月下の花

第34章 ダンバインとぶ


ラース・ワウ本館の大広間で、戦勝祝賀会のもりあがりが、最高潮をむかえたころ。城外に離れた、機械の館の、入り口に、ショウ・ザマは、たどりついていた。

誰にも見られていないのを確かめてから、ショウは、ダンバイン2機が、格納されている、薄暗く、だだっ広い倉庫に入った。静かだ。いつもなら、夜勤の工員や、毎晩遅くまで残業しているゼット・ライトがいるのに、今夜にかぎって、一人もいない。ショウは用心して、電灯をともさず、薄暗がりのなかを、オーラ・バトラーへと進んでいった。

青いダンバインは、トッド・ギネス専用機。空色のダンバインは、ショウ・ザマ専用機。ショウは、リムルからニー・ギブンに宛てた手紙を、ふところにしまいこみ、置いてあったヘルメットを、持ち上げ、かぶり、つぶやいた。

「南無三ッ!」

どうか、無事に、ゼラーナにたどりつけますように。日本人少年は、木製の台座をかけあがり、左側から、ダンバイン腹部のコクピットに、乗り込もうとした。

瞬間、ショウ・ザマの喉元に、短剣の先端が、突きつけられた。暗い影のなかから浮かび上がって、ひじょうに背の高い、長髪の男があらわれ、ダンバインの右側から、ショウ・ザマの正面をふさいだ。ショウは、心臓がとまるかと思った。もう、これでおれは、殺されるんだ。

テノールの声が、小さく、ささやいた。

「僕になんにも言わないで、行っちゃうなんて、ひどいさ、ショウ君。」

「セザル…!!」

誰もいないことを確認して、格納庫に侵入したのに、セザル・ズロムは、先にそこに隠れて、待っていたとしか、考えられない。ショウ・ザマは、恐怖心にかられ、絶望した。ショウは両手を挙げ、降参した。セザルは、ショウにつきつけた短剣を、微動だにさせず、問いつめた。

「勝手に、どこに行くつもりなのさ。ダンバイン、乗ってっちゃうの?泥棒だし、裏切りさ。聖戦士ショウ・ザマ、返答しだいでは、斬る!」

薄気味のわるい男だと、思っていた。ショウはセザルが、怖かった。なにかにつけて、おれに構ってくるし、不可解な行動をとる。いま目の前にいるセザルは、出奔しようとするおれを、捕らえた兵士。現実味を帯びた、手強い敵だ。言い訳なんか、もう、やめよう。こいつには、かないっこない。

「セザル、おれは、ドレイク軍で、聖戦士をやるつもりはないんだ。だから、この城から、出て行きたいんだ。行き先は、言えない。」

セザル・ズロムは、声をひそめたまま、尋ねた。

「ゼラーナと合流するつもりなんじゃないの?」

どうして、わかった?ショウは首をかしげたが、もうつかまってしまったんだから、このままバーンたちの前に、連行されるものと、腹をくくった。

「…そうだ。セザル、おれは、リムルさんの頼みを聞きいれて、ニー・ギブンに会いに行く。おれは戦士なんかじゃないから、どっちの味方にも、なれないかもしれないが、少なくとも、もうこれ以上、ドレイク軍にいることは、できない。だから、出て行きたいんだ。」

セザルはショウを休ませず、詰問を続けた。彼の瞳は、暗闇に青く、光っている。

「ショウ君、きみは、僕たちドレイク軍が、地上から呼び込んだ聖戦士さ。ギブン家に寝返るきみを、僕がみつけてしまったからには、見逃すわけにはいかないさ。その上、ダンバインに乗っていっちゃうだなんて!ダンバインってのはね、ドレイク様のルフト家を、先祖代々、守護する、神様の名前なんだよ。いわば僕たちドレイク軍の、英雄が乗るべきオーラ・バトラーなのさ。それを、盗んで逃げるなんて、言語道断さ。」

ああ、やっぱり、おれはもう、ゼラーナに行くことはできない。ショウは、すっかり、あきらめた。しかし、セザルは、

「でもさ、応相談で、見なかったことに、してあげても、いいさ。」

ショウは、まばたきをした。なんだって?見るとセザル・ズロムは、短剣をひっこめて、鞘(さや)におさめた。そして、ふだんのセザルらしい、ニタニタ笑う少年に変貌した。栗色のロングヘアーを、駿馬のたてがみのようにたなびかせる彼は、陽気に微笑み、武器はもうありませんよと、両手をひろげた。ショウ・ザマはいぶかり、

「どういう意味だ。おまえ、いったい、なんのつもりなんだ?!」

セザルは、人さし指を、くちの前で立てて、しぃーっと言い、ないしょの話しさ、とポーズをとって、

彼自身、誰にも、一度も、話さなかったことを、いままさに、ショウ・ザマにだけ、語り始めた。と同時にセザルは、しゃべりながら、ショウが出て行きやすいように、準備をはじめた。台座をはずしたり、格納庫の出口を点検したり、しながら、彼は話した。

「ショウ・ザマ君。きみは僕のことを、さぞかし、へんなやつだと、思ったことだろうね。ベタベタするし、しつこいし、どこにでも、あらわれるし。

ショウ君、僕はね、きみがバイストン・ウェルに落ちてきた日に、地上から持ち込んだ、あの機械、ホンダダに、すっごく興味を持った一人なのさ。

今夜、きみが、ダンバインを持ち去ることを、僕は見逃してあげるさ。

でも、そのかわり。ショウ君のホンダダを、僕におくれ!」

ショウ・ザマは、呆気にとられた。

アスペンケードのことだって?!

ガラリアさんに、ふられて、人間関係に疲れて、だから出て行きたいと思っていたおれが、自分の愛機の存在を、すっかり忘れていた。本田技研製の大型二輪車、ゴールドウィング。ショウ・ザマが、お父さんに買ってもらった機種は、高級モデルのアスペンケードである。

「あの乗り物は、ショット・ウェポンとゼット・ライトが、何年もかけて作り上げてきたオーラ・マシンとは、まるで、格がちがう。すべてにおいて、ホンダダのほうが、上なのさ。」

こんな時になって、セザルのくちから、ホンダの有能性について語られるなんて。ショウはしかし、ホンダ愛好家として、すぐ説明した。

「それは、ショットやゼットのせいじゃない。ホンダは大企業だし、工場は、地上にあるんだ。原材料も、製造ラインも、バイストン・ウェルとは、まるでちがうんだ。エンジニアの数だって、工場の規模だって、この機械の館とは、比べものにならないよ。だから、アスペンケードのほうが優れているのは、とうぜんだろ。」

「ホンダダの、機械の館だね。それは、地上のどこにあるのさ?ハママツ?トウキョウ?」

「ま、待てよセザル、ゴールドウィングは、USホンダからの逆輸入品だよ。つまりアメリカに建てた工場だ。」

「それを考えた人が重要さ。じゃあ、ニホンで、ホンダダを量産している場所は、どこになるのさ?ホンダ・ソウイチロウさんが、働いているのは、どこさ?」

「ええっと、本田技研の工場があるのは、浜松工場だろ、鈴鹿だろ、あと栃木、二輪部門は熊本…。本田宗一郎さんは、今年(注:1983年)、取締役を引退したし、いまどこにいるのかは、わかんないよ。セザル、いったい、なんのために?」

地名を聞きとり、セザルは、なんとメモ帳を取り出して、書きこんでいた。

「スズカ、トチギ、クマモトも、ショウ君の国、ニホンの国の都市名だよね。

ショット・ウェポンは、アメリカのカリフォルニア州、ゼット・ライトは、マサチューセッツ州。いまバイストン・ウェルを、跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているオーラ・マシンはみんな、しょせんアメリカ製なのさ、ショウ君。

ホンダダの緻密さ、優美さ。あれには、技術性だけではなく、着想のおもしろさが、象徴されている。あの乗り物は、遊び心で作ってあるのさ。ショウ君、きみが僕に、胸をはって、お話ししてくれたさ。精密機械工業では、ニホンこそ、世界一の国だって。ホンダ・ソウイチロウさんの考え方も、たくさん聞いたさ。技術者ホンダ・ソウイチロウさんは、ショット・ウェポンなんかより、ずっと品格があるひとだと、僕は魅了されたのさ。

ショウ君、僕がきみに、接近したのは、きみ自身が目的じゃなかったのさ。きみが日本人で、ホンダダにくわしくて、アルペンガイドの持ち主だからさ。」

ホンダダじゃなくて、ホンダ。アルペンガイドじゃなくって、アスペンケード!ショウは訂正したかったが、状況が状況なので、我慢した。

「きみは、ドレイク軍で、もちこたえられる人間じゃないから、たぶん近いうちに、なんらかのかたちで、おわかれになるだろうなと、思ってたさ。…戦死する可能性も、ふくめてね…だから、なるべく早く、なるべくたくさん、ホンダダの情報を、聞き出したかったのさ。」

セザル・ズロムは、格納庫の扉をしずしずとひらき、ダンバインが、すぐさま、とびたてるように用意した。

「さあ、行くのさ、ショウ君!ダンバインに乗って。きみのホンダダは、僕が大事に使うからさ。」

ショウは、ヘルメットを目深(まぶか)にかぶりこみ、奇妙な展開に、めまいがしたが、殺されずに、逃がしてもらえるとわかるや、早く出て行きたい衝動にかられた。

いっぽうで、謎を残して去ることも、難しい課題だった。

「なぜ、ホンダのことを、調べたいんだ?」

空色のダンバインが、背中の羽をひらき、燐(りん)の光をはなちはじめた。あとは、とぶだけだ!

「ショウ君は、どこにでも、好きなところに行けばいいさ。ここにいたら、実力主義のドレイク閣下に、飼い殺されるだけなのさ。

ただ、でも、ショウ君。僕たちの敵軍にくわわったなら、これだけは、覚悟しておくことさ。

いざ戦場で、敵になったら、僕は、ためらわずショウ君を撃つさ。バーン・バニングスも、ショウ君が好きだったガラリア嬢も、ショウ君を殺すのに、躊躇しないさ。

なぜって、僕たちは、職業軍人だからさ。」

セザルは、空色のダンバインの背中を押すように、早く行けと、手をふってうながした。漆黒の夜空が、ショウ・ザマの目前にせまっていた。ダンバインは、しゅうしゅうと音をたてて、発進操作を待っている。ショウはふり返り、どうしても、聞きたかった。

「セザルーッ!教えろ!おまえは、どうして、そんなにも、ホンダに、こだわったんだーッ?!」

栗色の長髪を、夜風にたなびかせ、セザル・ズロムは、コクピットからこちらに首を出しているショウ・ザマに、さようなら、さようならと、右手をふり続け、満面の笑顔を、たたえて、最後にこう言った。

「ショウ君!僕は、日本製の、僕専用オーラ・バトラーが、ほしいのさ!

いつか必ず、僕は、地上に行って、専用オーラ・バトラーを、本田技研で、作ってもらう!セザル・ズロム専用機には、HONDAのロゴが、かがやくはずさ!」


空色のダンバインは、ラース・ワウを、とびたった。空、高く、高く、高く。

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