした。すると、バーンが珍しく、自分から彼女に話しかけた。

「ガラリア、明後日の朝、警備隊はクの国境へ行く。」

「だから、なんだ。」

封筒と同じ色の、前髪をかきあげて、ガラリアはつっけんどんに言った。バーンは、赤茶色の瞳を縁取る、長い下睫毛にまぶたをのせて、つまり目を閉じたまま、低い声で告げた。

「先だってと同様に…わたしがお前を迎えに出向くから、とアトラス殿に伝えておけ。」

「来るな、お前なんか」

ガラリアは、気に入らなかった。バーンが、ここ1年、段々命令口調になってきたこと、私に何か言うとしたら、「下士官の分際で」とか、「お前は未熟だ」とか!私を、ないがしろにしている。いや、目の仇にしている。私が、軍事演習以来、お館様に認められて、姫様の講師に任じられたり(子供の相手は本望ではないが、名誉なことではある)、バーンはライバルとして、私に<嫉妬>しているのさ、ふん。

バーンは、閉じていたまぶたを開けて、今度は大きな声で、言った。

「日課の、巡回が、たまたまその日はクの国境なだけだ!」

「だからと言って、私の個人的な用事に、警備隊が絡むことは、なかろうが!」

水色の封筒をそれぞれ手にした、封筒と同じ色の髪の、このふたりが、言い合いをするのは、ここ1年、ラース・ワウで頻繁に見られる光景だった。

「勘違いするな。わたしは軍の副官として、親衛隊長殿に挨拶しなければならぬからだ!」

この正論には、ガラリアは言い返せない。だが、初恋の彼の、自分への扱いのひどいこと、言い方が気に入らない。なにか難癖をつけてやりたい。そうだ、バーンも手に持っているアトラスの封筒。

「ふん、なんだ、男同士でコソコソ文通なぞして。どうせお前は、アトラスに、私のあることないこと、告げ口しておるのだろう。狡猾なお前がしそうなことだ」

…こっ…この女…どこまで、どこまでわたしの気持ちがわからぬのか!アトラスに敬意をはらい、アトラスに情を感じ、そしてお前を見守れと、お前の恋人と約束した、このわたしの気持ちを!それをお前に言えないわたしの、この苦しみを!バーンは、いつにも増して、憤怒に猛って怒鳴った。

「これは、軍事上の、ふん!お前ごとき下士官が、関われぬ、政治的な話しだ!下がれ、安月給!」

「や、安月給だと、ほざいたな、バーン!お前こそ、月に、日本円で手取り50万円あるくせに、使う相手も彼女もおらぬくせに!よわい19歳にして、趣味は貯金か。老後の備えか!サビシイ生活だな!」

ここここのアマぁ!わたしの愛人は、父にバレたらわたしが殺される相手だから誰にも内密なのだ、夫人への贈り物ぐらい、たくさん買っておるのだ、でも公言できぬだけだ、わたしが未だ童貞だとでも思っているのか、こん畜生、あんァー、どうしてくれよう、ガラリアめ!

と、遠くからでも聞こえるほどの大声で、ふたりが言い合っていたのを、やって来て一喝したのは、ミズルだった。

「やめんか!…バーン、お館様の謁見の時間だぞ。ガラリア、日本円とか、そういう軽挙な言動は、かぎかっこ内では慎みなさい。」

ミズルに叱られたふたりは、しゅん、として各々の任務へと向かっていったが、口中で「チッ」と舌打ちした。




 ナの国王崩御の報が届いてから、数日が経っていた今日、領主ドレイクは、城内で一番広い、謁見の間の、金色の玉座に座り、騎士団長ミズルと、副団長バーンと、その他、主だった重臣たちに向かって話した。

「皆の者、十日後は、何の日か、わかっておるな」

十日後?なんだったろうか、とミズルさえ首をかしげた。すると、若いバーンが、わたしはわかるぞ、と喜色満面で答えた。

「リムル様の、お誕生日で御座いますな。13歳になられる」

ドレイクは、満足げに、ハ、ハ、ハと笑い、

「そうだ。リムルの誕生祝賀の宴を、大々的に開くことにする。今年は盛大にな。あれも社交界に出してよい歳だからのう…そこでだ、諸外国からも招待客を呼ぼうと思う。」

ドレイクがこう言って、それが単なるお祝い事だけではないことは、この部屋にいる全員が熟知していた。ミズルが、

「どなたをご招待されますか、お館様」

と尋ねると、ドレイクは、切れ長の目を輝かせ、こう言った。

「ギブン家に招待状を出す」

「なんと!ロムン・ギブンに?ニーにですか」

と、声を上げてしまったのはバーンだけだった。ドレイクはバーンの発言には答えず、謁見の間の出入り口に立っている衛兵に向かって、声高に申しつけた。

「守備隊員、ガラリア・ニャムヒーをこれへ呼べい」

な…ドレイクのこの言葉には、バーンは声も出なかった。さっき言い合いをした、ガラリア。お館様が、姫様のお誕生祝賀の話しで、何故、下士官ガラリアなどを呼びつけるのだ?うろたえたバーンが、ドレイクと、ミズルたちと、出入り口のドアを所在なげに見渡していると、もっと、うろたえたガラリアが、パタパタと謁見の間に、駆けつけて来た。

 ガラリアは、正式にこの部屋に入ることさえ、今日が初めてだった。居並ぶ重臣たちと、バーンが視界にあるが、私に一体、なんのご下問だろう、とうろたえているガラリアは、震えて膝まづき、恐る恐るお館様を見上げるしかできなかった。ドレイクは、ニャムヒー家の正統な後継者に、言いつけた。

「十日後に、リムルの誕生祝賀の宴を催すことになった。招待客は、ギブンだ。恐らく、ロムン・ギブンは、名代に、子息ニー・ギブンをよこすと思われる。ガラリア、そなたは、ニーと対峙したことがあったな」

クの国との、軍事演習の帰り、あの時のことか、とガラリアは、緊張しながらも、しっかりとした口調で返答した。

「はっ!ニー・ギブンを威嚇致しました。ニーは、私の勢いを怖れ、早々に退却して御座います」

「ふむ、よく覚えておるぞ。見事であった。そこで、だ。ガラリア・ニャムヒー。当日、ギブン家からの客を、国境にて出迎え、城まで案内する役、宴会中、ギブンの動向を見張る役、全権をそなたに任せる。」

「…わ、私が…そのような大役を?!」

「そうよ、わかるな、ガラリア。祝宴と言って、ただ遊びに来る客ではないぞ。我が方の、軍備、内情を探りに来させる、のだからな。その方は、我が軍の代表として、ギブンに脅威を持たせねばならぬのだ…ふ」

と、ドレイクは思わず含み笑いがもれたが、驚きのあまり、口を大きく開けたまま固まっているガラリアに、言い続けた。

「ドレイク軍は強大と、ドレイク軍に、ガラリアありと…ニー・ギブンに示威する役目だ。どうだ、不服か?」

「とんでも御座いません、ガラリア・ニャムヒー、謹んでご命令に従います!あ、ありがたき幸せに存じます!」

ガラリアが、どれほど歓喜に躍ったか!ソプラノの声は一段と高く震え、白い頬は、アノ時とは違う赤さに染まった。お館様が、私の働きを、見事と仰った!私に、外交の大任を命じられた!なんという名誉だろう、ついさっき私を安月給とののしった、バーンめ、顔色なしだな、と、ふとそのバーンが視野に入った。

バーン・バニングスは、本当に顔色を失っていた。これはなんという事態だ?!そのような重要な任務に、自分を差し置いて、よりによってガラリアを?こうなっては、青年の頭脳は、騎士の面目にしか考えが行かない。バーンは、わなわなと打ち震え、上擦った声で、ドレイクに言上した。

「畏れながら、お館様!国境は、外交は、我が警備隊の管轄、そして副団長であるわたしがおりますれば、城の守りが任務の、守備隊員の者に、下士官に、なぜそのような!」

そのバーンに、ドレイクは、バーンが聞いたことのない厳しい口調で恫喝したのだ。

「さかしいぞバーン!わしは、ガラリアに言いつけておるのだ。その方はひかえておれい!」

ドレイクに、初めて叱られ、バーンは、こちらを横顔で見ているガラリアが、口元でフッと笑ったのが、見えた。悔しさで、歯と歯が噛み合わず、ガチガチと震える口で、バーンはなおも訴えた。このまま引き下がれるか。

「では、姫様の御祝賀にて、わたしにも、何かお役目を頂きたく存じます、お館様」

ドレイクは、青い長髪の青年に、目もやらず、冷たく言った。

「バーンはいつも通り、領内の巡回に出ておればよい。祝宴は、ガラリアに任せるのだから、お前は当日、城では要らぬわ」

謁見の間に、青ざめ、カオスにまで落ちそうにうなだれた青年と、喜びにあふれ、地上へまで上りそうに浮かれた少女が、いた。

そしてそのふたりを見つめ、自分の感情を、個人の感情を抑えることに、必死で耐えているミズルが、いた。

(お館様…ドレイク様は…おそらく…ああ、アメリア!あなたの娘の、幸福を、わたしは、守れぬかも、しれん!許せ、ガラリア、そなたは戦士を目指した…宿命を選んだのだよ…)

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