月下の花

第39章 ゼット・ライト事件


次の日。常春のアの国は、今日も日本晴れだった。日本語がおかしいが、気にしないで行こう。

ガラリア・ニャムヒーは、お弁当作りに、余念がなかった。時刻は、午前11時。自分自身の飾り付けは、完了していた。お出かけ用の服が、汚れないように、白いエピロンをつけて、ドレイク軍副団長専用食堂の、廊下を渡ったところにある、専用台所に1人立ち、サンドイッチや、卵焼きや、肉団子や、お弁当の王道おかずを、次々と作り上げ、大きめのかごに、つめこんだ。

エピロンをぬぐと、ガラリアは、乗馬用のおしゃれ着に、身をつつんでいた。黒のサブリナパンツ。はきやすい、黒のサブリナシューズ。ヒップラインを強調し、また、足首の白さを、際立たせる。上衣は、白銀色のサテンで、そでなしのブラウス。胸元は、みぞおちまで、ブイネック状に開いている。ノーブラの谷間が、あまたの自殺者を、その渓谷に誘うかのような、吸いこまれそうな、プクプクの胸元だ。ガラリアの肌は、白雪のように真白く、真綿のようにやわらかだった。

「よし、いざ、出陣だ!」

お弁当つめた、かご下げて、青いショートヘアが、愛馬にまたがり、いつものピアスが、ゆらゆらゆれて、女戦士は、機械の館に到着した。

ゼット・ライトは、いつもなら、昼食は、働きながら、片手間にすませてしまう。召使いが用意した、パンと肉片を、つめこむ程度だ。それが正午ごろなのを、3年越しのつきあいであるガラリアは、熟知していた。

いた。意中の彼は、赤いドラムロの整備中で、機械油で汚れた手を、顔でふいていた。ゼット・ライトは、いいにおいがするので、ふりむいた。開け放たれた入り口に、逆光でまばゆい、ガラリアたんが、立っているではないか。

ここで間髪を入れるなと、ユリアに助言された。ゼットは臆病すぎるから、昼食に誘っても、仕事だなんだと、断ろうとするかもしれない。ガラリアは、スタスタ入ってゆき、ゼット・ライトの、スパナを持ってないほうの左腕を、グイッと引っぱり、

「ゼット・ライト、私、お弁当を作ってきたから、いっしょに、遠乗りに行こう。」

ゼットは、まず、まったく動じていない顔をしていた。なにが起きているのか、理解できていないのだ。また間髪を入れず、ガラリアはグイグイ腕を引き、

「さあ、行こう、ゼット。お昼休憩の、刻限であろう?ああっと、機械の館の、皆の者。ご苦労である。各自、昼食にするがよい。あるじどのを、借りてゆくぞ。」

これも、ユリアの助言を取り入れた作戦だった。ゼット本人が、照れてモジモジしても、工員たちおおぜいを、巻き込んでしまえばよいのだと。既成事実というやつだ。

あれよあれよという間に、ゼット・ライトは、先に馬上にあがったガラリアに手を引かれ、鞍の後ろに、またがる姿勢になっていた。ここにおよんで、ドギマギしてきたゼット・ライトは、

「あ、あ、あの。どこにつかまったら、大丈夫ですかね?おれ、乗馬は、したことなくて。」

キュートな微笑みをかがやかせ、ガラリアは、

「私の、おなかに、しっかり、つかまって。ここぅ…だっこして。ウン、そう、うしろから、ぎゅって、だっこして。ふり落とされぬようにな。ハイヤッ!」

馬は、疾走した。ガラリアに、うしろから抱きつくしかないゼット・ライトは、彼女の腹部で組んだ自分の腕に、ばいんばいんばいんと、おっぱいが、はずんであたるのをモロに感じた。

いったい、なにが、はじまるんだ?考える間もなく、ゼット・ライトは、ラース・ワウを南方に望む、丘陵地帯に連れて行かれた。

馬上からおりたガラリアは、いそいそと、ピクニックのしたくをした。見晴らしのよい草原に、シートを敷いて、かごを開き、水筒を取り出し、お弁当を並べた。ゼット・ライトは、うながされるがままに、座り込んだが、まだ、疑念をくちにする、ふとどきをはたらいた。

「あのう、ガラリアさん。こんなにしてくれて、うれしいけど、あの?」

ふと彼女は、オドオドしているゼット・ライトを、せかしすぎたかと、心配になった。そして彼女自身、これは、はじめてする行為だと、気がついた。

自分から、男を誘うのは、これが、はじめてだ。

今までの人生で、恋愛関係になった男性は、2人とも、彼のほうから、告白してきた。男のほうから、抱きたいと、意思表示をしてきた。

それが、今日は、自分から、男を誘うのだ。それも、好きですと、言葉にして言うのではない。言葉は、いかようにも解釈がわかれる。好きです、おつきあいしてください、などと、子供じみたことを、言おうとしているのではない。私は、もう、少女ではないのだ。

花を、渡そうと、しているのだ。この儀式は、たいへん、即物的だ。渡したが、最後。私はこの場で、ゼット・ライトに、全裸にむしられ、乳首をつまみあげられ、両足を90度にひらかされて、ここに咲いているお花は、なんという名のお花か、言ってごらんなさいと要求されても、従わなければならないのだ。

とたんに、心臓が早鐘のように、うちはじめた。並んで、座り込んでいたガラリアは、ゼット・ライトに、水筒の、りんご紅茶をすすめて、自分も、こくこく、飲んだ。お互いに、緊張が高まったのち、少し落ち着いた。年長者のほうが、リラックスして、おしゃべりをはじめた。

「うまそうだなあ。これぜんぶ、ガラリアさんが作ったんですか?」

「ウン、そうだ。どうぞ、めしあがれ。」

腹が鳴っていた男は、うまい、うまいと、サンドイッチをほおばった。ガラリアも、サクサク食べた。

草原には、灌木がそこここに茂っており、白くて、花弁が肉厚な、くちなしの花が、満開だった。ガラリアは、チラチラと、くちなしの花を見ていた。アイテムとしての生花は、あれがちょうどいい。

しばらく、2人は、仕事の話しなどを、いつものように、話していたが、ガラリア・ニャムヒーは、本題に入ろうと、思いついたことから、くちに出してみた。

「ゼット・ライト。あなたは、バイストン・ウェルに来てから、長いと思うが、われわれ騎士階級にある、掟であるとか、騎士道精神などについて、お見知りいただいておるだろうか?」

「ラース・ワウに住み込んでいますからね。周囲には、あなたをはじめ、騎士階級のかたが多い。ショット・ウェポンのやつは、騎士の娘さんと婚約しちゃったし。」

ウンウンと、ガラリアは、熱心に聴講した。博学な地上人、ゼットが、自分たちについて評論するのが、おもしろかった。

「しかし、おれがわかっていることが、どの程度でしょうか。騎士道精神は、文字通り、精神論ですから、ひとによって、とらえかたがちがう。根本的には、理解できていないかもしれない。たとえば、どんなことです?ガラリアさん。」

ガラリアは、脳天に血がのぼり、股間がしびれたが、勇気をふりしぼって、くちに出してみた!

「…女性が…男性に、あれのような、」

灌木に咲きほころんでいる、白いくちなしの花を指さして、

「ああいう、お花をとって、どうぞと、渡す儀式を、ご存じ、か?」

こう言ってしまったガラリアは、もう、じっさいにお花を渡したも同然だと思ったので、目頭に涙をため、ふるえて、彼の横顔を見つめた。

ところが、ゼット・ライト氏28歳は、眉間にしわをよせ、驚くべき返答をしたのだ。

「お花の儀式ですか。知ってますよ。ときどき、女性が、おれのところに、持ってきます。」

…え?

…なにっ?

なにっ?こっ、この、ブ男のぶんざいで、なにを言っておるのだ?

驚愕のあまり、微量だが、尿もれまでおこしているガラリアを置いてけぼりに、地上人ゼットは、スラスラ語った。

「騎士さんじゃなくて、平民の女性ですよ。家が貧しくて、お金のために、貞操をさしだすんですな。妾(めかけ)にしてくれと、そういうわけです。おれみたいな、技術屋に…おれはこの国じゃ、高い地位になってるんだろうが、なりゆきで、ドレイク閣下の部下になったというだけで、権力には、興味がないんです。

ましてや、権力ずくで、女性をものにするなんて、男の尊厳にかけて、やってはいけないことですからね。

だけど、バイストン・ウェルでは、平民女性が、貧しさのせいで、おれなんかの囲い者になろうと、バラや百合のお花を持っては、やってきます。

そのたびに、おれは、お金をあげては失礼になるし、困ってしまう。手土産を持たせたり、仕事をさがしてやったりして、もう、2度と、こんなことはしないでくださいと、言ってきかすんです。」

ガラリアは、意表をつかれたが、思いがけない内情を聞かされ、ゼット・ライトの、なお隠されていた高潔さに、心がふるえた。

ガラリアから、迷いが消え去った。彼女は、目の前にいる男のことを、心から、尊敬するにいたった。私は、幸せな女だ。このひとに、出会えた。このひとに…抱かれたい…

「ゼット・ライト、あなたは、本当に、立派なひとなんだな。」

「そんなことは、ありませんよ、ガラリアさん。」

彼女の目つきが、真剣なものに、変化していた。ガラリアは、はっきりと伝えたかった。

「われわれ騎士階級の場合は…ううん、ほんとうに、女が男を、好きになったときに、このひとに、自分のすべてをささげたいと思って、お花を渡すものだと、私は思う。どう思う?」

ゼット・ライトは、自分の思想として語られたガラリアの言葉に、かがやきを見つけたか?彼も、はっきりと答えた。

「それが、いちばん、あるべき、お花の儀式でしょうね。」

そう言うと彼は、とつぜん黙ってしまい、南方に遠い、ラース・ワウをながめた。どうしたの?私のほうを、見て。となりに座っているの。

「ねえ、ゼット・ライト…」

もう肝がすわっていたガラリアは、立ち上がり、数歩あるいて、くちなしの花を一輪、手折り、立ったままふりむいた。彼は、相変わらず腰をおろしたままだったが、私のほうを見てくれた。

アメリカ人男性の、とび色の瞳が、心なしかうるんで、ガラリアを見つめている。彼女は、ゼットの正面に進み、ひざまずき、くちなしの花を、さしだした。つんと強く、花の芳香が、2人をつつみこんだ。

…言わなければ!

「ゼット・ライト。私の、お花だ…どうか、受け取って、ほしい。」

数秒の、間が、あった。ガラリアは、目がくらみ、ぱちぱちと、まばたきをして、返事を、待った。興奮が絶頂に達して、今にも草原に、倒れ込みそうだった。彼に抱きとめてほしかった。抱擁の期待に、胸が高鳴った。

ゼット・ライトは、寝ぐせのついた褐色の髪の、あたまのてっぺんを、地面にうちつけ、草原に、両手をついて、土下座をした。


「ごめんなさい、ガラリアさん。おれは、あなたのお花を、受け取ることは、できません!」

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