月下の花

第33章 幸福な事実


ガラリアは、おどろきのあまり、パカーッと、はずれたあごが、地面にとどきそうだった。片手に持っていたワイングラスを、落っことしかけたのを、ユリアがキャッチした。

ここで、4人のうち、最年長者であるゼット・ライト28歳が、さりげなく、また、意を決して、口を開いた。

「そのとおり、あの婚約は、うわべだけのものだ。しかも婚約者同士が、反目しあってるときた。姫君は、大きな声じゃいえないが、敵方の若いのと…公然の秘密でな、そういうことだ。バーン・バニングスは、良家の子息だから、親父さんと、ドレイク閣下が取り決めた縁組みに、抵抗できない立場なんだな。たしかにトッド、おまえさんの言うとおり、バーンには、自由がない。」

ここでトッド・ギネスが、決定的な発言をした。酒もまわっていたのだろうが、彼は冷静だった。言うべきことを言ったまでだ。

「リムル姫は、17になるって?まだ処女だろ。見ればわかるぜ。バーンも、あんな、針のむしろみたいな状態で、手を出すはずがねえ。敵の男に懸想しているような、世間知らずの子供に、かかわりたくもないだろう。かわいそうになあ、バーンは…大の男が、恋愛の自由のない、がんじがらめのご身分だなんて。」

トッド・ギネスは、現代アメリカの一青年として、とうぜんの感想をのべたまでだった。彼は、宴会場に来てから、バーンが、姫君のお相手をしながら、つまらなそうな表情をしており、美しく装った女たちをのぞき見ては、うらやましそうにしている様子を観察していた。

「あいつも、こっちに来て、俺たちといっしょに、飲めばいいんだ。それもできねえってか。ハア、たいへんだね、バーン・バニングスは。気が休まる時間、ないんじゃないの?上官と部下が、気が合う、合わないの垣根をとっぱらって、親睦を深めるための行事、それがパーティーじゃねえか。」

これは、アメリカ人の良識であった。

ゼット・ライトは、こう感じた。トッドは、思いやりのある、気さくなやつだ。おれは、バーン・バニングスは、ガラリアたんの想い人だし、高慢だし、好きではない。だが、言われてみれば、23歳の身空で、愛のない女を、あてがわれているあいつは、幸福な男とは呼べない。

いっぽう、ユリア・オストークは、くちをあんぐり開いたまま、棒立ちになっているガラリアの脳みそが、情報を処理できているのか、どんな気持ちでいるのか、心配で、オロオロしていた。ガラリアは、言葉を発することができず、丘に上がった金魚のように、くちをパクパクしはじめた。ユリアは、場を取り繕おうと、発言した。

「そうですわね、騎士階級の婚約は、男親同士、ないし、女性を取り合う男性同士がとりきめして、当の女性の意志は、蚊帳の外ですもの。リムルさまも、バーンさまとのご婚約には、そうとうな反抗をされたと、もっぱらの噂です。ね、ガラリアさま?」

「………」 棒立ち

「ガラリアさま、酔われましたか、ホホホ。」 汗

バーンは、リムルと、寝ていない!

ガラリアの脳に、このビッグ・ニュースが、ようやく、とどいた。バーンは、リムルと、寝ていない!それどころか、仲が悪い!そうだ、リムルは、敵の御曹司、ニー・ギブンと、いく久しい年月、恋仲だったではないか。

今一度、ガラリアは、ドレイクのとなりに座っているリムル姫と、手前で直立しているバーン・バニングスを見やった。トッド・ギネスが言ったことを、反芻してみた。あれが、いっしょに寝ている男女か?そんなはずがあるか。あけすけにものを言う、しかも地上の倫理観を持ち込んだ意見を言う、トッドの言葉を、ガラリアは、救世主の神託のように、ちょうだいした。

リムルは、いまだ処女のままだ!そ、そそそ、そー言われてみれば、女の私が、冷静に判断したら、あのしょんべんくさいガキが、胸板厚い騎士バーンと、乳くりあっているわけがない。敵方のニー・ギブンに、恋こがれている、あわれな処女が、親におしつけられた婚約者なんかに、どうして、体を許したり、するものか。

リムルは、そんなこと、しません!バーンも、そんなこと、できません!

読者にはくどいようだが、ガラリアには、神託なので、何度でもくりかえす。バーンは、リムルと、寝ていない!なぜ、こんな当たり前の事実を、理解しなかったのだ、私は。何ヶ月もの間、私は、バーンとリムルの仲に嫉妬して、眠れない夜を、枕、涙でぬらして苦しんできた。

だが、もう、苦しむ必要は、なくなったのだ!バーンは、リムルと、寝ていないのだから!

ガラリア・ニャムヒーの瞳、モスグリーンの虹彩が、嬉し涙にぬれ、宝石のように透き通ってかがやきを発した。顔色は、つぼみが花開くように、ぱああっと明るく色づき、くちもとは、最上の笑みで、おおきく開かれた。

ああ、なんというおどろき!なんという、心の安寧!なんという、幸福な事実だろう!

ユリアは、ガラリアにとっては複雑な情報だが、ラース・ワウでは周知な事項が、ようやく伝わり、親友女性が、心から喜んでいることがわかり、たいそう安堵した。青いフレアードレスを着たユリアは、桃色のロングドレスのガラリアに、明るく声をかけた。

「ねえ、ガラリアさま。管弦楽団が、演奏をはじめましたわ。踊りませんか?」

はしゃぎはじめたガラリアは、満面の笑顔で、即答した。

「くつが、慣れないが、よい、踊ってみたい!」

すると、ワイングラスをなめていたトッド・ギネスが、同国人のゼット・ライトを、ひじでつついて、

「ガラリアさんを、エスコートしてきなよ。彼女、踊りたいってさ。さあ。」

清水の舞台から、飛び降りろと言われた気分だ。

「いや、おれは、そんな…あ、あんたは?」

「俺は、今夜は、ユリアだ。じゃっ、先行くぜ?ほかの男にとられてから、後悔したって遅いんだぜ?」

言い残してもう、トッドは、ユリアの手をとり、地上のダンスを教えてあげますと、礼儀ただしくおじぎをし、はしゃぐ女の子たちを、よりいっそう、楽しませていた。トッドが、ジルバのステップをふみ、ユリアも、おおぜいの女性陣も、キャアキャア歓声をあげた。

楽しい楽しい、祝賀会になった。ゼット・ライトは、もじもじしていたが、トッドが、ガラリアになにか耳うちしており、彼女のほうから、つくつく歩み寄ってきて、

「ゼット・ライト。セザル・ズロムの姿が見えぬが、さっきまで、ここにいたと聞いたが、知らないか?」

なんだい、美少年のことかよと、ゼットはふてくされて、

「そういやあ、あいつ、いつの間にか、姿をくらましましたね。鉄砲玉だな、あなたの部下は。」

おや?そういえば…

大柄で、ぼうっとした顔立ちなので、魯鈍に見えるが、マサチューセッツ工科大卒であり、めはしがきく賢人であるゼットが、あることに気がついた。

もうひとりの聖戦士、ショウ・ザマの姿も、見えないが?

しかし、この気づきは、ゼット・ライトにさしのべられた、ガラリアのすべらかな手によって、打ち消されてしまった。

「…ゼット・ライト、私と、踊って。私、くつが慣れなくて、手をひいてもらわないと、足もとが、おぼつかないのだ。お願い。」

ほほを赤らめたガラリアが、うつむきかげんに、豊満なその胸に、細い白いあごをのせ、恥ずかしそうに、誘ってきたではないか。

トッド・ギネスが、ガラリアに、男性のお相手を探すよう、アドバイスしたのだ。さっきセザル・ズロムがいたが、ゼット・ライトのほうが、地上のダンスを知っているから、呼んでおいでと、すすめたのだった。

バイストン・ウェルに呼び込まれてから、何年、経っただろう。その日から今日まで、恋こがれてきた女の子と、肌をふれあい、踊れるなんて!彼女のほうから、オネガイされるなんて!

ゼット・ライトは、天にものぼる心地で、ゆれる乳房のガラリアたんの、白魚の指を、にぎった。

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