月下の花

第29章 ラース・ワウ大宴会


ドレイク・ルフトは、ロムン・ギブンを討ち取り、ギブン領の支配権を得た。

アの国の、家老であったロムン・ギブンは、「なんの罪もない」一諸侯である、ルフト領にたいしてとつぜん、市民が集う園遊会に空爆するという、残虐行為におよんだ。この汚辱にたいして、領主ドレイク・ルフトは、寛大にも、話し合いの申し出をした。しかし、和解にはいたらず、ゼラーナが先に攻撃してきたから…ドレイク・ルフトは、いつも、今までも、フラオン・エルフ陛下の、忠実なる諸侯でございます…

アの国の宗主国王、フラオン・エルフに、これらの言い訳を、事後承諾させるのは、わけもないことだった。なにしろロムン・ギブンは死んだ。ゼラーナは遁走した。

そして、アの国では、もう数十年前から、周知の事実であったが、国王フラオン・エルフは、白痴とまではいかぬが、文盲だった。ものごとの善悪を、判断する能力はあった。自分にたいして、好ましい行いをするものは善、はんたいは悪であるといった程度の。歳は40の坂にさしかかっていたが、独身であった。側室と、正室と、側室が、いたとして、三者の見分けがつかないためであった。好きな女は、ビール樽のような、肥えた女だった。

年がら年じゅう、フラオン王は、肥え太った女たちを従えて、広大なエルフ城で、双六をしたり、玉突きをしたりして、遊んでいた。そうだ、ドレイク・ルフトが今朝、献上してきた、軍艦将棋で、遊んでみよう。

アの国の政治を握っていたのは、つまり家老の、ロムン・ギブン本人であったのだ。そのロムンが、ドレイクに討たれたことを嘆く、城代家老は、数人、のこってはいたが、おいぼれぞろいであった。ロムンがいたなら、まだ堅固であったろう、王室をお守りするための結束には、かげりがさしていた。

数年前、隣国クの国で、王弟ビショット・ハッタが、実兄と、王室親衛隊長を殺害し、国王に就任した。その援軍をしたのが、ドレイク軍である。ドレイクのうしろには、クの国がついているのだ。

いま、エルフ城に生き残っている城代家老は、ドレイクに対抗できる唯一の勢力、ロムン・ギブンを失い、自分たちの良心を、行動指針を、見失ってしまっていた。一人が、つぶやいた。

「ロムン殿のご子息、ニー・ギブン殿は、どうされたものだろう。もし、生きておられたら…」




さて、アの国のなかには、ドレイク・ルフトの他にも、有力な諸侯がいた。ミズル・ズロム家や、西の森ロゼルノ家など。彼らも、広い領地を持つ、騎士階級の諸侯だが、ぬきんでて名家であったのが、バニングス家である。

『バーン・バニングス卿へ

このたび、ドレイク軍は、にっくきロムン・ギブンを、みごと滅ぼしました。

なので、戦勝祝賀会を、今夜の7時から、ラース・ワウ城で開催します。ご都合よろしければ、ぜひ、ご出席ください。あなたの息子さん、バーン・バニングス君も、騎士団長として、すっごく活躍しましたよ。

あなたの盟友、ドレイク・ルフトより』

要約すると、こういう意味の手紙を、お館様(おやかたさま)は、今までだって何度だって、バニングス卿に出してきたが、返事はいつも、こうだった。

『ドレイク・ルフト閣下へ

祝賀会のお誘い、ありがとう。でも、それがしは、既に引退した身です。ヨイヨイの老人です。持病も重くなるばかりで、出かけるだけでも、辛いんです。

それに、総領のバーン・バニングス・ジュニアが、騎士団長をおつとめしております場所に、それがしが顔を出すのは、ムスコの顔をつぶすことにも、なりかねません。せっかくのお誘いですが、ラース・ワウへのお出かけは、できかねます。いつもごめんね。

バーン・バニングス卿より』

ラース・ワウの執務室で、ドレイクは、いつもながらの、盟友からの手紙を読み、ハアとため息をもらし、書類を、「済み」の引き出しに入れた。目の前には、参謀ミズル・ズロムと、手紙でも言及された、ムスコのほうの、バーン・バニングスが、立っている。お館様は、バーンに尋ねた。

「のう、バーン。お父上のご病気は、かように悪いのか?」

「ハッ?!えっ、あっ、ハイ、そのようであります。」

「外出もままならぬほどに、お悪いのか。そのほう、最近はいつ、実家に顔を出したか?」

「…ええっと…はい、リムル様との、婚約のときに、いちど…。」

「何ヶ月も前ではないか。よいか、バーン。そのほうのお父上、バニングス卿の存在が、このアの国にとって、いかに重要か。わしが、こんにちあるのも、古くよりの名家であり、広大な所領を有するバニングス卿の、お力添え、あってのことだ。」

ドレイク・ルフトと、バニングス卿とは、20歳以上の年齢差があった。卿はむかし、年下の青年騎士、ドレイクの才気に惚れこみ、自らその軍門にくだり、騎士団長を、長くつとめた。

「今宵の祝賀会に、バニングス卿が、ご臨席くださったなら、内外への宣伝効果、絶大であること、火を見るよりあきらかであるのに、困ったものだのう…バーン、どうしてもご出席いただけぬものか、そちが実家におもむき、説得してまいれ。」

バーン・バニングス・ジュニアは、顔面蒼白になったが、即答した。

「お館様、それは、無理かと存じます。父は、この10年間というもの、屋敷の庭先から、一歩でも外に出た姿を、わたしは見たことがありません。あちこちガタがきて、いえ、すっかり老いておりまする。」

ミズル・ズロムも、口添えした。お館様じきじきに、今朝、書状をお出しになったのに、断られたものを、今から息子がせかしても、どうにもならないだろうと。ドレイクもしぶしぶ、納得した。

バーンは、父親に会わずに済んだので、たいそう安心した。




ラース・ワウ大宴会が、開宴の刻限をむかえようとしていた。大広間には、電飾がいっせいに灯された。すべての窓が開放され、広いテラスにも、観客は自由に行き来できた。庭園のあちこちに、料理の屋台や、長いすや籐いすが置かれ、全軍の兵士たちも、城下で働く平民たちも、夕刻の早い時間から、はや、遊び集っており、7時になったときには、宴もたけなわとなっていた。

外国からの招待客も、おおぜい列席した。客席の上座にむかえられたのは、クの国王、ビショット・ハッタである。ビショットは、クの国の騎士階級独特の衣装、丈の短いマントを、軍服の上からたなびかせていた。

ルーザ・ルフトは、日中に到着したビショットを歓待し、機械の館を見学させた。娘のリムルを紹介したかったのだが、ラース・ワウの姫君は、いつにも増して母親に反抗し、深窓に閉じこもって、出てこなかった。ルーザは、

「ふん、小娘が!密通相手のニー・ギブンが敗走したので、ふさいでおるか。せいぜい泣いておくがいい。」

ビショットと密通している、自分のやり口は棚にあげて、毒づいた。

聖戦士トッド・ギネスは、最初、同国人のショット・ウェポンと、歓談していたが、ゼット・ライトが一人、テラスにいて、壁に背中をもたげて、空を見上げ、手持ちぶさたにしているのを見つけ、陽気に声をかけた。

「いよぅ、兄弟。楽しんでるかい?」

「まあな。」 ハスキーボイスの返答は、酒臭くなかった。

ゼット・ライトも、アメリカ人である。しかも、トッド・ギネスとは、同じマサチューセッツ州の出身で、英語のなまりには、共通したところがあった。

ふたりは、赤ワインを酌み交わし、故郷の話しに花を咲かせた。

トッド・ギネスは、プラチナ・ブロンドに薄い碧眼、ニヒルな笑みをくちもとに浮かべた男前であったが、いやみな感じは、与えない。彼は、ボストンの、敬虔なプロテスタントの白人家庭に生まれた。父親は、トッドが物心ついた時期に、ベトナム戦争で戦死し、母ひとり、子ひとりで育った。

トッドのハイスクールでの成績は、きわめて優秀であり、彼の知識は、理系を中心に、文学や芸術、思想史など、あらゆる分野におよぶ秀才であった。そういう教養人であったので、アメリカ空軍に入隊した後も、ここバイストン・ウェルに来てからも、けして知識をひけらかすことを、しなかった。

トッドが、じっさいには非常に利口であり、軽薄なふりをして、饒舌に話すそぶりは、彼独特の、相手を油断させる手管(てくだ)だと、ゼット・ライトは、感嘆して、見抜いた。トッド・ギネスがそれだけ、胸襟をひらいてきた、証拠でもあった。

「ガキのころはよぅ、ママが毎週、日曜学校に連れて行ってくれたもんだ。母は、ああ、もちろん健在だよ。…ボストンには、もう帰れないんだなァ…ママに、もう会えないって思うと…すまねえ、お祝いの席だったな。」

「かまわねえよ、トッド。おれたちゃ、ここの人間じゃないからな。気持ちは、よくわかる。」

いっぽう、ゼットのほうは、方言こそ共通していたが、ヒスパニック系の母親と、アフリカ系の父親との間に生まれた、大柄で筋肉質な、褐色の肌の男だ。生家は、裕福ではないが、両親は働きもので、優秀な息子ゼットを、マサチューセッツ工科大学に進学させてくれた。大学の修士課程を、優秀な成績で終了して、故郷スプリング・フィールドにある、大手機械企業の、開発部に就職した。将来を嘱望された、若手エンジニアであった。

トッドが、相手の気持ちを思いやりながら、慎重に尋ねた。

「ご両親には、自慢の息子さんだな。…で、バイストン・ウェルにいて、オーラ・マシンを作って…仕事は、やりがいがあるかい?」

ゼット・ライトは、また空を見上げ、瞳をふせてから、また瞳をひらいた。

「やりがい?おおいにあるぜ。なにしろ、映画に出てくるような、怪獣の死骸の、甲羅だぜ、オーラ・マシンの装甲はよ。俺がラース・ワウに来たころにゃ、電気だって、通信機だって、普及してなかったんだ。ここいらで調達できる原材料をかき集めて、ショット・ウェポンといっしょに、機械工業を興した。そりゃ、技術屋の腕がなるってもんだぜ。

ただ…戦争に、積極的に参加したくはない、とも思う。だけどよ、バイストン・ウェルの政情は、実力がものをいう、下克上の世の中だ。これまでは、階級制度によって、王家と騎士階級が、平民を制圧してきたが、ドレイク閣下は、平民も騎士も、平等に参加できる国造りをめざしている。俺は、そこんところには、思想的に賛同してるんだ。」

トッド・ギネスは、口元をゆるめて、ゼットに賛同の意をあらわし、客席に鎮座ましましている、クの国王、ビショット・ハッタをあごで示して、

「なぁるほどぉ。だからおまえさん、おとなりの国の、技術省長官にならないかっていう、ビショット王のお誘いを蹴って、ドレイク閣下に、ついていくことにしたのかい?」

「早耳だな、トッド!どこで聞いた、その話し。」

「そいつだよ。」

ゼット・ライトが振り向くと、そこには、フルフェイスのヘルメットをかぶったセザル・ズロムが、しれっとして立っていた。トッドが、からかって、オイこの色男、ヘルメットをとれよと追いかけ、セザルは、いやさ、いやさと逃げ回り、三人の男は、酒もまわってきたのか、声をあげて笑った。

そしてセザルが、目立つからイヤなのさ〜と言いながら、ヘルメットをぬいで、二人の地上人男性に、重大発表がありますと、じらすように話し出した。

「機械の館のあるじ、ゼット・ライトさま。聖戦士トッド・ギネスさま。僕たちドレイク軍の、盛大な戦勝祝賀会だというのに、あるべきものが、二つ、ないのさ。お気づきでしょうか?」

屋根のないテラスにいたトッドとゼットは、大広間の正面玄関の、開放された奥を見て、ドレイク・ルフトが、妻ルーザをしたがえて玉座におり、ビショット王や、諸侯のミズル・ズロムたちと歓談している様子を、観察した。

ゼット・ライトが、まずひとつの答えを、くちにした。

「そうか、わかった。騎士団長の、バーン・バニングスが、まだ顔を出してない。べつに、明日まで来なくてもいいけどな!」

トッドとセザルは、赤ワインを吹き出して、笑いあった。ゼット・ライトが続けた。

「バーン・バニングスは、きっと婚約者のお姫様が、同席したがらないんで、今ごろ、奥で、リムル姫を、口説いてるんだろうぜ。」

ヒュー、と、トッドが口笛をふいた。セザルが、ひとつは正解が出ました、あとひとつは、なんでしょうと問うた。すかさず、トッド・ギネスが声を大にして、叫んだ。

「女の子たちが、いないんだ!!こりゃあ、一大事だぜ。ガラリアさんも、ユリアさんも、いないじゃないか。ほかにも、この軍には、女兵士が、けっこうたくさんいただろう?あーッ、そういやあ、ショット・ウェポンの婚約者、ミュージィさんも、姿が見えなかったぜ。」

そう、いま、パーティー会場にいる女たちは、領主の妻、ルーザ・ルフトは別格として、ほかには、ウェイトレスと、ホステス(城付きの娼婦たちで、トッドとは顔なじみ)だけであり、身分のある女性たちと、女兵士たちは、まだ誰も到着していないことに、女好きのトッド・ギネスともあろうものが、ようやく気がついたのだった。

「おいおい、パーティーの花たちは、いったいどうしたってんだぃ、セザル。教えろよ。」

「パンパカパーン(←古いさ)。今夜の、ラース・ワウ大宴会では、『式典には、軍人は正装で参加すべし』という、ふだんの規則はあてはめず、服装は自由という、おふれが出たさ。だから、僕も、ヘルメットなんか、かぶっていられるわけで。」

トッドが、じれて、せかした。

「だから、どうなってるんだよッ!女の子たちは?」

「つまりさ。おめでたい大宴会で、服装自由ということは、女性陣は、思いっきり、おしゃれに凝っていらっしゃるっていう、寸法さ。今朝から、特にユリア嬢が、おおさわぎでさ。ガラリアさまには、このドレスがいい、いやこっちのほうがいいってさ。おしゃれ大会のしたくが、長いったらないのさ!そうなると、女の人って、服装や髪型とかで、競い合うことにかけては、キチガイじみていますから、みなさん、到着が遅れているってゆうわけさ。」

そのとき、ゼット・ライトが、鼻息を荒げて、雄牛がうなるように、ハスキーボイスで、つぶやいた。

「お、おい…噂をすれば…。お、おお!おお!おお!」

テラス席の南方、入り口の階段を上がってくる、着飾った女たちに気がついて、会場にいた、男ども全員が、おおっ!と、歓声をもらした。トッド・ギネスが、直球の表現をした。

「やべえ、俺、もう、勃起した。」


<次回予告>

BGM ♪ちゃららら ちゃらららららっ

ひゃっほぅ、セザルでぇーす。つづきを、お楽しみに!次章更新まで、トッドは、勃起したままなのさ!


第29章更新後書き

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